【02】
調査対象の迷宮は塔型で個人所有。
小さな迷宮は、個人が所有していることは珍しくない。
迷宮は攻略される前は誰のモノでもなく、攻略されたら攻略者が「主」として迷宮を支配できるようになる。
この主は大体攻略した人、もしくはパーティー。
大体がパーティーを組んで攻略するので、基本複数支配者になる。共同財産って奴だ。
その後の迷宮の扱いは、主が好きに決められる。迷宮内の宝を自分だけのものにしても良し、解放してもよし。
財宝を独り占めできるのなら、解放しないほうがお得なのでは? そうだね、独占して迷宮内で湧いて出るお宝を集めて売ればいい――何ごとも自分で対処できるのなら……という但し書きがつく。
迷宮の主が複数の時点で、名探偵が推理を披露する世界になる――連続殺人事件が起こるんだよ。
動機は簡単、迷宮を独り占めしたい。
今までの仲間との絆とか、信頼とか、そう言うものは霧散して、残るのはヘドロのほうが遙かにサラサラしているだろう、粘ついた憎悪。
迷宮のたった一人の主になりたくて”そして誰もいなくなった”なんてことは、珍しくもない。
パーティー同士の殺し合いだけではなく、攻略したパーティーを皆殺しにできたら、迷宮の新たな主になることができる……というわけで、成果を奪うために殺しに特化したパーティーが、虎視眈々と狙ってくるとか。
それらを完璧ではないが、ある程度解決してくれるのが冒険者ギルド。
パーティーで殺人事件が起こったら、冒険者ギルドが解決してくれる――迷宮の支配権争いは、公的機関は関知しないので。
迷宮を攻略したあとにパーティーの構成員が一人でも死んでいたら、例え事故でも調査対象になる。
パーティーがいくら「事故でした。主攻略前にやられました」と言っても、とりあえず一通りの調査はする。
そこで支配権を独占、もしくは分け前を多くするために殺害したと立証されると、彼らは迷宮の支配権を失う。
要するに殺されるってことだ。それ以外に支配権譲渡方法がないので。
これで殺された冒険者だけが割を食うことはなくなる……いや、まあ死んでるから相当な割を食ってるっていうか、取り返しが付かないっていうか。
パーティー内で殺人事件は起こらなかったが、迷宮支配権強奪を目論む、別のパーティーに襲われたらどうするか?
迷宮解放を宣言しておけばよし。まあ、殺されるけど。
迷宮の支配権を手に入れたら、まず最初に迷宮解放の誓約を、ギルドに対して立てる。
冒険者ギルドに行く前に殺害されたら? ああ、そこは契約書を持参しておけばよし。
契約が成立していない契約書を手に、支配権を手に入れたらすぐに誓約魔法で解放を自動的に誓約するように組めばよし。
禁止と違って、解放は誓約組みやすいし。
その後、殺害されて支配権が奪われたとしても、迷宮解放誓約をしたパーティーではないことが、冒険者ギルドによって判明するので、彼らは殺人犯として追われ処分されることになる。
死ぬのを回避したい? 死なないようにするには、どうしたらいい? それはもう、自分が強くなるしかないな。
この迷宮主になれるというシステムなんだが――世の中には迷宮攻略が楽しいタイプがいて、迷宮の核を倒し、支配権を放置してに立ち去る冒険者がいる。
その一方、他人の迷宮を奪うのが趣味というのも……趣味は人それぞれだが――実は前者のほうが人間社会としては迷惑だ。
それというのも、迷宮というの主がいないと、魔物が溢れ出してくる仕組みなんだ。
前世では、迷宮がそんなシステムだとは聞かなかったな。迷宮無かったけど。迷宮と揶揄されていた駅はあったけど。
あの伝説の駅はともかく、スタンピードは人々の生活に大きな影響を及ぼすから、迷宮は人々の生活を守るためにも攻略が望まれている。
そういうわけで、主は重要なんだが、主は当人の魔力量にもよるけれど、あまり迷宮から離れることができない……らしい。
わたし、迷宮個人所有したことないから分からないけど、魔力が届かなくなると、迷宮が主の『支配』から外れてしまう。
迷宮攻略が好きなだけな人は、攻略後そのまま立ち去り支配権を喪失、スタンピードが発生――これを取り締まる法律はない。
主が権利を失うのはともかく、一度『支配』した迷宮は、支配が外れると「素早く」スタンピードを起こす。
そんなわけで迷宮の主人が居ない、もしくは行方不明というのは、言葉を飾らずに言えば「支配人の生死なんざどうでもいい、被害が出る前にどうにかするぞ!」ということだ。
**********
先ほどの駅から八駅ほど――
「うーん。田舎だが良い景色だ」
これぞ原風景が広がっている。ただしくは、心象風景か?
