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御手洗君のお祓いレシピ。

作者: L
掲載日:2026/05/17

飯テロをどうぞ


人は食事からだという。

食事こそが、生きる基盤であり。

食事によって人生は変わる。

なら……霊に大量に憑かれている彼の人生は、どんな食事なのだろうか。


「あっ……御手洗くん!」


私は、御手洗君に話しかけた。

わかめのようなうねった髪。

重ね塗りでもしたんじゃないかと疑いたくなる艶のある黒髪。

常に、クマが張り付いたその気迫の失せた目。

えげつない猫背で、彼は振り向いた。


「どうも……?おはようございます。今日はいい一日ですね」

「そ、そうは見えないけど」


会社の雰囲気は、今日も不穏だ。


「うわぁぁ!!!?ペットボトルが宙に浮いてるぞぉ!!!!?」

「パソコンがエラーを吐きまくって壊れましたぁ!!!」

「呪いの動画が社内に流通しまくってますぅ!?」

「うわぁ……」


本当にこの会社やめたい。

いまのところ、神主、お坊さん、占い師、スピリチュアルな人、いろんな人にお祓いを頼んだが……全員がダメだった。

そのうちの一人曰く、うちの会社の業績が安定しているのも霊が異常発生するのも同様の原因らしい。

霊脈やら、地脈やらうんたらかんたら―といって脱走してしまった。

私の恋人が現実にあらわれないのも、地脈のせいなんすかね?


「これって……御手洗君ののせい?」


中でも、御手洗君はそのいわくつきのなにかを引き寄せる体質なようだ。


「あ、ああ……す、すみません、朝から社内が賑やかで……僕のパソコンもさっきから、頼んでもいないのにデスクトップの壁紙が全部『苦悶の表情を浮かべる顔面』に自動更新されちゃってて……フォルダーが開けないんですよね……はは……」


御手洗くんは、浮き出たクマの奥の瞳をいっそ愛おしそうに細めながら、力なく笑った。


「ははっ……て」


彼の背後では、自動販売機から炭酸飲料が意志を持ったようにガコンガコンと連射される。

オフィスの蛍光灯がディスコの照明ばりに激しく明滅している。

もはや怪奇現象のバーゲンセールだ。

いつからここは、ホラーゲームの会場になったのだろうか。


「ちょっと御手洗くん! 笑いごとじゃないってば!?あっちのマーケ部の島なんて、コピー機からお経が印刷された紙が無限に出てきてパニックだよ!?」


壁には、怨念のようにその紙が張り付いている。

一応言っておくが、誰もセロテープや両面など貼っていないし。

固定もしていない。

少し漏らしそうになった。


「ああ、やっぱり……。さっきすれ違ったとき、マーケの課長さんの背中に、すごく寂しそうな、びしょ濡れの女の人がおんぶされてましたからね……多分すぐそこの橋で拾ってきたんでしょう」

「ひえぇ!!!?」


朝からなんてものを聞かせるんだ、こいつは。

やめてよ。

もうあの橋、通れないよ。

夜なんて直視できないかもしれない。


「あの人が冷気を出すせいで、電子機器の基盤が結露してショートしちゃうんですよ……」


その前にひとつききたいことがある。


「御手洗君……やけに首の形がおかしいけどどうしたの?」

「僕の肩も、さっきから四人くらい交互に飛び跳ねてて、首の角度がもう120度くらいカチカチ鳴ってます……」


今にも消え入りそうな声で、御手洗くんは自分の首を手で支えた。

限界だ。

この男、今すぐ現世からログアウトしそうなオーラを放っている。

私もすぐにこの会社からでていきたいが……そうもいかない。

なぜならこの会社辞める人にも怨念ふっかけってくるから!

