怪しい少年
「アリアドネ、そろそろ寝なさい。」
子供だからと一人ジュースを啜って、船員たちを眺めていればそう声をかけられた。
酔っぱらい寝落ちた船員を右肩で担ぎ上げた父にだ。
「でも、もうすこしだけ……。」
「だめだ、そしたら朝起きれなくなるだろう。いいこだから、寝なさい。」
「はあーい……。」
空いている手で頭をなでられ、背を押される。
今度はちゃんとした私の寝所へと、向かわせるつもりなのだろう。
「野郎ども!!うちの愛娘が寝るから、騒ぐんじゃねーぞ!」
父が船員たちに向かってそう見渡せば、船員たちは「へいよー!」「おやすみ!」とグラスを掲げる。
そしてまた仲間たちと話し始めるのだ。
「あいつら……。いい夢をみろよ、アリアドネ。」
眉を寄せて首を振って賑やかな宴を一瞥した父は、私の頭を再びなでると、寝落ちた船員を担いだまま「てめえら!耳が聞こえねえのか!騒ぐなら静かに騒ぎやがれ!」と怒鳴り散らし、宴の中に歩を進めてゆく。
賑やかな宴は、朝まで続くようだった。
ギィ、
そう古めかしく扉はいつも鳴る。
部屋に戻って靴を脱ぎ、白く装飾の多い寝台に横になると、宴のにぎやかさはほとんど聞こえなくなった。
どこで見ているのか、はたまた大人の勘というやつなのか。
私が横になったのを察してくれたらしい船員たちは、歌や踊りをやめたようだった。
「……いいなぁ。」
大人たちは。
いつも夜遅くまで皆で楽しくやっているのがうらやましかったから、そう続くはずだった。
___寝台の下から、頭を打ち付けるような音がしなければ。
誰かが、いる。
この下に。
体をこわばらせながら、ゆっくりと、物音を立てないように寝台を降りる。
棚にはいつも万が一のためにと小刀を忍ばせてある、それを取って、刃を寝台に向けた。
「だ、誰!?か、怪物!?悪魔!?海軍!?」
つばを飲み込み、ひきつる声を張り上げながら叫ぶ。
隙を見て、船員たちに知らせなければ。でも、ここを離れたらこの怪物が野放しになってしまう。
また隠れられたら、みんなが危険にさらされる。
先に捕まえなければと、恐る恐る寝台に近づいた。
小刀を低く持ち、まるでウミガメのようにかがむ。
片手を地面につき、下をのぞき込めば。
ダン、と激しい物音とともに手元の小刀は落とされ、肩を床に押さえつけられた。
相手は荒い息を吐きながら、尋常でない力を込めて私を制圧しにかかった。
暗く、窓からの月明りだけが頼りな中、お互いがもみ合い、身をよじり、抵抗し。
両手をつかまれ、初めて気が付いた。
そのちいさな手と、華奢で震えている体に。
「……あなた、」
そこにいたのは私より年下であろう少年で、間違いなかった。
「……どうして、ここに。」
抵抗をやめ、そう語りかけても、激しい呼吸音以外は答えない。
月明りが徐々に照らすのは、見れば見るほど綺麗な金髪と青い目。
じっと見上げ、力を抜いてもう一度、今度は「……私たちが襲った船にいた子?」と聞くと、
怯えたように瞳孔を揺らし、彼は体をこわばらせた。
「……大丈夫。ここには、大人たちはいないわ。
子供はもうダメだって、宴から追い出されちゃったの。
……怖いことしないから、教えて?あなたは、だあれ?」
私と目が合い、口を震わせながら開閉した少年は、腕に力を込めながら目をそらして口をつぐんだ。
「……私は、アリアドネ。見ての通りのこの船の子供。船長の、娘なの。」
「……っ。」
はっ、と吐息が顔にかかった。
彼は怒りとも恐怖とも、戸惑いとも見分けがつかぬ目をしていた。