まあいいや。
簡素な石造りの駅を出て、少し視線を上げるとなだらかな緑丘の上に、ウェイヨウィス神の神殿が見えた。
「あそこに、先代迷宮主がいる」
馬車を雇うような距離でもなければ、駅前に馬車もいなかったので、イルジオンと共に歩いて神殿へと向かった。
目的地は神殿なので、道は敷かれているけれど、道路の真ん中に放牧されているヤギが寝ててたり――
「平和な村だな」
「そうですね」
「冒険者ギルドはなかったな」
「はい。この辺りには、迷宮もなければ、これといった採取品もないので」
「それらがない上に、こんなに平和ときたら、需要ないもんな」
冒険者ギルドは鋭利団体なので、採算が取れないところには出張所すら置かない。採算は大事だよ。
……で、道路で寝ているヤギを除けているうちに、道ではない草原の丘を登ることになり、神殿の側面に到着。
白を基調に所々を飾る金色が、とても品が良く、神殿っぽい。ちなみにこの世界の神殿は、ギリシャ神殿そのものなので、とても美しいのだ。
神殿の側面にあるベンチに腰をかけている神官と冒険者。
「リビティーナーリウスのエリニュス?!」
わたしに気付いた神官が声を上げ、僅差で気付いた冒険者も驚いた表情に。
「わたしが誰か知っているなら、話は早い……こっちの冒険者、お前迷宮の主だっただろ?」
「え?」
わたしが青髪ロングの、剣を佩いている男性を指差すと、イルジオンは驚きの声をあげた。
うん、分かる。
わたしもさっき、占いでドロクローを見たから分かるけど、全く違うもん。
「立ち話もなんですから、中へ」
神官の案内で、彼らの集会場へ。そこで転生令嬢大好物のハーブティーを出してもらい、口へと運ぶ。
お前は好きじゃないのか? ほら、わたし、令嬢じゃないから。
紅茶と珈琲が好きなタイプ。迷宮都市はなんでも手に入るよ――
神官の名前はレシジスで、冒険者の名はハーラミルリッツ。
「俺は単独で冒険者をしている」
ハーラミルリッツは単身で、小さな迷宮に入り生活の糧を得ながら旅をしているのだそうだ。
そう言う生活もいいよね。事件の探求に満足したら、やってみようかな。
「俺もレシジスもバビロン生まれなんだが、黒色にはなれなかったから、故郷を離れて仕事をし易い地方の迷宮を回ることにしたんだ」
故郷を出たころは六人パーティーで、迷宮攻略しながら、各々新天地を見つけて住み着き、最後は二人きりになって――
「レシジスがカラブリアで神官になるってことで、俺は単独になったんだ」
楽しそうな人生だね。
「久しぶりにレシジスに会おうとカラブリアに来て、途中の迷宮に入ったところ、前の主が襲われていたから、助けたんだが、それが進化後の核だったようで、俺が迷宮の新たな主になってしまったんだ」
身軽なソロ生活から、責任ある主になってしまったわけか。
「届けが出ていないのだが」
「それは、前の主に任せた。バビロン出身なんで、その辺りは苦手で」
「分かる」
ハーラミルリッツの言葉に、思わず同意してしまった。そして空になったカップに、レシジスがハーブティーを注いでくれた。
転生令嬢じゃなくて転生冒険者なんで、ハーブティーは別に好きじゃな……まあ、いいんですけどね。出していただいたものは、ありがたくいただくのが(前世)日本人の礼節ってもんよ。
今世? 世紀末無政府迷宮都市になにを仰います。
「ハーラミルリッツ。お前が迷宮の核を叩いたのは、何ヶ月前だ」
「六ヶ月ほど前だな」
「迷宮を手に入れてからは?」
「手続きがあるって言うから、この辺りの迷宮を回っていた」
「離れ過ぎたって感じではないな」
「ドロクローに何かあったら、レシジスに連絡を取るように指示した。レシジスは俺より強いから、持ち堪えてくれるとも」
カップを置く手首からのぞく冒険者の紋が青色なので、レシジスのほうが緑色のハーラミルリッツより一階級上だし、距離も遠くはないから賢明な判断だ。
