【05】
出されたグラスには、琥珀色の液体。その苦みが強めの酒を一口。
「仕事の依頼は出したか?」
「出したが、人員確保が難しいのでは?」
「第一室と第二室が調査に当たるから、第四室は明日から通常業務だ。わたしを指名したんだろ? 明日にでも出張命令がでるさ」
徹夜して出張というのは、機関の業務形態としてはよくあること。移動時間中に睡眠を取れという、僅かな時間も無駄に使わない人たちが考案した、伝統的タイムスケジュール。
定時帰宅が推奨されているが、それはそれ、これはこれ。それが世の中というものなんだ。
「そうか」
「もう聞かれたとは思うけど、魔石の採取依頼調査は?」
魔石がもっとも採取できるポイントは迷宮。魔石の連鎖爆発での殺害なので、魔石採取を仕事として仲介する冒険者ギルドは、当然調査対象になる。
「ああ聞かれた。いま職員が過去の書類を漁っている」
「ま、そちらの依頼者に犯人はいないと思うけどな」
冒険者ギルドは仲介料を取る。仲介料を悪と断じる人もいるだろうが、冒険者ギルドを通して発注するためには、身分証明が必要で、料金もギルド側が「相場プラス常識的な範囲」に設定してくれる。
冒険者ギルドはもちろん損はしないが、依頼者がはっきりしているというのは、冒険者にとっても悪くない仕組みだ。
「そう言って貰えるとありがたい。もっともコッチは、依頼者精査に不備があったら、どうしようかと震えてるところだがな……侯爵から、調査費用を寄付してもらっていたのに、彼女の死に荷担したなんてことになったら」
おう、ここでも侯爵か!
「そういえば、侯爵は昔、冒険者をしていたと、オルクスから聞いたことがあるんだが」
「ああ。採取が主だった」
「組んだことなんかは?」
「ないな。そのうち、受注を受ける側ではなく、発注する側になった」
「冒険者としての才能はどんなもん」
「ごくごく普通だった」
転生者だろうから、冒険者ギルドでも、圧倒的な知恵や工夫で名を挙げて「正体不明な黒色級」として名を馳せていた……とかしてると思ったが、そうでもなかったか。
「そんなもんか。正体不明の黒色冒険者とかやってるかと思ったな」
「この界隈に正体不明の最上級なんていないぞ。そういうのが居るのは、バビロンくらいのものだ」
「隠れているようで、隠れてないけどな」
迷宮都市のバビロンは、自らの実力を隠している奴は大勢いるが、隠していても最高ランクの黒色。
要するに素で最高ランク。平常運転で黒色。
息をするように最高ランクで、黒色内での格差が大きい。
「殺害に使用された魔石は、ギルドを通していないよな」
魔石の採掘場はほぼ迷宮で、メインの人員は冒険者。
冒険者というのは、冒険者ギルドに登録しており、そこで依頼を受ける――が、ギルドを通さないで依頼を受ける奴もいる。
「恐らくな」
ギルドを通さないで依頼を受けても、冒険者にとくに罰則はない。
理由は「わざわざ取り締まっていられないから」
最初の冒険者の誓約に組み込むことも出来るが、誓約って組み込む条件や条項が多くなればなるほど術者の負担になるし、出来る人が減る。
さらに「受けない」という「禁止」は、かなり強い誓約なので、魔力が高い術者じゃなけりゃ無理だ。
これが「受けたら紋の色が変わる」というソフトでマイルドな、裁判所の証人風ならまだ簡単ではあるが、その代わり、どのような仕事を勝手に引き受けたのかが分からないので、重犯罪と軽犯罪の判別がつかない。
冒険者同士で見張らせて密告させるという手もあるが、密告側に報奨金を払わなければならない。
報奨金の財源をどうするか?
