【08】タルコバイル・ディーバス裁判長
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裁判は佳境に入っている――わたしも、エルトハルト大公がユセリラルダ元王女を殺害したとは、当初から思ってはいない。
ただ身を守るために拘禁し、無実の罪を晴らすために大法廷を開いたが……世界に恥を晒し続ける王家にうんざりしているが、一度開廷した以上、メルシュエト・バリオロッシュの証言が必要だ。
証言台で口を噤んでいる時点で、このバカげた文章を王家に届けたのが、バリオロッシュなのは分かっているが。
わたしたちは何時までも待てる。だが、ファンタズマ氏はそれを良しとはしなかった。
「”かつての彼ら”です。十五年前の断罪劇の音声をここで再生させてください」
「理由は?」
「そこに喋らざるを得なくなる、彼らの発言があるので」
「なるほど」
「音声再生の許可、いただけますか?」
わたしの手元には、そのやり取りを書き起こした書類の束がある。書き起こされた文章はあまりにもひどい。
この文章は裁判証拠として保管され、閲覧希望の際には誰でも目を通すことができる証拠となる。
それだけでも屈辱だというのに、このあまりにもひどいやり取りを、世界に垂れ流すと。
早く口を割れ、バリオロッシュ。自白魔法で無理やり吐かせたいところだが、発動条件を満たしていな……ファンタズマ氏はそれが狙いか? できることなら、音声流出はしたくはないが、仕方ない。
「許可します」
証言台のバリオロッシュが被害者のようは表情でこちらを見て、王家の個室からリーノスとウティルエニィ王女が身を乗り”やめて”と懇願の表情を向ける。
止めたいのは、こちらだ! 誰が好んでこのような恥を世界に公表するか。
そして再生されるやり取り。読んでいる時も意味は解らなかったが、音声は余計に意味が分からない。
ただユセリラルダ元王女が呆れきっているのだけは、伝わってくる。
【もー認めなよー。醜い嫉妬から、ウティルエニィをいじめたことを】
証人控え席のヨトラコル伯爵が額に手を当てて、目を閉じる。ご自身の不肖の弟の発言だ、そうもなるだろう。
【内容はともかく、王家と公爵家の会話にいきなり会話に入り込んできて、失礼ですよ、ヨトラコル伯爵子息】
【魔力もなにもない君にそんなコト言われたくないなあ】
自分の弟の発言にヨトラコル伯爵は目を見開いた――王女相手に、そんな台詞を吐いていたとは知らなかったのだろう。
【お前なぞ王女と名乗るのも烏滸がましい魔力ではないか!】
【アルタリス伯爵令息、あなたにそのようなことを言われる筋合いはありません】
元騎士団長の息子の言いようときたら。
これが貴族だとは思いたくない。王女に対して何たる非礼。どのような教育をしたら、こんな貴族子弟になるのか。
【ふん! 王族というのは、ウティルエニィのように、魔力に溢れ優しく清らかな人物であってこそ! お前のような嫉妬に狂いウティルエニィに危害を加えようとする女が、王女と名乗るなど烏滸がましい! いや、悍ましい!】
アルタリス伯爵のバルタールザのこの台詞の次は、メルシュエト・バリオロッシュだ。
【バルタールザの言う通りです。リーノスの婚約破棄を早く受け入れなさい。リーノスがあなたの元に戻ることはないのですから】
”真実の愛とはなんでしょうか?”には「わたしはもともと、リーノスにはなんの興味がない」と書かれていた。この記述については「無理をしている」などと言う人もいるが、そんなことは決してないとクールベイト裁判官が言っていた。
【はあ。あなた方がわたしを陥れたいことは、よくわかりました。ここで婚約破棄を受けいれたら、越権行為でわたしは罰せられるのですよ。その程度のことも分からないのですか。そしてバリオロッシュ侯爵子息。先ほどのあなたが提示した証拠は、すべてあなたが用意したものですか?】
クールベイト裁判官の主観なので、判断を下さなかったが、元王女の台詞を直接聞くと、クールベイト裁判官の言葉が正しいだろう。
