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第三章 奪われたもの、喪ったもの(5)

 保安隊の取り調べは数時間ほどで終わった。

 連絡を受けた元締とアディンセル卿が、色々と手を回してくれたからだろう。

 シェリーは空ろな表情を浮かべたまま、保安隊詰所の玄関でマナに出迎えられた。


「師母様……!」


 シェリーの胸に飛び込んできたマナの目は、泣き腫らして真っ赤になっていた。

 シェリーは小さくため息をつき、彼女の黒髪を何度も撫でた。

 さらわれたココのことを想うと、怒りと悲しみで胸が締めつけられる。

 我が身をズタズタに引き裂いてしまいたかった。

 だが、まだ彼女にはやるべきことがある。

 それを果たさずに、死ぬわけにはいかない。


「戻りましょう、マナ。全てはそれからよ」


 嗚咽を飲み込み、マナが力強く頷く。

 用意されていた馬車に乗り、二人は屋敷に戻った。


 広間に戻ったルギは部下を順番に呼び、それぞれに細かく指示を与えた。

 本拠の警備を固め、他の拠点との連絡を密にとり、情報を集める。

 今は抗争中だ。

 休む間など無い。

 一段落したところで、赤毛の女傭兵マウツがルギに耳打ちした。

 彼女は共に刃下を潜ってきた、最も信用のおける仲間だ。


「……俺のやり方に不満があるってのか」


 その報告に、ルギはあからさまに不機嫌な顔になった。


「あくまでも一部です。ですが……その、やはり納得がいかない、と考えている者は少なからずいるでしょう」


 マウツの言葉に、ルギは憮然とした。

 彼女が言うには、何名かの部下がルギに対して不満を抱いている、ということだった。

 今回、首領であるルギ自らが出張ってココたちを襲撃した。

 だが、大勢の兵を動員し、わざわざ待ち伏せしてまで襲って得たのがココ一人、である。

 しかも彼女を人質にでもするのかと思えば、ルギの使う一等上質な部屋で寝かせている。


(確かに、な。俺が奴らの立場でもそう思うだろうな)


 ルギは低く唸った。

 奴らは傭兵だ。

 名声を得るため、あるいは誓いを守るために戦っているわけではない。

 全ては金、あるいは己の欲を満たすためだ。

 ココぐらいの年頃の娘をさらえば、当然のようにその日のうちに陵辱する。

 後は人質として利用し、その役目が意味をなさなくなれば、殺すか売り飛ばす。

 そういう連中だ。

 ルギはそんな傭兵たちを、ある時は力で、ある時は金で従わせてきた。


 故郷を誘拐師の一団が襲い、両親が殺されたのはルギが十二歳の時だ。

 連中の狙いは年の離れた三歳の妹、ココだった。

 滑らかな蜂蜜色の肌と黒髪を有するルギの部族の女性は、鬼族の中でも最も美しいとされている。

 連中はその幼女をさらい、下衆な金持ちが歪んだ性欲を満たすための奴隷として育てるのだという。

 誘拐師どもが泣き叫ぶココを連れ去ったあの日のことは、今でも忘れない。

 目の前で両親が殺された。

 必死に奪い返そうとしたルギは、谷底に突き落とされた。

 だが運良く、谷を流れる川の最も深い部分に落下したルギは、重傷を負いながらも命をとりとめたのだ。


 それからルギは、ココを救い出すべく大陸各地を彷徨った。

 しかし成長の早い鬼族とはいえ、まだ少年の面影が色濃い十二歳のルギには、彼女を見つけ出すどころか手がかりを掴むこともできなかった。

 路銀もろくに持たず、畑の野菜などを盗んで命をつなぎながら放浪するうちに、たまたま立ち寄った町で傭兵が集められているのに出くわした。

 生き延びるために、ルギは傭兵の一団に加わった。


 それから後は、野盗の征伐や裏社会の抗争などの助っ人として戦い続けた。

 三節棍の扱いは、ある老傭兵から教わった。

 生き残るために汚泥の中を這いずり回り、血に塗れた日々を過ごした。

 奴隷として売り飛ばされ、変態どもの慰み者にされてしまったであろうココのことを思うと、抑えようの無い怒りが湧き上がってきた。

 その憤怒を敵にぶつけ、打ち砕き、死体の山を築いてきたのだ。


 だがその一方で、ルギはココが生きているという望みを捨ててはいなかった。

 いつかきっとココに逢える、その日までは何としても生き延びるのだと固く誓っていた。

 気がつけばルギは、傭兵たちの間でも知られた存在となり、彼の意志ではなかったがリーダーとして担がれることになっていた。

 しかしここ数年は、野盗どもも鳴りを潜め、傭兵の食い扶持もなくなりつつあった。

 そこでルギたちは、帝都で地廻りの縄張りを分捕るという案を思いついた。

 暗黒街である程度の地位を得れば、行方知れずの妹を見つけ出すこともできるのでは、という考えもあった。

 各区の戦力を探った結果、北東区のバッツが最も狙いやすいと判断し、決行した。

 戦闘のプロで、かつ失うもののないルギたちの作戦は成功するはずだった。

 シェリーの登場は、当然ながら彼らにとって全くの計算外であった。


(続く)

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