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第二章 帝都の三人(12)

 罪を着せられ、里を出奔したアンジェラ。

 彼女には腕の立つ追っ手が差し向けられたが、誰一人戻ってくることはなかった。

 里の人間たちは残された師母とシェリーに冷たい視線を浴びせ、二人は針のむしろに置かれたような日々を過ごした。

 二年後、師母の最期を看取ったシェリーは里を離れた。

 アンジェラを追うための旅であったが、もちろん手がかりらしいものは何も無い。

 路銀を使い果たしたシェリーは、用心棒や揉め事の仲裁などをしながら旅を続けた。

 やがて、ある賞金稼ぎの男から「刀術を使う妖かしの民の殺し屋」に関する情報を得た。

 容姿、そして暗黒街で活動し始めた時期などから、アンジェラではないかと思われた。

 妹のように可愛がっていたアンジェラが、裏社会でどのような生き地獄、修羅場を体験したのか。

 それを想うだけでシェリーの胸は、狂おしく張り裂けそうだった。

 どうにかして救いたい、という思いに駆られ、その『蒼血燕』の足取りを追い求めた。


 蒼血燕は各地を転々としながら、仕事を行っていた。

 狙った獲物は決して逃さず、たとえ女子どもでも一片の容赦も無く斬り捨てる。

 そのあまりに非道なやり口から裏社会でも厄種とされ、至るところで命を狙われていた。

 実際シェリーも、たびたび彼女と間違えられて襲撃を受けることがあった。


 ある日、とある町で蚤の市を見て回っていたシェリーは、装飾品が無造作に並べられた露店で、鈍い色を放つペンダントを見つけた。

 そのペンダントに施された意匠は、妖かしの里独特のものであった。

 手にとって調べてみると、裏にはアンジェラの実家の姓が刻まれていた。


(これは……もしや、アンジェラの家が襲われた時の!?)


 シェリーは、そのペンダントの出所を突き止めることにした。

 人づてに調べていく内に、強引なやり口で数年前からのし上がってきたという男のことを知った。

 さらに詳しく調べてみると、アンジェラの家が襲われた時期と男が財を成した時期とがほぼ一致している。

 シェリーは慎重に調査を進め、機を窺った。

 そしてある夜――。


 風の吹かない、蒸し暑い夏の夜だった。

 男の屋敷が何者かによって襲撃され、使用人を含む全ての人間が斬殺された。

 屋敷には火がかけられ、業火が黒煙を上げて燃え盛った。

 馴染みの情報屋から知らせを受けたシェリーは、すぐさま屋敷に向かった。

 付近の住民が逃げ惑い、保安隊や自警団が懸命に消火活動にあたっている。

 そこから少し離れた林の中で、シェリーは『蒼血燕』――アンジェラと再会した。

 彼女に、おとなしく泣き虫で気の弱い妹弟子の面影は残っていなかった。

 白金の髪を束ね、全身を返り血で染めたアンジェラの目には狂気の光が宿っていた。

 傍にいるだけで、総身が粟立つような凄まじい殺気。

 夜空を焦がし焼け落ちる屋敷を眺め、さも愉快そうに高笑いしていた。


「アンジェラ!」


 怒りと悲しみ……様々な感情が渦のように入り混じる叫びに、アンジェラは恍惚とした表情を向けて答えた。


「……あら師姉様、ごきげんよう。あは、ずいぶん遅かったですね。もうお祭りは終わってしまいましたよ?」


「アンジェラ……。貴女、貴女は……」


 言葉が続かなかった。

 いったい私は、彼女をどうしたいというのか。

 彼女を殺すことなどできなかった。

 だが、殺すことなく彼女の暴走を止めることなどできやしない。

 彼女を捜し求める旅を続けていたが、逢って一体どうするのか、その結論が出せぬままの邂逅だった。


「どうしたの、師姉様? あは、私を殺しにきたのではなくって?」


 まるで邪気の無い、満面の笑みを浮かべていた。

 だが、一方でアンジェラは血糊に塗れた刀を抜き、無造作に間合いを詰めてくる。


「違う、私は……私は……」


 決断ができずに立ちすくむ。

 アンジェラの表情から笑みが消えた。

 瞳孔を開いたまま、何かに憑かれたように近づいてくる。


「あの男……、そう、あの男……。あの男はずっと命乞いをしていたわ……。自分の家族が目の前で斬り刻まれているのにね。ひどい奴よね、あは、だからあいつはたっぷり時間をかけて嬲り殺してやったわ」