判決を下すうえでは使わないが、彼らに対するわたしの心象は最悪であり、クールベイト裁判官が彼らを嫌うのも分かる。
【わたしだけではない。わたしたちが、皆で集めた!】
集めたのではなくて、作っていたの間違いだろう。こんな男が、裁判官になろうとしていたなど、お笑い種どころか狂気の沙汰だ。
【ウティルエニィも一緒に?】
【ウティルエニィにそんなことをさせるはずがないだろう。彼女はお前の虐めで傷ついるのだ。そのうえ、お前の悪行を知ったら、心優しく繊細なウティルエニィの心が壊れてしまう】
【心優しく繊細ねえ。姉の婚約者を奪うような女が、優しくて清らかで心優しく繊細ねえ】
証人たちが一斉に頷く。
【アルティ! 貴様! ウティルエニィになんてことを! 謝れ!】
ここで音声が切られた。
再生時間は僅かだが、大法廷は静まり返っている。
法廷は静粛であるべきだ。だがこの静粛は違う。
「ここまで酷かったとは」――イルカト裁判官が小声でつぶやく。貴族の恥部を庶民に暴露しただけのような気もしなくはないのだが、
「メルシュエト・バリオロッシュ氏」
そんな中でファンタズマ氏がメルシュエトに近づき、口を開く。
「裁判が長引くと、心優しく繊細な王女が傷ついてしまうから、証言したほうがよろしいのではありませんか?」
過去の彼らに説得させる……これが? と思うも、彼らが言っていたのも事実だ。
「……」
「えっと、他には、正義を知らないのか? でしたっけ? 正義は我にあり的な? ああ、そういえば彼女はわたしたちの聖域であり、柔らかな笑みで、わたしの命は彼女の無垢な心をまもっ!」
ごっ! という音とともに、ファンタズマ氏が吹き飛び、エルトハルト大公の傍まで弾んで転がりそのままに。
エルトハルト大公が軽く頷かれる――
「メルシュエト・バリオロッシュの法廷騒乱罪を確認。裁判続行のために、裁判長権限で自白魔法を使用する」
裁判官の息子で裁判官を目指していた男だ、証言台で調査官を殴り飛ばしたら、自白魔法をかけられることくらいは、知っているだろう。
「待ってくれ、ディーバス裁判っ! がっご……」
身を乗り出していたリーノスが叫び、
「沈黙及び拘束」
クールベイト裁判官が声を封じて、動きも制した。かなり痛みを感じるタイプの拘束魔法だ。
王家の血筋ではないリーノスが発言したのだ、厳しい魔法をかけられるのは当然のことだ……この男は、十五年前と同じで自分の立場というものを、理解していないのだろうな。
「メルシュエト・バリオロッシュ」
「や、やめ……」
証言台から駆け出し傍聴席に逃げようとするが、法廷は閉じている上に、傍聴席にはバベル・ウィルトゥースがいるのだから、逃げようなどないのだが……愚かだな。
「証言せよ」
逃げているメルシュエトに白い球体が追いつき、包み込む。
「いやだーー!」
自白魔法というのは、精神および肉体に非常に負荷がかかり、廃人になる可能性が非常に高い。白い球体がメルシュエトの体に吸い込まれ、少しの間ののち、
「あ、あ…い、ああああ!」
膝をついて両手で頭を抱えて、口の端から泡を出し、鼻血が吹き出す。
「それでは聞きます。メルシュエト・バリオロッシュ。ユセリラルダ侯爵殺害犯はラッカンネール・エルトハルト氏だと告発した文章は、あなたが作成したものですか? そしてあなたが、王家に届けたものですか?」
大きく見開かれた瞳は、白目が血走り、頭をかきむしるようにしている指の爪は隙間から血が流れだす。
「答えなさい」
「あ、あ、あ! 仕方なかったんだ、あご、おぇ…うぇ……」
裁判官を務めていると、聞いたことに答えない者と接することがよくある。いままでわたしは、誤魔化すために”そう”しているのだと思っていたが、自白魔法を使っても問に答えられない人間がいるとは。
たとえ自白魔法を使っても「はい」「いいえ」と答えず、自己弁護が先にくるような思考回路が出来上がっているからなのか。
「仕方なかったではありません。あなたも裁判官を目指し、裁判官の息子であり孫であるのなら、証言の仕方くらい分かるでしょう」
少しは抵抗しているが――