密告された側から回収しては? 金を没収された側が黙っている筈もない――殺し合いになりかねない。冒険者って、短気な奴が多いからな。
密告から報奨金、罰金そして殺し合い。
それに本当かどうかの確認も必須になる――こんなものに、一々付き合ってはいられないので、冒険者ギルドはギルドを通さなかった依頼者に対して、依頼ができないというペナルティを与えるが、冒険者そのものには罰は与えない。
ギルドを通さない依頼に、正当性というか社会を生きる上で必要な場合とかもあるので。
道ばたで怪我した人に「街まで連れていってください。お金はこちらに」と頼まれたけど「ギルド通してないから」で断るのって、どうなのかな? と。
断りたい奴は、その名目で断るけどね。
お金を払わないで頼めば? という人もいるかもしれないが、お礼をするのは人として常識だろう? 対価は必要だ。
だから一概に「駄目」とも言えない。
「ギルドを通さないで仕事を引き受けるのは、碌な事にならないんだが」
だが迷宮に向かう場合は、ギルドを通したほうがいい。
冒険者がギルドの仕事を引き受けるということは、少なくとも何処へ向かったのか? だけは分かるので、調査のし易さが段違い。
人を探すので、一番むずかしいのは「どこに」だから。場所が分かっていたら、そこをしらみつぶしに探せば、痕跡の一つくらいは出てくるもんなんだ。
髪の毛一本だけだとしても。
そしてゼブンズの表情は「生きてないだろうな」と物語ってる。
ギルドを通さないで依頼する輩は「それを所持していることを知られたくない」のだから、収拾してきた冒険者を当然消す。
ちなみに、ぴっかぴっかの新人は狙われない――新人の頃はギルドの規約を守るし、なにより完全無欠の新人は、希望の商品の入手方法なんて分からないから。
なので狙われるのは、ある程度の年数、冒険者を生業としてきた”冴えないヤツ”が多い。
なんで冴えないヤツかって?
自分と同じ年数で、階級が上のヤツを見て――”自分は正当に評価されていない”もしくは”運が悪いだけ”という気持ちで生きているから。
こういう奴は失敗も多い――失敗を振り返ったり、改善点を探そうとしないからなあ。成功体験は大事だし、成功をを噛み締めるのもいいけど、失敗を見つめなおして次回につなげるように反省するのも大事。
階級が低くても同時期に冒険者を始めた人の出世を祝えるタイプは、こういう誘いに乗らない。
「悪の囁き”仲介料分を上乗せしているだけ”。これに騙される奴は多い」
囁きに乗ってしまう冒険者も、最初は疑っているんだが、下手に相場を知っている分、どれだけ上乗せされているか分かってしまう。
そしてその上乗せ分が「ギルドが掠めている分」と――ギルドは慈善事業じゃないから、儲けて当然なんだが、自分たちが危険な目に遭っているのに、ギルドの職員はのうのうと……という気持ちがあるらしく。
じゃあギルドの職員になれるように、努力研鑽しろ。この国の現ギルド支配人のゼブンズだって元は冒険者なんだから。
「支払う気はないから、幾らでも上乗せできると……注意喚起しても、目先の報酬につられるやつが、後を絶たない」
「その報酬すら、存在しないものなんだけどな」
冒険者ギルドを通さずに依頼し、金を払ってくれる人もいるが、冒険者が変な勘違いをして「この商品を手に入れたって知られてくないんだろ? 黙っていて欲しかったら」と強請ることもある。
もちろん、大体殺されるけどね。
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ゼブンズと別れたあとも、一晩歩き回って機関に戻ったら、
「エリニュス」
髪色がミルクティー色の優男こと、オルタナに声を掛けられた。わたしが機関に帰ってくるのを、待っていたらしい。
「はいはい」
「ハイは一回と、習わなかったか」
「習ってません」
「そうか」
「オルクスも習ってないだろうが」
「まあな」
地元にも学習機関はあるが、本当にただの学習機関なので、礼儀作法とかそういうのは習わない。
まあ地元は「強さこそ全て」な世紀末社会なので、自分よりも強い相手には、下手に出ることはあるけど、ここは機関だからな。
目上の人だから敬え……んー同郷相手なんで、雑な態度でも許される気がして。
「なにか掴めたか」
「いえ、なにも」
「清々しいな」
べつに悔しそうでも、失望している雰囲気もない。そして封筒を差し出された。
「ゼブンズからの依頼?」
「そうだ。詳細は読め。魔道列車の切符だ」
魔道列車の切符を突き出され――
「あー。分かりました、出勤簿にサインして行ってくる」
「解決しようがしまいが、向こうの滞在は四日だ。四日滞在したら、帰ってこい。そこで有給とって、遊び出すな」
前回の出張でしでかしたことを、しっかりと釘刺された。
「長官とか参事官に言われるのは分かるが、同じことしてるオルクスに言われるのは、業腹というか、鏡魔法を唱えたくなるというか」
ただオルタナも同じことをしている。というか、わたしはオルタナによって、この遊び方を覚えたのに。
「俺が長官に叱られたんだよ」
「叱られたくらいで、辞めるようなオルクス・バベル・ウィルトゥース・タナトスじゃないはずだ!」
「まあな。だが今回だけは命令を聞け」
「分かりました。解決してもしなくてもいいそうですから、四日間遊んでくる」
「解決してやれよ」
「気分次第」
それだけ言って、機関本部を出て魔道列車の駅へ――魔道列車に乗り込み目を閉じた。




