未来線 海上 黎明
「ねぇ、幽霊列車って知ってる?」
気温は30℃を超え、乾いた蝉の声が聴こえる夏の教室。
入道雲から飛行機雲が上へ上へと飛び出していく。
そんなお昼の時間に、私は突然、友達にとある噂話を聞かされた。
「…ユウレイ…デンシャ……?」
「まあ、空って怪談話興味なさそうだし分からなくても仕方ないよね。でも今流行りだよ?」
机を挟んで向かい合うように座っていた私と友達。
そして友達は悪戯な笑みを浮かべ、頬杖を立てながら人差し指を私に向けた。
「そんでねぇ〜、その幽霊列車、天野駅に出没するんだって!」
天野駅。
それは、私が住むこの小さな町にある、とても古びたただの廃駅のことだ。
よくおチャラけた若者が心霊スポットととして訪れるので、今は封鎖されている。
「その噂、どこから聞いたの?」
「部活のみんなから!どっから始まったのかはしらないよ?」
「ふーん……」
「なんか終わりそうな雰囲気出してるけどさ、その噂にはもう一つあるんだよね!」
窓の飛行機雲を眺める私に友達はぐっと顔を近づけた。
「それはね──」
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「ここ…か……」
緑に囲まれ、ここだけ文明が崩壊した世界かのように、草が古びた建物を絡め貫いている。
町から離れた人の居ない駅前に私は今立っている。
「鞄…置いてくればよかった。」
封鎖されている駅といっていたが、網は不自然に破られていたので、難なく駅前までたどり着けたのだ。
まだ空は青く風が吹いている。
夜までなら…大丈夫だよね。
「……お、おじゃましまーす……」
まず最初に古びた木の匂いが一歩を踏み出した私を迎えてくれた。
そのまま辺りを見回し二歩三歩と進んでいく。
苔の映えた地面の角、草が伸びている天井の隅。
ひび割れた壁にフラッパーゲートが壊れた改札口。
もう光のない案内板と、止まってしまった時計の針。
針は…8時20分を指している。
新鮮な気分と重たい緊張を握って、ジャリジャリと音を立てながらホームへ出た。
ここはまさに田舎の駅といったもので、線路に落ちないようにするための扉はないし、たくさん座れるような数のベンチもない。
改札を通ったらすぐホームだ。
「ここで、座って待てばいいんだよね?」
ギィっと音を立て、折れてしまいそうな木のベンチに腰をかける。
じっと前を見て、風を感じながら。
***
「それはね、幽霊列車に乗ると過去に戻れるんだって!」
友達はキラキラと瞳を輝かせている。
相変わらず近い。
「過去に……戻れる……?」
「そうそう!まあ、いつまで戻れるとかは知らないけどさ……。でも夢あるじゃん?私だったらー、昨日の自分に課題を持ってこいって言いたいなぁ。」
「あ、課題。」
「え?空も忘れたの?」
「あー……いいや。いつものことだし。」
「忘れっぽいもんね。」
あはは、と小さく笑い合って、視線を空へ向けた。
飛行機雲は別の雲へと入っていった。
「ねぇ、どうやったら乗れるの?」
「おっ!昨日の自分に文句言いたいの?」
「えっと……まあ、そんな感じ。あはは…」
「よぉーし、教えてしんぜよう!」
暗かった私の笑いを吹き飛ばすように、友達は立ち上がって、ポンと片手で胸を叩いた。
「簡単だよ!」
***
ホームに出たすぐ隣にあるベンチ。
そこで座って待つ。
そうすれば幽霊列車が迎えに来る。
ただそれだけだった。
「はぁ……何やってんだろ。私。」
青と茶色の境界線を見上げ、流れていく白をぼーっと視界に入れる。
ここに来た理由は課題を出すためじゃない。
それではない気がするのだ。
正直、私にもわからない。
気づいたらここに来ていた。
勝手に身体が動いていた。
「何か…忘れてるような……」
ふと境界線から青の方へ視線を向けると、飛行機雲が空を2つに分けていた。
私は飛行機雲が好きだ。
……これと言って理由はない。
思いつかないだけだ。
ただ漠然と好きなだけ。
「夏休みか……」
高校に上がってから生活は楽しくなってきた。
学校や部活。勉強だって特定のものは楽しい。
ただ、夏になると焦りが出てくる。
季節の半分だから?
夏が嫌いだから?
時間が進んでるって実感しているから?
