第三章 奪われたもの、喪ったもの(9)
元締は、
「一刻も早くあいつらを叩き潰す」
という一念で動いていた。
屋敷に到着したシェリーたちを、彼は鎖帷子に無反りの大刀を背負い、頭には鉢金を巻いた姿で、若い衆と共に出迎えた。
「元締自ら斬り込むとはね。バッツ、貴方らしいわ」
「ここで命を張らずして、どこで張ろうってんですか。俺たちの縄張りを荒し、カタギの衆に迷惑をかける外道ども、残らず始末してやりますよ」
ここまで闘志溢れる元締の姿を見せられて、奮い立たぬ部下はいないだろう。
一同はやがて十人ずつの集団に分かれ、各自が傭兵たちのアジトに向かった。
「真っ昼間から仕掛けるの?」
シェリーたちは元締と共に護衛を従えた馬車に乗り込み、出陣した。
その問いに、
「ええ。連中の屋敷周辺には誰も住んでいませんから、迷惑もかからねえし、保安隊もすぐには駆けつけてきません。それに、連中は昨日の晩、ずっと俺たちの夜襲を警戒していたようでしてね。その緊張がちょうど切れかかった今が、好機というわけですよ」
元締の話によれば、昨晩は密偵を街の至る所に走らせ、傭兵たちの戦力・状況をつぶさに探らせていたのだという。
そしてその間、主力となる面々には休息をとらせておいたのだ。
襲撃は夜間になるだろう、という相手の読みを外したというわけだ。
「なるほどね。ところで例の蒼血燕、彼女には手を出さないで。私が決着をつけるわ」
元締はシェリーの言葉に首を振った。
「……いや、そいつは、いくら姐さんの頼みでも聞けませんね」
「彼女の腕前は知っているでしょ? 無駄に犠牲を出すだけよ」
「ええ、もちろんね。昨日、嫌というほど味わわせてもらいましたよ。おかげで俺の護衛が三人殺られました……」
「だったら…」
元締の目が鋭い光を放っていた。
「だからね、俺たちも退けないんですよ。何しろ、俺とあいつらは義侠の契りを交わした親子だ。親子兄弟の血が流されて、黙っているわけにはいきません」
「しかし……」
そのシェリーの手に、マナがそっと触れた。
緊張からか手は若干汗ばんでいたが、マナは落ち着いた声で、
「師母様。私たちが今日、最優先すべき目的はココを助け出すことです。その……師叔母のことは、極力お任せすることにしましょう」
「マナ……」
シェリーは目を軽く閉じ、呼吸を整えた。
どんなに冷静であろうとしても、やはりココのことを考えると頭に血が上ってしまう。
昔、何も守るものを持たずに刀を振るっていた頃には、こんな気持ちにはならなかった。
だが、こうして愛弟子のことで平静を失ってしまう自分は、むしろ幸せなのだと思った。
ルギの元に矢継ぎ早に届けられる報告は、彼を不愉快にさせた。
本拠以外の拠点が朝方から立て続けに襲撃され、全て元締めたちの手に落とされた。
情報収集にあたらせていた面々も、半数以上が戻ってこない。
残されたのはこの本拠に残された二十名ほどだけだ。
傭兵の中でも古参の者が揃ってはいるが、それでも多勢に無勢だろう。
それに彼らは「負け戦から生き延びるにはどうすればいいか」を熟知している。
それはつまり、「さっさと逃げる」ということだった。
「あは、これは参ったわね」
いつの間にか背後に立っていた蒼血燕の、場違いに陽気な声がルギを苛立たせた。
「何をしていた、お前は」
「別に、何も。貴方から指示も無かったしね。あは、そもそも朝から妹さんにつきっきりだった貴方に言われたくはないわよ」
蒼血燕が肩をすくめる。
ルギの隣に控えるマウツが凄まじい表情で睨みつけた。
「ダメだな、完全に囲まれている」
傭兵の一人が、まるで他人事のような口調で言った。
彼らは生き死にをやりとりする場に慣れすぎて、感覚が麻痺している。
「蒼血燕、マウツ、お前ら二人が先陣を切れ。他の者は二人に続け。俺はここに残る」
ルギの指示に、マウツが信じられないといった表情で問いかけた。
「親分が殿? バカ言っちゃいけません、そんな話……」
「黙れ。生き残れて、まだ俺に従う意志のある奴は、例の水車小屋に集まれ。そこも探り出されているようなら、帝都の外に逃げろ。そうでない奴は勝手にしろ。今ここで俺を裏切るのも自由だ」
傭兵たちはため息すら洩らさず、無言のまま彼を見つめた。
その表情に敵意や怒りはない。
ただ、「負けた」というだけのことだ。
後はもう、自分の力で窮地を切り抜けるしかない。
「あは、いいんじゃないの? 前の敵はできる限り私が片付けてあげるわよ」
そう言って蒼血燕が玄関に向かう。
マウツが何度も振り返りながらも、双刀を手にその後に続いた。
そして傭兵たちがぞろぞろとそれに従う。
ルギは無言のまま、彼らを見送った。
背後の扉が開き、ココが恐る恐る姿を見せる。
「ココ。お前は部屋にいろ。大丈夫だ」
「お兄ちゃん……」
ココが部屋に戻るのを確認し、ルギは三節棍を構えた。
(続く)