辞表を書いたその日、交通事故にあいかけた。

悩み、暫く持ち歩いていたら刃物で切り裂かれたように千切れていた。

出そうと決心した日、人事部長が脳梗塞でぶったおれた。

ちなみに、書いた辞表は消滅したゾ☆

ふざけんな。

「ふざけんな。」まで考えたところで自分でもちょっと涙目になっているのが分かった。

この会社、物理的に辞めさせない意思を持っている。

ブラック企業とかいうレベルじゃない。

もはや呪いの株式会社だ。

株式会社祟りとかに、改名したほうがまだましなんじゃないだろうか。


「うぁぁ!!!?蛍光灯が破裂したぞ!!!?」


本当にごめんなさい。

ナマいいました。

調子に乗ったことは、許して下さい。

命だけは。


「……大丈夫ですか?」


御手洗くんが、こっちを見た。

その顔は相変わらず死相が濃いのに、なぜか妙に優しい。


「大丈夫なわけないでしょ!!辞表が消える会社って何!?紙なのに消えるって何!?」

「ですよね……あれ、たぶん……えっと……未練がインクに干渉してるんです……?」

「インクに干渉する未練って何!?意味わかんないよ!?」


御手洗くんは少しだけ視線を落として、申し訳なさそうに笑った。


「たぶん……この会社、僕のせいで霊の食事環境が最悪なんです」

「は?」


一瞬、意味が分からなかった。

霊の食事環境。

今この男は、何を言った?

霊ですら、理解できないのにこれ以上話を複雑にしないでほしい。


「霊って、基本的に残留した感情を食べるんですけど……」


はつみみぃー。

えーなにそれぇ、初めて聞いた~。

もっときかせてぇ~?

なるか。

は? 霊が感情を食うって何?

急にスピリチュアル解説始めんなよ、バカ。


「この会社、僕のせいで未処理の感情が大量に発生してて……いわば、食べ放題ビュッフェ状態なんですよ」

「ビュッフェやめて」

「いや、大盛時間制限付き超ビックカツ丼?」

「別に種目かえたらいいわけじゃないから!?」

「…ていうか、食べ放題よりカツ丼の方が正直美味しそうじゃないですか?」

「ごめん、それはどうでもいいよ!」


蛍光灯が、バチッと一段階明るくなる。

シュレッダーの中のお経が、なぜかリズムを持ちはじめた。

おい、ノリに乗ってんじゃねぇか。


「だから、どんどん寄ってくるんです……美味しそうだから。この会社は、その感情をたくさん食べられるんでしょうね」

「最悪の理由で繁殖しないでくれる?」


御手洗くんは、少しだけ考え込むようにしてから言った。


「……なので最近、いろいろ試してるんです」

「何を?」


御手洗くんは、ズボンのポケットから、なぜか常に持ち歩いているマイ箸とマイおたまをシャキーンと取り出した。


「お祓いレシピを」

「はぁ?」


何を言い出すんだ、この男は。

シャキーン、という効果音が聞こえた気がした。

いや気のせいだ。

人間の動作でシャキーンが発生する職場。

普通に怖い。


「ちょっと待って、御手洗くん」


私は一歩下がった。

ココから先は、警戒心を高めよう。


「それ料理の話だったよね!?なんで今おたま出てきたの!?戦闘準備なの!?」

「戦闘じゃないです……調理です……」


彼は疲れ切った顔のまま、妙に真剣だった。


「霊って、たぶん未処理の感情を食べてるんですよね」

「それさっきも聞いたけど、まだ続くの?」

「はい。なので、感情を調理して、食べやすくする必要があります」

「人間の言い方にして」


御手洗くんは、スーツの内ポケットからメモ帳を取り出した。

そこにはびっしりと何かが書かれている。


「例えばこの会社の霊は、不満、焦り、後悔が主食です」

「会社の人間も同じじゃない?」

「だから混ざってるんです。こんぶ、とうふ、みそ、カツオが……」

「最悪の味噌汁みたいに言うな」


御手洗くんは続けた。


「未処理のままだと、生で食べられてしまうので……」

「生で食べるって何!?」


その瞬間、コピー機が再起動した。

ガガガガガガ──はぁ……。

今度は紙ではなく、なぜか「ため息」が出てきた。


「うわ、今の見た!?ため息出てきたよ!?」

「はい……これは加熱不足ですね。勢いが足りなかったのでしょう」

「料理評論家みたいに言うのやめてくれる!?」

「その【感情】を調理しましょう」


御手洗くんは、静かにおたまを構えた。


「私は、社長から業務中の調理を認可されています」

「初耳なんだけど!!!?」


かれは、駆け足で社員食堂へ入っていく。

そこは、霊障でやめた職員により人数が少し少なめに感じた。


「おや……御手洗君……」

「おばちゃんこんにちは」

「今日は【やる】のかい?」

「ええ、【やり】ます」

「グッドラック……」


いやなになに?

