第一章 帰郷、旅立ち(1)
飛燕天昇~あなたを、忘れない
第一章 帰郷、旅立ち
生い茂る木々の切れ間から、柔らかな朝の陽光が差し込んでいる。
夜露に濡れた落ち葉が、獣道をびっしりと埋めていた。
厚底のブーツで踏みしめるたびに、ずぶりとつま先がめり込んでいく。
癖のない黒髪を頭の後ろで束ねた少女が、霧深い山中を足早に歩いていた。
切れ長の眼。その薄茶色の瞳は、意志の強そうな光を放っている。
年の頃は十七、八といったところだろう。
大人びて落ち着いた雰囲気を醸し出している。
大きなリュックサックを背負い、腰には反身の刀と両刃細身の剣を差していた。
ガチャガチャと金属の擦れ合う音が、静寂の支配する山中に響く。
長い冬が終わり、帝国は誰もが待ち侘びた春を迎えていた。
だが、この辺りはまだまだ日中でも気温は低く、彼女の吐く息も白い。
彼女――マナは今、帰るべき『我が家』を目指して歩を進めていた。
(師母様、ココ……懐かしいな、三年ぶりか)
そこには敬愛してやまない師母と、愛らしい妹弟子がいる。
険しい山道も重い荷も、二人を思い出すだけで軽く感じられた。
この三年間、彼女は帝都の『聖白龍女学園』で学問・武芸・古今の礼法などを学んできた。
その名の通り女子だけの学び舎で、帝国内でも特に優秀な子女が集められる名門校だ。
彼女たちの大半は、貴族・騎士の子女や豪商の家庭に育った才女であった。
ただし、学園の運営費用は全て帝国の予算で賄われているので、裕福な家庭の子でなくても入学は可能だ。
しかし現実的には、非常に難度の高い入学試験があり、十五歳までにしかるべき教育を受けてこないと合格は困難であった。
普通に町の学校で勉強しているだけでは受験する水準に達することさえ難しく、必然的に家計に余裕のある家のお嬢様が多くなる。
逆に言えば、貴族の子女でも入学することができない者も多い。
中には、マナのような苦学生もいた。
学園は全寮制で規律が厳しく、年末年始だけ特別に帰郷が許されていた。
しかしマナの場合、何しろ往復だけでその期間の大半を費やしてしまう辺境なので、結局三年間、師母と妹弟子の元に帰ることはなかった。
マナは同年代の少女の中では、比較的背が高いほうだろう。
事実、彼女がこの三年間を過ごした学園の中では、誰かを見上げて話すという経験はほとんどなかった。
大陸の人口の四割を占めるとされる金髪碧眼の中央人ではなく、東方諸島系の血を強く引いていることもその一因かもしれない。
もっとも、中央人に『蛮族』と呼ばれる北方や南方系の人々や、辺境に住む鬼族などの中には、もっと長身の人々がいるとされているのだが。
(……蛮族、か)
彼女の祖である東方諸島の人々もまた、そのような蔑称で陰口を叩かれることが多い。
中央人が政治や経済の中枢を占める現状では致し方ないことではあるが、やはり気分の良いものではなかった。
「でもね、マナ。昔に比べれば良くなった方よ?」
師母の言葉が脳裏をよぎった。
彼女もまた、マナと同じく中央人ではない。
妹弟子のココも同様だ。
(早く会いたいな……)
そう思いつつ道を急ぐマナだったが、同時に苦い気持ちも湧き上がってくる。
(でも……私はまた……)
(続く)