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第三章 奪われたもの、喪ったもの(1)

 第三章  奪われたもの、喪ったもの


 シェリーとココは、側近と護衛に付き添われて馬車で屋敷まで戻ることにした。

 まだマナを迎えるには時間がある。

 元締はアンジェラ――殺し屋に関わる情報が入り次第、直ちにシェリーまで知らせること、可能な限り手は出さないこと、を約束してくれた。

 馬車に揺られながら、シェリーはアンジェラのことを想っていた。

 あの業火の中で生き延びた彼女が、何を思いこれまで生きてきたのか、と。


 馬車が動きを止めた。

 シェリーは総身に寒気を覚え、腰の刀に手をかけた。

 ココにも油断しないよう声をかけ、辺りの気配を窺う。


「……囲まれましたね」


 側近が、淡々とした口調で腰の剣を抜いた。

 護衛たちが慌しく馬車の外に出る。


「ココ、大丈夫よ。貴女には指一本触れさせないわ」


 シェリーはココの肩をポンと叩き、慎重に馬車のドアを開けた。


 馬車は川沿いの大通りで完全に取り囲まれていた。

 前方に十五名前後、後方におよそ十名、逃げ場は無い。

 シェリーは馬車を降り、刀を抜いた。

 前方で構える傭兵たちの中心に、例のリーダー格の大男がいた。

 その傍らには赤毛の女傭兵がいる。

 後方に目を移す。

 その中にもアンジェラらしき人影は見当たらなかった。


「身を守ることに専念なさい。私に習った通りにしていれば大丈夫だからね」


 シェリーの言葉に、ココは大きくうなずいて応えた。

 だが、顔はさすがに緊張で青ざめていた。

 初めての実戦で、恐ろしさを感じていないはずがない。

 しかし、彼女の身体能力と飛燕刀術の腕前であれば、臆することなく立ち回れば何とかなる、とシェリーは信じていた。


 リーダー格の男が手を上げ、傭兵たちがじりじりと間合いを詰めてくる。

 側近が護衛たちに短く指示を出す。

 馬車を背に円陣を組み、防御に撤するという陣形だ。


(だけど、それじゃあ捌ききれないわね……)


 例の『強い気』はまだ感じられなかった。

 アンジェラがいないのであれば、まだ方策はある。

 このような危機にも関わらず、平静そのものの側近に近づき耳打ちした。


「私が引っ掻き回すわ。貴方たちは守りに専念して。ココを頼むわ」


 手短に伝えると、側近の返答を待たずに前方の敵に斬りこんでいった。


「来たぞ!」


 狙いは頭巾をかぶったリーダー。

 一直線に突き進む。

 傭兵たちがリーダーを守ろうとその行く手を阻んだ。

 その動きを事前に読んだシェリーは、一瞬早く進路を変える。

 素早い動きに、反応の遅れた先頭の傭兵。

 肩口を浅く斬った。

 別の傭兵がすかさず槍を突きこんでくる。

 体を捻ってかわし、下段から槍を跳ね上げた。


「囲め!」


 リーダーが野太い声で指示を出す。

 圧倒的多勢で少数精鋭を包囲している状況では、一人ずつ確実に潰していくのが常道だ。

 囲まれてしまっては分が悪い。

 一人ひとりをまともに相手するのではなく、攻撃を捌きつつ、陣を乱すことにした。

 傷を負わせるよりも、怯ませて敵全体の士気を落とし、時間を稼ぐのが狙いだ。


「どきなっ!」


 赤毛の女傭兵が声をあげると、攻めあぐねていた傭兵たちが彼女に道を譲った。

 彼らの表情に若干の安堵があることをシェリーは看過した。

 彼女を倒せば、全体の士気は著しく低下するだろう。

 それまで攻撃を捌くことに注力していたシェリーだが、赤毛の女傭兵が現れるやいなや一変して攻勢に転じた。

 周りの敵には目もくれず、女傭兵の懐に飛び込む。

 彼女の態度や他の傭兵の様子から、誰も横槍を入れてこないだろうという読みもあった。


「この間の借り、返させてもらうよっ!」


 女は怒りと歓喜の入り混じった顔で、双刀を振りかぶる。

 シェリーは大きく息を吸い込み、立て続けに連撃を入れた。

 払刀、転身斬刀、飛燕脚、連燕飛翔脚。

 女傭兵は必死にそれを防御した。

 だが、シェリーの技と技との繋ぎは素早く、反撃に転ずる隙を与えない。

 女傭兵が斬撃を受けながら後退する。

 傭兵たちは二人の素早い立ち回りに、おいそれと近づけず遠巻きに包囲する形になった。


「凄い……!」


 ココは師母の美技に、自分が危険な場にいることを一瞬忘れてしまった。

 それは側近や護衛たち、取り囲む傭兵たちも同様だった。

 後方から近づいていた一隊も、前方の部隊がシェリー一人に釘付けにされてしまったこともあり、間合いを詰められずにいる。


(続く)

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