「勝手に巻き込むなよ……とは思いましたが、コイツは冒険が好きなんで、仕方ないかなとも」
「なるほど……うん、分かった。というわけで、前の迷宮の主はこのハーラミルリッツだ」
「あ……ドロクローは?」
ハーラミルリッツが前の主なのは、納得して……くれたかどうかは分からないが、イルジオンにとって「前の主」はドロクローで、一応ドロクローを探していたので、行方は気になるようだ。
「わたしは分からないな」
ハーラミルリッツは当然知らない。そしてわたしは知っている。
「それはな、死んだ」
「え?」
「殺害された。面倒だから天与で占った。機関じゃ使えないが、冒険者ギルド案件なら、使用は禁止されてないからな」
冒険者ギルドからの依頼は冒険者流で探していいと、長官から許可が出ているから天与の占いは使える。
使用したという使用書を出すことになる……それが面倒だから、あまり使いたくないんだよなあ。
あとで長官に「天与を使う必要があったのか」って詰められるし。そして「地道に調査したら、分かることだろ」って詰められる。
普段の地道な調査は楽しんですけど、迷宮が絡むと途端にやりたくなくなるんですよ! 長官! といっても、通じないけどね。
「犯人もわかるのか?」
「そりゃまあ、視たからな」
「特徴を教えてもらえるか?」
口頭で説明するのが面倒なんで、右手と左手の指先を合わせて、やや丸みを帯びた空間を作り――占いで視た映像を映し出す。
ドロクローを殴るパーティーの映像にレシジスとハーラミルリッツは、目を細めて身を引くようにして見ている。
殺害現場なんて好んで見るような映像じゃないからなあ。ちなみにわたしは、映像を映し出している時は、脳内で再生されている。
一人でグロ映像を見続けるという拷問。まあいいけど!
「こいつら!」
画像を見たイルジオンが握りこぶしを作って、画面に向かって怒鳴りつける。
「顔見知りでなによりだ……とはいっても、冒険者ギルドでもこれだけじゃ、逮捕はできないだろう。迷宮でなにか証拠を探さないとな」
「そうだな」
イルジオンがこの映像だけで捕まえにいきそうになっていたが……流石に無理だろ。
「こいつらの逮捕に関しては、わたしは調査依頼されていないので帰るが。なにせ依頼は”前の迷宮主の行方”だ。ドロクロー殺害事件については、冒険者ギルドで片付けてくれ」
依頼はこなしたので。
「それは……仕方ないが」
「ちなみにドロクローは五ヶ月前に殺害されている。要するに六ヶ月前にハーラミルリッツが新たな主になり、それから一ヶ月するかしないかの間に、ドロクローが殺害された。届け出を出してしなかったのは、色々と準備があったのかもな。そして殺害した犯人たちは、ドロクローが迷宮の主だと勘違いしていたのだろう。ドロクローは殺害されたが、主は健在なので、迷宮から魔物が彷徨いだすようなことはなかった。だが二ヶ月ほど前に、更に新たな魔物核が出てきた。今回は偶々訪れた緑色冒険者はおらず、倒されることなく新迷宮となり、魔物が這い出始めた……ってとこだろう」
新陳代謝が激しい迷宮だな。
「あー……ドロクローの遺体は、迷宮内部にあるかどうか? 分かるか」
「多分、ある。恐らく、ある。千里眼で確認してやりたいところだが、攻略されていない迷宮は、どれだけ小さかろうが魔物が弱かろうが、覗くことはできないんだよなあ。特別に見てやっても良いが」
未攻略の迷宮に千里眼が通じないって、ほんとどんな理由なんだろう? これが解明できたら、バベルの塔の攻略……
「本当か?!」
いまは、ドロクロー殺害についてだったな。千里眼はきかないけど、分体は入れるから、確認くらいはできる。
迷宮が無茶苦茶強くなっていない限りは。……すっごく強いボスが現れてたら、それはそれで面白いな。
生まれついての冒険者の血が騒ぐ!
