第四章 あなたを、忘れない(6)
姉弟子の苦境に、ココは我が身も顧みずに飛び出していた。
予期せぬ出現に一瞬間が空いたアンジェラに、ココが鮮やかな連撃を繰り出す。
「あは、お嬢ちゃん。この前よりも、ずいぶん腕を上げたようね」
アンジェラはその攻撃を易々と受け流した。
だが、以前よりも確かにココは強くなっていた。
攻撃の合間の繋ぎに隙がない。
アンジェラの力を持ってしても、容易に攻勢に転じることはできなかった。
ココの血は燃えていた。
アンジェラの顔を見た時には、以前戦った時の記憶が蘇り、足の震えを止めるのに必死だった。
その後に兄が現れたことで、ココの心はさらに乱れた。
だが、目の前でマナが追い詰められるのを見て、震えが止まり、迷いが消えた。
マナが力強く弾き返した姿に、勇気が湧いてきた。
(師姉様を……私の大事な人を、守らなきゃ……!)
その使命感、マナに対する深い愛情が心身を奮い立たせた。
ココの脳裏を、師母が演武するさまがよぎった。
この一ヶ月間、繰り返し稽古した動きを身体が覚えていた。
(師母様のようになりたいっ!)
その強い渇望が、鬼族の少女の天性の才を開花させた。
師母の動きをなぞるように、正確かつ迅速な刀捌きでアンジェラに迫る。
(速く! もっと速く! 師母様はもっと速かった!)
目に焼きつけられたイメージに沿って、刀を繰り出し蹴りを放つ。
不思議なことに、稽古の時よりも疲労が感じられなかった。
無我夢中で動く内に、周囲の雑音が徐々に聞こえなくなってくる。
この恐ろしい敵を前にしながら、ココはある種の楽しさまで感じていた。
だが、やはり同じく天才であり、百戦錬磨のアンジェラにいつまでも通じはしなかった。
「……調子に乗るな!」
アンジェラが一喝し、ココの身体が刀ごと弾き飛ばされた。
着地時に受身をとって芝生の上を転げ回る。
ココはすぐさま立ち上がり防御の態勢に入った。
「……貴女は殺すつもりはなかったんだけどね。あは、あんまりおてんばが過ぎるようだから、お仕置きしてあげるわよ」
口元に狂気に満ちた笑みをたたえ、ゆっくりと間合いを詰めていく。
「やめろ!」
アンジェラの背後で、三節棍が唸りをあげた。
斜めから振り下ろされたルギの強烈な一撃。
それをアンジェラは、地面に這うような低さで回避した。
彼女の顔が怒りに歪む。
「……裏切るのね!」
アンジェラが獲物を襲う鷲のように、ルギに飛びかかった。
身を捻って避けたルギだが、その肩口をアンジェラの刀が深々と斬り払う。
鬼族の頑強な骨肉でなければ止めきれないほどの、鋭く重い斬撃だった。
傷口から血を撒き散らしながら、ルギが倒れる。
倒れながらも、致命的な次の一撃を避けるべく、芝生を転がって間合いをとった。
「お兄ちゃん!」
ココが悲鳴をあげ、兄の下に駆け寄った。
これを好機とみたアンジェラだったが、背後に迫る凄まじい気を感じ取り、恍惚とした笑みを浮かべて振り返った。
「……あは、師姉様……素敵よ、その顔……」
シェリーが、全身から強烈な殺気を放っていた。
その表情に気付いたマナが息を呑む。
いまだかつて見たことがない程、シェリーは猛っていた。
だが、
「……マナ、あの娘を助けてあげなさい。きっと点穴を突かれているわ」
怒りに燃えながらも、マナの友人を気遣う姿は間違いなく師母そのものだった。
マナは力強く頷き、顔面蒼白で座り込んでいるミネアの所に走った。
「あは、いい仕上がり具合ですわね、師姉様」
「……なぜ、無関係な人たちを巻き込んだの……」
シェリーが、腹の底から搾り出すような声を出した。
「あは、あの娘さんのこと? うふふ、万が一、師姉様が戦いを拒んだ時のための人質よ。あとは、そう……師姉様を怒らせたかったから、ね」
「……私を?」
「そう。とことん怒って、私のことを誰よりも憎んで、私に対する怒りだけで、心がいっぱいになった師姉様になって欲しかったの」
そう語るアンジェラの目は、完全に狂気の虜となっていた。
「それで……そのためにココの兄を囮にして、マナを殺そうとしたのね……」
「その通りよ。あは、残念ながら失敗だったけどね。でも、もう十分師姉様を怒られることはできたから、まあ成功なのかしら」
シェリーの殺気が一層強くなった。
アンジェラが舌を出し、刀に付着したルギの血を舐める。
「うふ、そうよ……師姉様。もっともっと私を憎んで……」
シェリーが無言のまま地面を蹴った。
アンジェラがそれに合わせるように駆け出し、お互いの刀と刀が交錯した。
(続く)




