表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/50

第三章 奪われたもの、喪ったもの(2)

「くっ!」


 女傭兵の左手の刀が弾き飛ばされた。

 猛攻を耐え凌いでいたが、衰えを全く見せない連撃に、集中力が切れてしまったのだ。

 それでも右手の刀だけで何とか防ごうと試みる。

 だが、まるで蛇のように変幻自在に動くシェリーの攻撃に、もはやなす術もなかった。


「どけ」


 女傭兵の背後から、太い声が聞こえた。

 リーダー格の大男だった。

 蓄積した疲労で足元もおぼつかなくなっていた女傭兵を突き飛ばし、前に出てくる。

 周囲の傭兵たちが「親分!」と悲鳴とも怒号ともつかない声を上げた。


(踏み込みすぎたか!? いや、いける!)


 大男は明らかに他の連中とは別格の強さ、とシェリーは値踏みした。

 そして、何より己の強さに絶対の自信と誇りを持っている、とも。

 傭兵たちがリーダーを守ろうとして動けば厄介だが、その気配が感じられない。

 恐らく、一騎討ちに手出しをするようなことはないだろう。

 それならば、シェリーの狙い通りだ。


 大男が頭巾を脱がぬまま、背負っていた多節鞭を構えた。

 男の巨躯に合わせて作られた特注品だろう。

 三本の鉄棒をリングで繋いだ三節棍だが、太さも長さも尋常の物ではない。

 一撃で頭骨を割られるような代物だ。

 大男の下段から掬い上げるような一撃。

 シェリーは飛び退ってそれを避けた。

 間合いが広い。

 迂闊には近づけなかった。


 傭兵たちが戦いの邪魔にならぬよう、包囲の輪を広げた。

 大男が上段から三節棍を叩きつける。

 打ち付けられた石畳が破裂したような凄まじい音を立てた。

 間を置かずに、横から薙ぎ払ってくる。

 唸りを上げて襲いかかる棍を、シェリーは身を屈めて回避した。


(逃げ切るのはきついかっ!)


 そう判断したシェリーは、意を決し大男の懐に突き進んだ。

 六尺棒や長槍とは違い、三節棍は接近戦でも扱える武器だ。

 だが、このままいいように攻められてしまっては、傭兵たちも勢いを取り戻してしまう。

 斜めから打ち下ろされた三節棍を刀で打ち払う。

 強い衝撃が刀を握る手から全身に伝わってくる。

 しかし、丹田に込めた内功の力で受けきることができた。

 そのまま間合いを詰める。


(受けてみなさい、これが飛燕幻舞流刀術の速連撃よ!)


 シェリーは息を止め、これまでにない速度の連撃を浴びせた。

 フェイントを織り交ぜない、ただ速さのみに集中した攻撃だ。

 男はそれを、両手で構えた棍で器用に防いでいく。


 シェリーの動きが一瞬止まった。

 その瞬間、彼女が息切れをしたのだと誰もが感じ取った。

 凄まじい攻防を見守っていたココが、思わず「師母様!」と悲鳴をあげた。

 だが、それはシェリーの仕掛けた罠だった。

 防戦一方の状態だった大男は、ようやく途切れた連撃にわずかに気が緩んだ。

 好機と判断して一歩踏み込んだ彼の頭部を、シェリーの雷光の如き一撃が襲う。

 相手の心理を揺さぶり、虚を用いて実を得る、それが飛燕刀術の真骨頂だった。

 だが、男はすんでのところでその斬撃を避けた。

 首の皮一枚のところだった。

 黒頭巾が白刃によって切り裂かれ、隠されていた男の顔があらわになる。

 なめらかな褐色の肌。

 黒い瞳は怒りに満ちていた。

 その頬や額に浮かぶ無数の傷は、男が修羅場を幾度も潜り抜けてきたことを物語っている。

 精悍な、まだ若い顔立ちをしていた。

 そして男の額には――一本の白い角があった。

 彼が鬼族の若者であるという証明だった。


「……え?」


 馬車の傍から離れることなく、戦いの趨勢を見守っていたココが、その場に立ち竦んだ。

 彼女の幼い頃の記憶――師母と師姉と三人で暮らす日々の中で封じ込めていた朧げな記憶が――その一瞬で鮮やかに甦ってきた。


「お兄、ちゃん……?」


 まさか、そんなはずはない。

 兄はあの時……そう、誘拐師に浚われたココを助けようとして、谷底に落とされたのだ。

 だが、師母と向き合うその男の顔には、間違いなく兄の面影があった。

 そして、彼が胸から下げた大きなペンダント。


(あれは――あれは――)


 鬼族に生まれた者が、五歳の時に両親から授けられるペンダントだ。

 その頃まだ三歳だったココは、兄のそれを羨ましがって、何度も駄々をこねていた。

 生き別れた兄が、今そこにいる。

 兄が師母と戦っていることも忘れ、思わずココは叫んでしまった。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