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第四章 あなたを、忘れない(7)

「お兄ちゃん、しっかりして!」


 出血の激しい兄の身体を横たえ、ココは服の袖を破り、傷口を押さえようとする。

 ルギは苦痛に顔を歪めながらも、


「大丈夫だ、ココ。俺たち一族は、この程度の傷で死ぬことはない……」


 何とか笑みを浮かべて、妹を安心させようとした。

 ルギは実際、今までにも何度かこれ以上の傷を負いながら生き延びてきている。

 鬼族の身体は他種族よりも筋骨が丈夫な上に、回復力においても優れているのだ。


「でも、でも……」


 目の端に涙を浮かべながら兄を助けようとするココの姿に、ルギは胸が熱くなった。

 長年捜し求めていた妹は、悲惨な思いをすることもなく、美しく素直で心優しい少女に育ってくれたのだ。

 この姿を一目見られただけで、そして自分を『お兄ちゃん』と呼んでくれただけで、もう十分だった。

 来る日も来る日も戦いに明け暮れる日々。

 ただ妹のことだけを想い、血と汚泥に塗れながらも生きてきた甲斐があった。

 荒みきって砂漠のようになっていた心が、緑豊かな草原に変わったようであった。


(最後まで守りきろう、何があっても)


 成長したココは、自分を必要としてはいないだろう。

 だが、この場だけは命を懸けて護り抜くという覚悟を固めていた。


「ミネア!」


 朦朧とする意識の中で、ミネアの耳はマナの声をはっきりと認識した。

 屋敷の自室で気を失い、目覚めた時には縄で厳重に縛られていた。

 声は何とか出せる状態だったが、手足がまるで自分の物ではないかのように痺れている。

 そのまま、ルギに担がれてここまで連れて来られた。

 どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのか、理解できなかった。

 ただひたすら恐ろしかった。

 このまま、近衛騎士団に入りたいという夢を叶えることなく、死んでしまうというのか。

 せめて最期に父母に会いたい、と願った。

 だが、心配そうに駆け寄るマナの声で、混濁した意識は急速に現実に引き戻された。


 マナが懐から短刀を取り出し、手早くミネアを縛りつけていた縄を切る。

 縄からは解放されたが、やはり身体を思うように動かすことができなかった。

 マナが背中に手を回し、ミネアを横にさせる。


「大丈夫、安心して。今、封じられた点穴を元に戻すからね」


 温かなマナの言葉に、胸が震えた。

 卑劣な行為をした自分を、師母を侮辱した自分を、マナは全力で救おうとしている。

 その眩しいほど気高い心、清清しいほど真っ直ぐな気持ちに、ミネアは我が身を恥じた。

 そして同時に、


(この人のようになりたい)


 と強く想った。

 いや、本当はずっと……そう、彼女と知り合ってからずっと自分はそう思い焦がれてきたのだ。

 今までは自分が中央人で彼女が東方系だということだけで、その憧憬を無意識の内に否定してきた。

 自分の愚かさと、しかしそのことに今ようやく気づくことができた、認めることができたという幸運に、ミネアは涙した。


「どこか痛むの?」


ミネアはかすかに首を振った。


「どこを突かれたか、覚えてる?」


 マナの問いかけに、恥ずかしげな顔で自分の胸元を指差した。

 マナが小さく頷き、


「ごめんなさい、ちょっと失礼するわ」


 そう言って、ミネアの胸元をはだけさせた。

 美しく白い肌を露にされ、ミネアが狼狽する。


(ちょ、ちょっと!)


 だが、穴が封じられているため声を上げることはできなかった。

 マナはまるで気にする様子も無く、ミネアの胸に掌を当てる。

 体温が低下しているためだろう、マナの掌はとても温かく感じられた。


「大丈夫、すぐに身体が動くようになるわ」


 マナが笑顔を浮かべ、胸に当てた掌をゆっくりと円を描くように動かす。

 ミネアの顔は羞恥で真っ赤になっていた。

 心臓が高鳴る。

 その鼓動をマナに知られてしまう、と考えると身体が熱くなった。


「……気息が乱れているわ。落ち着いて、私の呼吸に合わせて」


(だ、誰のせいだと思っているのよ、バカバカバカァ!)


 この場から逃げ出したくなったが、何しろ動けないのでどうしようもない。

 マナが経脈に気を送り込み始めてからしばらくすると、身体が徐々に楽になってきた。

 冷たかった身体に、血が流れ込んでくるのがミネアにも感じられた。

 だが、それと同時に身体が火照り、呼吸が荒くなってしまう。


「……おかしいわね……もう、そろそろ治るはずなんだけど……」


 小首を傾げながらなおも胸を撫で回し続けるマナを、ミネアが止めた。


「も、もう大丈夫……。う、動けるわ……」


 手が離れると、ミネアはもじもじしながら服を戻し、上目遣いにマナを見つめた。


「ごめんなさい、貴女を巻き込んでしまって……」


マナが申し訳無さそうに頭を下げた。


「……いいの、その……私も……。ごめんなさい!」


ミネアも慌てて礼を返す。


「……ミネア?」


「……今までずっと……本当に、本当にごめんなさいっ!」


 溢れ出てくる大粒の涙を止めようともせず、ミネアは謝罪の言葉を繰り返した。

 マナが背中にそっと腕を回し、頬と頬を寄せた。

 ミネアがハッと息を呑む。


「ありがとう」


 マナが耳元で囁いた。

 その一言だけで、ミネアの胸の奥につかえていた苦悩は全て溶けてしまった。


(もう、このまま時が止まってほしいわ……)


 ミネアは心の底からそう願った。


(続く)

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