いきなり画風が渋くなったんだけど。


「さて……気合をいれましょう」


おばちゃんから「聖域(厨房)」を譲り受けた御手洗くんはいつもよりかっこよくみえた。

コック帽を被るかのように、おもむろに髪を後ろで結ぶ。

丁寧に手を洗い、料理道具を揃える。


「今から、このオフィスに蔓延る『ジメジメした陰気』を、現世の脂の暴力で粉砕します」

「えっ、料理!? 今から!?」

「当然です!!!」


こえでか。


「人は食事から!!! 霊に舐められるのは、我々の生命の格が下がっているからです!!! いいですか、彼らは死んでるから、もう二度と食事を食べられないんですよ!! その圧倒的なアドバンテージを、今ここで叩き込んでやるんです!!!」


しかしその眼は、いつもよりかっぴらいていた。

この人、ここまで目開くんだ……。


「生きるとは、食事をとること。生きるという行為そのものが、霊の力を弱くするんです!!!!」


冷蔵庫から「およそ広告代理店のオフィスにあるはずのない量の豚バラ肉(塊)」と「丸ごとのニンニク(2玉)」を取り出した。


「今日のお祓いレシピは、『強制成仏・ドラキュラ絶殺ガーリック豚バラ丼』です……!! 」


ポルターガイストで荒れ狂うオフィスのすぐ傍。

社内食堂で。

御手洗くんの生きるための、過剰防衛ぎみの調理が。

今、爆音で幕を開けようとしていた。


「材料は、豚バラ肉(塊、または厚切り):200g〜250g。これに関しては、厚みも量も好みで。それとニンニク:2玉」

「うわぁ!!?えぐっ!!?人前に出れないよ!!」

「いいんです、今は霊を祓うことが優先」


御手洗君は、にんにくの下ごしらえを進める。


「ニンニク2玉はすべて皮を剥きます。1玉分は薄切り……ガーリックチップ用、半玉分は粗みじん切り。これはタレ用ですね、最後の半玉分はすりおろします」


御手洗君は、フライパンに火を通し加熱した。

そこにごま油を投下する。


「ゴマ油は、大さじ1ほどで。フライパンにごま油と薄切りにしたニンニクを入れ、弱火にかけます。じっくり油にニンニクの香りを移し、きつね色になったらニンニクだけ一度取り出します。これがサクサクのトッピングになりますよ」

「うぅう……おなか減ってきた」


それは、調理とはいえない。

ただの香りの暴力であった。


「さきにタレをつくりましょう。悪霊退散・特製タレの作り方は、醤油:大さじ2。みりん:大さじ1。酒:大さじ1。砂糖:小さじ1。鶏ガラスープの素:小さじ1/2。ここに関しては、個人の味覚で調整してください。人によっては、濃いので」

「誰に説明しているの?御手洗君……」


御手洗君は、刻んだ豚バラ肉を先ほど使っていたフライパンに投入する。


「同じフライパン……ニンニクオイルを強火に加熱、豚バラ肉を投入します」


涎が止まらない。

油という魅惑のダンサーは、フライパンの上で光を放って踊っていた。


「バチバチと爆音を鳴らしながら両面にしっかり焼き色がつくまでカリッと焼きましょう」

「ふぇぇっ……」


お肉の色が、変わっていく。

赤みを持っていた豚バラ肉たちは、きつね色の黄金の輝きへと変化していく。


「お肉に火が通ったら、粗みじん切りのニンニクと、混ぜ合わせておいた【特製タレ】を回し入れます。一気に強火で煮詰め、タレが豚肉の脂と乳化してドロドロになるまで絡めます。

火を止める直前に、すりおろしニンニクを加えて全体にサッと和えましょう」

「うわぁ!!?やばいよやばいよ!!!」


御手洗君の眼は、これまで以上に爛々と輝いていた。


「さぁ!!!ここからが本番です!!!!」


炊飯器を、大きく広げる。

そこには、輝く生命の畑が純白に並んでいた。

コメだぁぁ!!!!