「どうして……どうして、アンジェラ……」


「何を言っているの、師姉様? だってあいつは私の親の仇よ……。あは、まあ正直言って私を捨てた連中だからね、別にどうだってよかったんだけど」


「やめて……、やめて、アンジェラ……もう何も言わないで!」


「でもね、師姉様。あいつさえ余計なことをしなければ、私はずっと師姉様と師母様と一緒に過ごせたのに……あいつの!あいつのせいで!」


 アンジェラの顔が憎しみで歪んだ。

 しかし次の瞬間にはその頬を涙が伝い、悲哀に満ちた表情でシェリーに語りかけていた。


「大好きだったの、師姉様のこと。本当に本当に本当に、大好きだったの。でも、でも、でも、あいつが、あいつが、里の連中が、ああああ、ああああ……」


 すでに彼女は正気と狂気の境界を越えてしまっていた。

 全身がわなわなと震えている。


「殺してやる、殺してやる、殺してやる……里の連中も、街のクズどもも、どいつも、こいつも、ああああ、師姉様、師姉様、師姉様ああああああっ!」


 襲い掛かる兇刃を、シェリーはすんでのところで受け流した。

 すぐさま、尋常ならざる速度の連撃が繰り出されてくる。

 その技は、かつて師母の元で共に学んだ飛燕幻舞流刀術に加え、アンジェラ自身が修羅場の中で自ら編み出したものが組み込まれていた。

 だが、シェリーも里を出奔して以来、幾度も刃風の下を潜り抜けている。

 アンジェラの猛攻を凌ぎつつ、一瞬の隙をついて反撃に転じた。

 かつて師母は、彼女には天賦の才があると語っていた。

 だが、元々の刀術の腕前ではシェリーの方が上だ。

 二人の激闘は林から男の屋敷の庭に移っていったが、シェリーの刀は徐々にアンジェラを追い詰めていった。


 やがて、防戦一方だったアンジェラの手から刀が落ちた。

 その喉元にシェリーが刀を突きつける。

 アンジェラは諦めたように薄ら笑いを浮かべ、シェリーを上目遣いに見やった。


「……あは、さすがね、師姉様。さ、殺して」


 シェリーは動くことができなかった。

 もとより、誰よりも愛していた妹弟子を殺すことなどできるはずもない。

 二人だけで、何処か人のいない場所で一生を送りたいとさえ想っていた。

 だが、アンジェラが重ねてきた罪の重さを想うと、果たしてそれが許されるのか――複雑な思いが絡み合い、どうにもできなかった。


「どうしたの……? そ、せっかく殺してもらおうと想っていたのに、叶えてくれないのね、師姉様は」


 笑みが消えた。

 絶望に苛まれた、焦点の定まらない目。

 アンジェラは踵を返し、その場に硬直してしまったシェリーに背を向けて、なおも炎が勢いを止めない屋敷に向かって歩いていった。


「アンジェラ!」


 シェリーの絶叫にも答えることなく、そのままアンジェラは炎の中に消えていった。

『蒼血燕』の名はそれ以来聞くことがなかった。


「彼女は死んだ……はずよ。死体を確認まではしなかったけどね。私はその時、もう放心状態だったから……」


 シェリーが沈痛な面持ちで語り終えた。

 アンジェラとの出会いから別れまでの、長く哀しい物語だった。

 元締が深く息をついた。

 側近の男は無表情のままだったが、両手の指を組んだままうつむいている。

 護衛の男たちも皆一様に、複雑な面持ちで下を向いていた。

 ただ一人、ココだけが悲しみを押し殺せずに涙を零していた。


 ココが師母からこの話を聞くのは、もちろん初めてだった。

 あまりにも切なく、救いの無い話だった。

 ココは師母であるシェリーの苦渋を、そして自分にとっては師叔母にあたるアンジェラの心境を想った。

 もし、自分が心ならずもマナや師母と別れなければならなくなってしまったら。

 想像するだけで、胸が張り裂けんばかりになる。


「師母様……」


 師母が嗚咽を洩らすココを胸に抱き寄せ「ありがとう」と囁いた。

 その温もりは、いつもと同じようにココの気持ちを優しく包み込んでくれた。

 だが、その心中はどれほど悩み苦しんでいるのだろう。


「しかし姐さん、ということはその……今度の殺し屋は……」


 元締の言葉に、ココはもうやめて、と叫びたくなった。

 もうこれ以上、師母を苦しめたくない、という思いがあった。

 だが、師母は、


「そうね。そう……、彼女かもしれないわ」


 表面上は、すでに冷静さを取り戻しているようだった。


「もし、その殺し屋が本当に彼女なら……私がケリをつけるわ」


 師母の胸元で、鈴が静かに鳴った。


(第三章 奪われたもの、喪ったもの に続く)

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