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第四章 あなたを、忘れない(1)

 第四章 あなたを、忘れない



 戦いは終わった。

 圧倒的な兵力差で、さらに他の拠点との連繋を分断した元締たちの圧勝であった。

 死傷者も大勢出たが、この区域から傭兵たちを追い払うことができたのだから十分だ。

 シェリーたち三人はお互いを支えあうようにして、屋敷から外に出た。

 死体が無数に転がる惨状に、ココが目を覆う。

 マナは気丈にも目を逸らさずにいたが、やはり精神的にかなり堪えているようだった。

 初実戦で極度の緊張状態におかれていたこともあり、手の震えが止まらなくなっている。


 元締は抗争後の処理に追われていた。

 保安隊が来ると面倒になるという元締の配慮で、屋敷まで馬車で送ってもらうことになった。

 シェリーは両脇に座った愛弟子二人の肩を抱き、その温もりに癒されながら帰途に就いた。


 その夜。

 シェリーたち三人は夕食を終え、屋敷の庭のベンチで静かな時を過ごしていた。

 三人とも屋敷に着くなり安堵感からか倒れこむように眠ってしまい、気がついたときには夕食の時間になっていた。

 十分な睡眠と温かい食事で、シェリーはすっかり回復していた。

 何より、無事にココを連れ戻すことができたことと、マナが無傷だったことが嬉しい。


 心配していたココの心も、思ったほどに傷ついている様子では無かった。

 むしろさらわれる前よりも、どこか一回り大きくなったようにも見受けられる。

 三人はベンチで無言のままだったが、しかし満ち足りた気持ちでいっぱいだった。

 ただ一緒にそこにいる、というだけでこれ程まで幸福を感じられるものなのか。

 シェリーは改めてそのことを思い知らされた。


「……あの、お兄ちゃんのことなんだけど……」


 ココが沈黙を破り、頬を少し赤らめながら語り始めた。

 シェリーもマナも、それまであえてルギのことに触れなかった。

 あの戦いの最中、赤毛の女傭兵がマナに倒され、元締の兵がなだれ込んでくると、ルギは女傭兵――マウツを小脇に抱え込み、三節棍を振り回しながら、その場からの突破を試みた。

 最後に一度だけココに振り返り、


「じゃあな……」


 一言短く呟くと、怒号の飛び交う修羅場に飛び込んでいった。

 馬車の中で護衛の若者に尋ねたところ、そのまま包囲を破り逃げ切ったのだという。

 どこまでも追おうとする兵たちを、元締があえて制したということらしい。

 本来こういった戦いは、首領を仕留めるまでは終わらないものだ。

 だが、戦力を徹底的に潰した元締はそれで十分と考えたのだろう。


 シェリーは柔和な笑みをたたえ、ココの言葉を促した。


「……お兄ちゃんは、もうあの時に死んじゃったんだって……ずっと思ってた……。もう、私の家族はどこにもいないんだって……」


「ココ」


 何か言いたげなマナを、笑顔のままシェリーが制した。


「でも、お兄ちゃんは生きてた。朝、お兄ちゃんとずっとお話してたの。あれから何があったかってことを。お兄ちゃんは……ずっと、ずっと私のことを探していてくれたの!」


 ココの黒い瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 シェリーは愛おしそうにココの頬に手をそっと添えた。

 その涙の温かさが、細い指先に染み渡る。


「私、嬉しかった。本当に嬉しかった。でも、だけど、私はやっぱり師母様や師姉様と離れたくなかったの。ずっと一緒にいたい……それがだめなら、もう一度だけでも逢いたいって思ったの」


 後はもう、言葉にならなかった。

 胸で泣きじゃくるココの頭を、シェリーは壊れ物を扱うようにそっと撫でた。


「そう……ありがとう、ココ。でもね、貴女、一つ間違っているわよ」


 マナが手を差し伸べ、ココの両手をしっかりと握った。

 ココが不思議そうな表情で姉弟子を見上げる。

 彼女の目にも光るものがあった。


「貴女の家族はここにいるわ。私たちが、貴女の家族なのよ」


「え……」


「そうよ! 師母様も私たちも、お互いに血の繋がりはないけど……だけど、ずっと長い間を一緒に過ごして、泣いたり笑ったりしてきたじゃないの」


 マナの言葉に、シェリーは目を閉じて何度も頷いた。

 ココもぽかんと開けていた口を閉じ、無言で大きく頷く。


「うん、マナの言う通りよ。私も、もちろん貴女たち二人をただの弟子だなんて思っていないわ。かけがえのない、大切な家族よ」


「家族……」


「そう。当たり前のようにいつも傍にいる人であり、どんなに離れていてもずっと身近に感じられる人でもある、ってね」


 シェリーは目を閉じたまま、思うまま素直に言葉を紡いでいった。


「心の安らぎでもあり、心の支えでもあり……。そうね、貴女たちがいなかったら、今日もきっと途中で挫けていたかもしれないわ」


「師母様……」


 ココが甘えるような声を出した。


「私、ずっと師母様と師姉様と一緒にいたいな……」


 シェリーが苦笑を浮かべ、


「そうね、私もできればそうしたいわ。でもね、ココ。離れることを恐れてはいけないわ。マナはもう少しで私の元を巣立って行くし、いずれは貴女もそうなるのよ」


「師母様と……離れなくちゃ、いけないの?」


 ココが不安そうな表情で上目遣いにシェリーを見つめる。

 その愛らしさに魅かれ、シェリーは彼女の額の小さな角に、軽く口づけをした。


「ひゃんっ!」


 驚いた表情で、小さく悲鳴をあげるココ。

 師母の突然の行動に、傍らのマナも顔が真っ赤になっていた。


「フフ、そりゃもう本当は離したくはないんだけどね。でも、貴女がこの世界の広さを知って、自分一人の力でこの大地を力強く踏みしめて歩いていく。そんな日が来るのが待ち遠しいのよ」


「自分の、力で……?」


「そう。大丈夫、貴女ならできるわ、ココ。ただまあ、今のところは本当に危なっかしいから、もうちょっと傍に置いておかないとねえ」


 シェリーが眉をひそめてそう言うと、ココも口を尖らせて、


 「ぶー、それって子ども扱い?」


 少し不満そうに抗議する。シェリーが破顔一笑し、


「そうよー。だって貴女は、まだまだ私の可愛い仔猫ちゃんだものねっ!」


 再び抱き寄せて、今度は頬にキスをする。

 ココが「やーん!」と嬉しそうに声をあげた。

 その睦まじい様子に、マナが少し困ったような面持ちでため息をつく。

 シェリーが振り返り、


「……あら、マナ。もしかして焼き餅? 貴女もチュッチュして欲しいのね?」


「ち、違いますっ! ……あっ、ダメ、ダメですぅ、師母様ぁ!」


 素早く身を寄せて、シェリーがマナに頬ずりをする。

 うろたえて悲鳴をあげるマナの姿を見て、シェリーが笑い転げた。


(続く)

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