「……そんなことない。…そんなことない。」
でも…わからない。
「……」
しっかし、遅いなぁ……
こんな根も葉もない噂信じる私も大概だけど。
スマホのホーム画面は16時22分と表示していた。
「うっ……45分帯が憎い。」
諦めるようにして、瞳を閉じ、背もたれにどっと体重を乗せる。
……そのまま時間は流れていく。
カラカラの蝉の声と潤しい池のさざ波。
草木の笑う声と頬を撫でる風の足音。
小さく吐き出される息。
揺れ動くアクリル板。
──存在しないはずの…汽笛の音……
「えっ!?」
瞳が開き、沿っていた上半身がぐっと前に出る。
思わずそのまま立ち上がって、光と影の境界線を跨ぐ。
私の眼の前にはガラスのように透明でダイアモンドのように魅力的な輝きを放っている列車があった。
ひんやりとした足元が気になり、ふと下を見ると地面が雲のような煙に覆われている。
まるでこの駅が雲の上かのようだった。
「ゆ、ゆうれい…れっしゃ……?ゆ…め……?」
そんな神秘的で幻想的な空間。
辺りを見回すが、真っ白な煙に囲まれていて何も見えない。見えるとしたら……
青だけだった。
そして、シャーッと滑らかな音を立てて目の前の車両の扉が開いた。
一歩、人影が前へ出てくる。
そして、列車の扉の前に立ち止まった。
「乗るの?」
「え…へ???」
「いや、だーかーらー。お姉さん、乗るの?乗らないの?」
女の子だった。
白く短い髪をなびかせ、水色の瞳が私を見上げてくる。揺れ動くスカートはまるで花のように、よく知っている制服を……
「いや、え……き、君、天野高校?」
「判断任せるから、はーやーく決ーめーて。」
時計を示唆するようなジェスチャーをして、彼女は手を腰にかけた。
ああ、頭痛がする……
まだ飲みきれていない状況と時間がないという催促に脳が混乱しているんだ。
「ね、ねえ、ここってどこに向かうの?そもそも何線?なんで──」
「向かう場所は人それぞれ!何線かは……」
そうして彼女は電車の外側に付いてある方向幕の方へ視線を向けた。
「未来線……?」
どこからどこ駅までという表示は無く、ただ未来線としか書かれていない。
「向かう場所は人それぞれって言ったけど、少し訂正させて。」
気の強い声はニコって笑い、前かがみになっていた上半身が上がっていく。
胸を張って彼女は答えた。
「この列車は未来に向かうよ。けど、『ただの時空的』じゃなくて『子供から大人への』っていう未来!」
「……えっと……ごめん。わかんない。」
「あーっもう!いいから早く乗ってよ!!」
「えぇ!?わっ!?」
手を思いっきり引かれ、思わず足を列車に乗せてしまう。抵抗してみるも、足を乗せたせいか、はたまた別の原因か、力が抜けてされるがままにズルズルと列車に乗ってしまった。
勢い余ってバランスを崩し、ドテッと転んでしまう。
痛みとともに私の視界は真っ黒になった。
すると突然扉が閉まる音が聞こえ、ガタンと衝撃がうつ伏せの身体全体に走る。
「はっ!」
ばっと身体を起こし、辺りを見渡す。
一瞬、夢だったらと考えていたがその空想は目の前でしゃがみ込んでいる少女によって消されてしまった。
外観と変わらず列車の内装はあの幻想的な色をしている。
「おっ、鼻血は出てないみたいだね。良かった良かった。」
子どものようにルンルンと立ち上がり、彼女は近くの席へと座る。足をブラブラさせて向かいの窓を見ている。
最初の怒りのような気の強さは微塵も感じられない。
すごく元気っ子だ。
「って、そうだここ!」
立ち上がって入った扉の窓から外を眺めようとする。
しかしそんなことをする必要はなかった。
だって…透けて見えるから。
壁も扉も天井も……
そして、そのガラスのような壁から驚く私の顔と一緒に町の景色がハッキリと見えた。
窓ほどではないけどちゃんと透けている。
「えっ……ここ……空……???」
どんどん小さくなっていく緑の街。
そして落ちていく真っ白な雲。
この車両は今まさに上昇中だった。
「うん。」
「はぁーーーーーーーー!?!?」
─バンッ!
「どうした!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
突如、運転席方向の貫通扉から男子と女子の2人が飛び出てきた。
「あ、やっほ〜!」
「あば…あばばばばば」
「あっ…えっと……この人は?」
飛び出てきた女子は、思い出したかのように男子の背中に隠れ、ひょこっと顔を出し、震え青ざめる私を見つめ始めた。
メガネを掛けたおしとやかな人だ。ブラウンの瞳にブラウンのポニーテール。まさしく文学少女とはこのことだろう。そして同じく制服を着ているが……別の高校のだ。
目の前にいる男子だってそう。
こちらを警戒するように見つめてくる赤い瞳に、うまく制服となじませている赤いパーカー。
ツンツンと爽やかな短髪をしていて、後ろにいる女子とは真逆の……そう、スポーツ男子のような雰囲気だ。
「ねえ、ついてきてよ。」
白い髪の少女はニコッと笑い、先頭車両へ歩き出した。
さっきの2人も少女に押されるようにして先頭車両へ向かう。
そして、先頭車両に着いた頃には、もう2人……
各々席に座って待っている男女がいた。
窓の外を眺めている無表情で年上っぽい黄緑色した瞳の女子と、じっと私たちを見つめるピアスを空けた紫の瞳の男子。
みんな学生でそれぞれ違う制服を着ている。
同じ制服は私と……
「ふふっ、よしっ!みんなそろった!」
「え?」
白い髪の少女は運転席側に立ち、手を後ろに組む。
そうして嬉しそうに笑ってみんなの顔をひとりひとり見回した。
「ねぇ、さっき幽霊列車って言ってたけどさ、この列車にも名前があるんだよ?」
そして微笑む少女は最後に私を見つめて両手を広げた。
「この列車の終点はみんなの未来。そして、停車駅はみんなの悩みです!」
列車は雲へ突入し、灰色の世界が中を染め上げる。
「この列車はみんなが奏でる人生を汽笛にして、理想を走る空の列車。ひとよんでー」
──青が広がり、雲が流れる。
「空奏列車!」
透ける壁には黎明のように光輝く海が見えていた。