「わたしが、やりました! わた…わだ……ぶんじょ作ったの、ぼくです……解いて、魔法といてぇ!!」
「王家に届けたかどうかも問いましたよ」
「あああ……! やりました! ぜんぶ、ぼくぅぃ ごぼっげぼっ……がががが!」
「だからなにをやったのですか。しかりと、文章で答えてください」
「じぶんでぇ……つくった、てがみを、ごほっ、げぼ……げお……ぼく、じぶんで、りーのすにもっていったあああああ。おおおお…いだいよああ!」
「間違いありませんか?」
「はやくといてええええ!」
「わたしが聞いているのです。間違いありませんか」
「ないよぉぉぉ! たすげでえええ!」
「あなたは、ラッカンネール・エルトハルトが事件を起こした証拠などは、お持ちですか」
「ない! ないってば! いだいから! たずげでえええええ!」
「では文章は捏造ですか」
「いだぁぁぁぁぁ! あああああ!」
「早く答えなさい」
「しょうこなんて、ないです! ないよぉぉ!」
「解除」
叫びながら白目をむいてひっくり返り、失神ののち痙攣しはじめた。それと股間は濡れ、異臭が漂っている、脱糞もしたのだろう。これは廃人になるだろうな……。
それも致し方ないことだが。
そして倒れたままのファンタズマ氏も気になる……殴られて吹き飛んだように見えた。実際に殴られはしたが、バリオロッシュの拳で吹き飛ぶとは到底思えない――あのバベル・ウィルトゥースに腕を消される衝撃を受けた時、体は微動だにしなかった。あの衝撃に耐えられる一流冒険者が、”こんなもの”に吹き飛ばされるなどありえない。
ただ、確かに殴られた。それは法廷における戦術だ。初法廷でありながら、見事と言うしかない。
「クールベイト裁判官。拘束と沈黙を解いてください」
「はい、裁判長」
リーノスが自由になり、ウティルエニィ王女が体を支え――小声で労っているようだ。このくらいの会話は許可しましょう。一応王族ですから。
「ファンタズマ氏、お戻りください」
声をかけると、ファンタズマ氏は飛び起きて、片目を閉じ口元を緩める。これほど「いたずらが上手くいった」と分かる表情もなかなかにない。
ファンタズマ氏はメルシュエトを見下ろし、
「裁判長。証人13のメルシュエト・バリオロッシュの意識がないようですが」
白々しいにも程がある台詞を吐いた。
「ええ。意識が戻るかどうかは知りません」
「なるほど。では、わたしが彼の意識を取り戻してもよろしいですか?」
「治せるのですか?」
「治せます。ただし、必要最低限」
「必要最低限?」
「はい。視たところ、運動機能にも障害が出るようですが、それは治すつもりはありません。ただ意識を取り戻し、全世界が見ている法廷にて、失禁して脱糞して泡吹いてひっくり返った自分を、直視させるべきだと思います」
明るく元気にはきはき言っているが、内容が……だが、罪を直視させるのはいいことだ。こいつらは、いままで何も直視せずに生きてきたのだから。
「たしかに直視は必要かもしれませんが」
「なによりメルシュエト・バリオロッシュを取り調べなくてはなりませんので。このまま廃人は、機関としても困ります」
「そうですね。では治療魔法を許可いたします」
「ありがとうございます」
ファンタズマ氏は両手を広げ、わたしたちは見たこともない、魔法回路を描く。
「あれは、完全回復!」
証人控え席にいる神官のバイネウス氏が、立ち上がりそう叫んだ。完全回復の魔法を使える者は、神官でもほとんどいないと――その完璧な回路が、次々と消えてゆき、わずかだけ残り、それをバリオロッシュにかけた。
「意識が戻りました。裁判長、着席を命じてください」
意識や思考回路だけは元に戻ったバリオロッシュだが、体は動かないようだ。
「バリオロッシュ氏、控え席に戻りなさい。いつまで、そこに転がっているのですか」
それを考慮してやるつもりはない。
「うわ……えげつねぇ…………」
証人5のつぶやきは聞かなかったことにして、
「お待たせしました。ラッカンネール・エルトハルト氏は無罪。これにて閉廷いたします」
愚か者たちが引き起こした裁判に、わたしはやっと終わりを宣告することができた。




