正しくない提案
「娘……?あいつに、娘がいたのか……?」
ぽつりと、弱弱しくつぶやく少年は瞳孔を揺らした。
「えぇ。」
「なぜだ。なぜ家族がいるのにそんなことをする。」
「家族のためらしいの。」
わからないといったような、少しばかりこわばった顔で眉を寄せる少年。
実を言えば、私もそこまで理解できているわけではない。
心の底では、ほかの道もあるのではないかと疑っている自分に気はついている。
少年は言った。
「俺は殺されるのか。」
私は答えた。
「死にたいの?」
頭をふるって、少年は怒鳴る。
「そんなことあるもんか!俺はまだ若いんだぞ!」
しかしすぐに、その威勢はしおれた。か細い声で、うなだれながら言葉を続けたのだ。
「……でも、お前に見つかったんなら、死ぬしかないんだろ。そんなこと、十歳の俺でもわかる。
お前に見つからなければ、いや、この船の奴らに見つからなければ、次の港にでも行ったときに、こっそり降りるつもりだった。」
「うまくいくと思ったの?たくさん大人たちがいるよ?」
「わからない。」
「ならどうして?」
「……それでも、生きたかった。兄貴も、オジサンも、いつも生きるのをあきらめちゃいけないって、言ってたから。」
目を伏せ、私の視線から逃れるように顔をそらし震えているこぶしを握り締める彼を見て、私は彼の家族はもういないと悟った。
当然だ。
父も、船員たちも。
証拠や跡を残すようなことはしない。
船長の娘として、彼を突き出すべきという考えはとっくに浮かんでいた。
ありきたりで、当然のことをするのが生き残る秘訣だ。
外の人間は恐ろしいと、船員たちは口々に言っていたのを聞いている。
危険分子を生かすべきじゃない。
だから、すべきは彼を突き出し、死ぬのを見届けること。そうに違いない。
だけど。
「……あなた。もう家族も、帰る場所もないの?」
そう声をかければ、少年は戸惑ったように目を見開き、私の瞳をのぞき込んできた。
「……そうだと言ったら、どうなるんだ?」
そして恐る恐る、といったように口を小さく開けて彼は問う。
無言の時間。
すぐには答えずらかった。
私はそっと彼の胸元まで視線を落としてから、覚悟を決めて彼を見つめ返し、息を吸う。
「……あなたを、新入りの船員にしてあげる。裏切らない限り、あなたは生かしてもらえる。
帰る場所がない者たちが集まるのがこの船よ。敵には容赦しないけれど、同じ境遇の者には居場所を与えてくれる。」
「はっ……?同じ?ここの輩の家族も、海賊に殺されたのか?」
「いえ、そうじゃないわ。
……ほとんど、国に追われ、町の人に虐げられたものばかりよ。でも、帰る場所がないのは同じ。
私たちを恨まないでとはいえない。ただ、誠実に忠実に働くの。あなたが、生きるために。
……それができるなら、名前を教えて。あなたのお名前。
そしたら、サメの餌にしないで上げられる。」
すこし、声が震えた。
これではまるで懇願したかのように聞こえてしまったかもしれない。
でも、私にはまだ、人を殺す覚悟はなかったのだ。




