第四章 あなたを、忘れない(8)
シェリーとアンジェラの激しい戦いは、その間もずっと続いていた。
攻守がめまぐるしく入れ替わる。
シェリーは、ただ戦うことだけに意識を集中させた。
妹弟子は、「私だけを見て欲しい」と望んでいる。
おかしな話だが、彼女の目的はシェリーを殺すことではないのだ。
だから恐らく、これまでのようにマナやココに意識を向ければ、また彼女は戦いを止め、逃げ出してしまうだろう。
それでは意味が無い。
同じことの繰り返しだ。
(今、ここで決着をつける!)
この場でアンジェラを殺す。
悲しいが、それが『蒼血燕』の暴走を止めるただ一つの方法なのだ。
そしてそれは、シェリー自らがやらなければならない。
それが、かつて彼女を誰よりも深く愛した姉弟子としての務めなのだ。
だが、やはりそう簡単に倒せるような相手ではなかった。
風の如き速さの連撃にも、アンジェラは対応を誤ることがない。
内功を込めた力強い一撃を浴びせようとすると、一瞬の隙を突いて攻勢に転じてくる。
(このままでは消耗戦になる)
こうなれば、あとは体力・精神力の勝負だ。
それで後れをとるとは思っていなかった。
だが、狂ったような表情を浮かべながらも、アンジェラの呼吸は乱れない。
アンジェラが大きく後方に跳んだ。
刀を持たない左手の指先が光る。
(飛び道具か!)
瞬時に察したシェリーが真横に跳躍する。
こめかみのすぐ横を、銀色の鈍い輝きが飛んでいった。
おそらくは細身の手裏剣だ。毒でも塗らない限りは致命傷にならない。
だが、当たり所が悪ければ、続く攻撃で命を落とすだろう。
(全てを使えってことね!)
刀術の技には、体術も投擲術も含まれている。
共に師母の下で修練したその術・技を全て出し尽くして戦え、とアンジェラは暗に言っているのだ。
シェリーが後方に跳びながら、懐に隠しておいた手裏剣を放つ。
アンジェラがにやりと笑い、首をわずかに傾けるだけで易々とかわした。
しばしの間、距離を空けた二人がお互いに飛び道具を投げ合う。
夜間の戦いで、高速で迫る手裏剣を回避することは容易ではない。
だが、二人は常にぎりぎりの所で避けていた。
動きを止めれば刺さってしまうので、どちらも足を止めようとしない。
その攻防の途中で、アンジェラが不意に間合いを詰めてきた。
(使い果たしたか!?)
あるいはこのままでは埒が明かないと看て、接近戦での決着を図ったのか。
手裏剣もわずかながら残っていたが、シェリーも刀を構えて迎え撃った。
アンジェラは刀を下段に構え、左の脇を締めて掌をシェリーに向けている。
その構えを見て、シェリーは彼女の狙いを察知した。
肉体の深奥に眠る全ての内功を掌に込め、それを叩きつけるつもりなのだ。
まともに受けてしまったら、内部から身体を破壊されてしまうだろう。
だが、同時にそれは危険な賭けでもあった。
内功を全て解き放ってしまうことは、自身の命を削るに等しい。
(ここで決着をつけるしかない……!)
アンジェラが猛然と迫ってくる。
あとわずかで刀の間合いに入るというところまで待った。
息を大きく吐き、身中の内功を高める。
そしてアンジェラと同じように、左の掌に内功を集中させた。
アンジェラが低く跳躍し、間合いに飛び込んできた。
予想通り、刀はあくまでも見せかけだ。
裂帛の気合と共に掌を突き出してくる。
内功を限界まで込めた一撃――全てを懸けた攻撃だった。
シェリーは一瞬だけ、目を閉じた。
(……マナ、ココ! 私に力を貸して!)
目に入れても痛くないほど可愛がってきた、かけがえのない愛弟子の顔を思い浮かべた。
二人のためにも、絶対に負けられない。
全身に力が漲ってくるのを感じた。
(来なさい、アンジェラ!)
シェリーは一歩踏み込んだ。
身内から沸きあがる内功を全て乗せ、掌を真っ直ぐに突き出して応戦する。
踏み込んだ地面が、ドスンと重々しい音を立てた。
掌と掌が、正面からぶつかり合った。
掌を通して、お互いの放った内功が交錯する。
腕を伝い、全身を一瞬の内に強い力が駆け抜けていった。
その衝撃に、二人の身体がそれぞれ後方に飛ばされた。
シェリーは何とか着地しようとしたが、無理だった。
かろうじて顎を引いて受身を取り、芝生を転がる。
すぐに起き上がって戦闘態勢をとろうとした。
だが、刀を離さずに片膝をつくまでが精一杯だった。
全身がびりびりと痺れていた。呼吸が荒い。
大量の汗が身体中から噴き出てくる。
全身の血脈がめちゃめちゃになっていた。
血の混ざった胃液が喉までこみあげてくる。
彼女ほどの達人でなければ、即死していただろう。
一方のアンジェラは、まともに背中から落ちていた。
大の字に倒れたまま、四肢がびくりびくりと小刻みに痙攣している。
そこからどうにか起き上がろうと試みたが、足が全く言うことをきかない。
全身を走る、ズタズタに切り刻まれたような痛み。
血泡を吐きながらのた打ち回った。
血が喉に詰まり、呼吸が困難になる。
蒼白になった顔には、生気がまるで残っていなかった。
(続く)




