第一章 帰郷、旅立ち(3)
「師母様、ただいま戻りました!」
背の高い樹林が覆いかぶさる山道を抜けると、視界が一気に開けた。
腰の高さまである草原の中に、圧倒的な存在感を放つ巨石が一つ。
マナの師母、シェリーはいつものようにその上に悠然と座っていた。
「おお、マナ! お帰り!」
ちょうどココの朝稽古が終わり、そろそろ昼食の準備に取り掛かろうとしていた矢先だった。
三年前と変わらない、シェリーの温かな口調にマナは不覚にも涙を零しかけた。
「ふわぁ! 師姉さまだぁ!」
そして、もう一人の懐かしい声。マナの可愛い妹弟子、ココだ。
刀を鞘に納めるのももどかしいといった様子で、真っ直ぐにマナの元へと駆けてくる。
シェリーはその後ろから、手を後ろに組んでのんびりと歩み寄ってきた。
「師姉さまっ!」
「っと、ココ!?」
文字通り、ぴょんと飛びつかれてマナは仰天した。
三年前、十二歳の時に比べると遥かにココの身体は大きくなっている。
もちろんその間に、自分も成長していたので身長差はあまり変わっていないのだけれど。
「師姉さま、師姉さま」と涙声で連呼しながら、ココがぎゅっと抱きしめてくるので、マナも微笑を浮かべてその背に腕を回し、力強く抱擁した。
ココの蜂蜜色の肌からは、春の穏やかな陽だまりのような匂いがしてくる。
黒く澄んだ瞳の端から、涙が滴り落ちていた。
三年ぶりの再会をどれほど心待ちにしてくれていたのかと思うと、胸が熱くなった。
柔らかな黒髪を撫でてあげると、ココが仔猫のように心地よさげに鼻を鳴らす。
「いやいや、帰ってくるなりお熱いことねえ、貴女たちは」
師母が半ば呆れ顔で洩らし、マナの白い頬はほんのりと朱に染まった。
ココは全くお構いなしといった様子で、小さな顔を胸にぐりぐりと押しつけてくる。
「し、師母様……あの、これはその……」
真っ赤になって言い訳しようとするが、
「ああ、いいのよいいのよ。そのまま、ずうっと二人でイチャイチャしてて。私はその間にご飯の支度でもしてるから」
シェリーは肩をすくめ、真顔でからかってくる。
師母様のこういった一面も、三年前と変わらない。
生真面目な一番弟子の反応を楽しんでいるのだろう。
「ココ、ちょっとごめんね。師母様にもご挨拶しないと」
妹弟子に優しく声をかけ、身体を離す。
少しむくれたココの頬を撫でてから、マナは師母の前に進み出て居住まいを正した。
「マナ・タケガミ、聖白竜女学園を卒業し、ただいま戻りました」
「お帰りなさい。…うん、よく頑張ったね。偉いよ、マナ」
目を細め、大きくうなずく師母の姿を見て、マナの胸に万感の想いが押し寄せてきた。
学園での三年間は、とても充実した日々だった。
級友たちと机を並べて学び、武芸や礼法の修行に励んできた。
楽しいことばかりではなかったが、何かあるたびに親友たちと支え合って過ごした。
だが、何よりもマナを支えてきたのは、胸に宿る師母とココの想い出だった。
三人の間には何物にも変えがたい、深く強い絆があったからだ。
「おいで、マナ」
師母はそんなマナの胸中を知ってか、腕を広げて彼女を呼び寄せた。
溢れ出る感傷を抑え切れず、マナはその胸に飛び込んだ。
「よしよし、大きくなったね、マナ。本当に……」
三年前はわずかにマナの方が低かった身長も、いまや完全に師母を追い抜いていた。
だが、師母の大きさ、温かさは何一つ変わっていなかった。
それが無性に嬉しくて、マナは思い切り泣いた。
だが、その温もりに甘えていられるのも、ほんの僅かな間だけ。
それを想うと、また一層激しく涙が溢れ出してくるのだった。
(続く)