「イルジオンさん。やめたほうがいいよ。この人、冒険者として仕事を引き受けようとしているから」
「一般人が雇えるような額じゃないから」
神官と冒険者のコンビが、イルジオンを制止する。
「……」
バビロンのクランへの依頼料金を、思い出したらしいイルジオンはたじろいだ。でもまあ、そんなに法外な値でも無いと思うんだけどなあ。未制覇迷宮に入り込んで、調査するんだから、相応だと思うよ。
「特別料金でやってやるよ」
「え?」
「ゼブンズに貸しを作るのも悪くない。別にこの程度の貸しで、ゼブンズに無茶するわけじゃないから、心配すんな。レシジス、誓約頼む。誓約の依頼料は、冒険者ギルドからもらっといてくれ」
自分で誓約もできるけど、怪しさしかないからね!
この場でサンクス神に仕えている神官よりも、人々に信頼されるウェイヨウィス神官のレシジスに頼んだのだが、
「わたしの魔力が通じるとは、到底思えないんですが」
”え、むり”って返されてしまった。
「……!!」
そうだ。魔力に明らかな差があると、誓約紋刻めないんだった。いや、刻む方法はある。わたしは、高魔力体に低魔力で紋を刻む研究をしていたから!
なんで、そんなことを?
いやあ、最初は魔力差を明確にしようと思って。
魔力差がありすぎると、紋が刻めないのは、みんな感覚で分かっているんだけど、明確な数値は出ていなかったので、ちょっと気になって。
その際に誓約紋の構造を調べて「ここさえ押さえておけば、それほど魔力なくてもいけるんじゃね?」となり、かなり差があっても紋を……本気出せば、解除できるけどね。低魔力でも高度な魔法陣が描ければ!
「……」
たしかに魔力は低いなあ。わたしに誓約をかけられないくらいには低いなあ……。
「……」
誓約魔法に高度とか低度とかあるの? あるんだなー。魔力が高い人なら、雑な誓約魔法でも打ち破られないが、魔力が低い人は緻密な誓約魔法を使用しても、魔力負けで破られることがある。
この辺りは実に無慈悲。もちろんわたしは、そんなことはしないよ?
「わたしが魔力を部分的に下げるから、いや、レシジスがイルジオンに掛けて…………面倒だから普通に報告してくれ」
地元じゃ魔力が低めでも、精密な魔術紋を組める奴がいたし、機関では長官じきじきに、純粋魔力でぶち込んできた。
もしかしなくても、生まれて初めてだったな。あんな捻りもなにもない、ストレートな誓約紋。
長官はすごいや!
……長官がいないところで、ひっそりと長官賛辞をしつつ――
「どうやって覗くんだ? 攻略していなければ、視られないんだろう?」
イルジオンからもっともなお言葉……だが、
「ただ足を運べばいいだけだ。あの駅から分体を動かして、迷宮を目指す」
分体を使って地道に調査するだけのこと。空中に四角い画面を出して、イルジオンと会った駅舎の影を映し出し、分体を作り上げる。
「こんなに簡単に分体を作れるのか」
その画面に地味目な色合いの、中肉中背の女が一人――”わたし”である。
分体の作り方? いろいろあるけど、今回はそこらの魔力をきゅっと集めて形を作って千里眼を使わせただけ。
現地の材料で作った、自走するカメラみたいなもん。
地元では髪色を派手に銀色にしているが、ここでは本体と同じ色で――バビロンでは分体と本体は見分けられるように、2Pにすることが定められている。
ここはバビロンではないので、本体と分体を同じ色で作っても大丈夫。ちなみにわたしの髪色はミルクコーヒー色。
「慣れだよ、慣れ。あ、あと少しの魔力。さあ、迷宮行くか! ……ん? お前の分体、じゃないよな?」
色合いはともかく、分体が見ている視界ではなく、全体を映している視点を画面を映し出す。
歩く分体を後ろから追うようような視点で――しばらく進み、冒険者ギルドが立てた「危険」の看板。その向こう側から駆け寄ってきた人物だが、イルジオンによく似ている。