「丼に、これでもかと白米を盛ります。そこにこれを、脂ごとすべてぶっかけます。仕上げに、最初に取り置いたガーリックチップと黒胡椒を……!」

「か、完成だぁ!!!!!」


『強制成仏・ドラキュラ絶殺ガーリック豚バラ丼』。

その全容が、目の前に現れる。

朝飯を、我慢してこの会社に来た私にはクリティカルだ。

中々いいパンチをするじゃないか……私はもう限界だ。

仕方がない。

制作者の特権だ。

ここは、御手洗君に……。


「さあ、食べてください」


ずいと、私の目の前に豚バラ丼が差し出される。


「えっ、私が!?」


いいいいの!!?

ほんとに食べちゃうよ……!!!?


「貴方以外いないでしょう。私以外の感想もほしいですし」


やったぁぁっぁ!!!

返答はいらない。

御手洗君から差し出された至高の一品を、がっと奪い去った。

返さないからね!!?

もう私のものだから!!!

一口を、大きくほおばる。


「うっ……」


口に入れた瞬間の衝撃。

そのインパクト。

まさに右ストレートだ。

脳天にがつんとくる衝撃。

ガツンとくるニンニクの香り。

ジュワッと広がる豚バラの旨味。

タレの濃さが白米を無限に呼び込む、圧倒的な「現世の生命力」。


「うまいいいぃい!!!」


これだ。

私が求めていたものは。

これを、私は食事に渇望していたのだ。

お洒落な料理などしるか。

サラダや、ヨーグルトスムージーにはもう飽きてんだよ!!!!

ガツガツムシャムシャ。

ンまいっ!!くうう〜〜〜っ クッ!クッ!

生まれて来てよかった〜〜 おっかさん!

感謝込めて!!!

イタダキマス!!!!

いまならどんな夢も食えそうだぜ。


「あっ……」


御手洗君は、そのときみていたのだ。

私には知りようがなかった(食事に夢中で気がつかなかった)。

私の体からすさまじい生気カロリーのパワーが放たれていたのだ。

オフィスに満ちていた「ジメジメした陰気」や「ため息」。

それらが、熱気で蒸発していくことを御手洗君は感じ取っていた。


「これならいける……」


御手洗くんはおたまを持ち上げたまま、ぼそっと言った。


「……いきます」


次の瞬間。

会社全体の空気が、一瞬だけ静かになった。

シュレッダーの音が止まり、蛍光灯の点滅も止まる。

そして──

どこか遠くで、誰かが「……うま」と呟いた。


「今の誰!?」


コメをほっぺにくっつけながら叫んでしまった。

御手洗くんは、少しだけ目を細めて笑った。


「……成功、ですね」

「何が!?」


彼の背後で、ほんの少しだけ空気が軽くなる。


「あれ?」


私も感じていた。

異常に体が軽い。

ロッ〇・リーが、中忍試験で重りを外した時ぐらい軽いぞ!!


「なんか……軽い?」

「気のせいですよ」

「え!!?なにそれ!!教えてよ!!!」


ここまできて、なんで教えてくれないの!

少しいじらしい気持ちになった。

御手洗君は、丼を指さす。


「当然ですが、これ。営業の皆さんにはださないでくださいね。教えるのもだめですよ」

「えっ、なんで!?」

「あいつら、明日大事なコンペなんですよ。これ食べたら、営業トークの前に物理的な口臭の暴力でクライアントを絶殺しちゃいますから……」

「お祓い(物理)じゃん!!!てか私もだぁ!!!!!?」


クライアントをニンニクで絶殺してどうする。

でも、手遅れだ。

私の口からは今、人類を滅ぼしそうなレベルのガーリック臭が放たれている。

今日、会社の人と話せないよぉ!!!

息清涼剤を規定量の3倍は飲み下そう

今、これから私の吐く息は、人間というよりは『歩くミント工場』になるのだ。


「でも……美味しかったでしょう?」

「もう!!!美味しかったよ!!!!!」


こうして……『呪いの会社』での、私のサバイバルな日々が始まったのである。

次のお祓いレシピはなんだろうか。

今から恐ろしくてたまらない。

次は、粉チーズとタバスコをたっぷりかけた。

喫茶店風の濃厚なナポリタンがめちゃくちゃ怖いナー。

豚バラ丼も本当に怖かったなぁ……。


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