【04】エシュヌンナの女王
エシュヌンナ王国・王宮――
「エルトハルトさまの、無罪はほぼ確定のようですな。一安心いたしました」
カラブリア王国での裁判の行方を見守っているラッカンネールの姉は、家臣の言葉に軽く頷くも、
「このくらいで、手を緩めるラッカンネールではないが」
最後までやりきるだろうとも。
そして、前の国王が肉塊になっていることを知り――
『裁判長』
『なんですか、ファンタズマ氏』
『”真実の愛とはなんでしょうか?”をお読みになったことは?』
『証拠品51として提出されていたので、もちろん目を通しています』
『ありがとうございます。この小説は、ユセリラルダ侯爵の実体験が元になっています』
『知っています』
”真実の愛とはなんでしょうか?”それは、カラブリア王家の恥を大々的に暴露した私小説。
「この者、先ほどから、露悪小説に触れますな」
「国王を揶揄っているのでは?」
ラッカンネールの姉も題名は知っているが、読んだことはなかった。ただ、内容だけは知っている。
「おそらく違うな」
「陛下?」
「この迷宮喰いは、無駄なことはしない。リビティーナーリウスの長、スムマヌスが言っていた」
「いつ面会を?」
「迷宮喰いがラッカンネールの部下になったと聞いたときに、こちらから連絡を取った。一家の長曰く”無駄を作り出すことが好きで、無駄を省くことが好きな性質”だと。ただそこは流していた。その時、わたしが聞きたかったのは、性格だったからな」
「どのような性格だと?」
「弱者を痛めつける趣味はないが、自らを強者だと勘違いしている者を弄ぶ趣味はある。そしてなにより厄介なのは、自らを強者だと慢心することは決してない……とのことだ。どんな性格かと思ったが、この状況を見る分に、一家の長は随分と理解しているようだ」
『この小説の断罪部分が正しいかを、クールベイト裁判官やその時現場にいた人たちに、聞いてみました。そしたら、この台詞はかなり正確とのこと。証拠品52、当時の彼らの証言です』
『そのようですね』
『この台詞が正しいのは、小型録音機を忍ばせていたからだそうです。当時は今よりももっと大きかったそうですが、それでも制服のポケットに隠せるくらいの大きさだったそうです。ラパチノール氏に聞いてください』
ラパチノールが何度目かの証言台に立ち、
『たしかに、そのころにはすでに作られていました』
証言して控え席に戻る。
『この”真実の愛とはなんでしょうか?”には、ユセリラルダ侯爵が幼少期に受けた扱いなどについても、書かれています。国王が”本当に愛しているのは、現王妃であるエメスタラだけだ”や、魔力が低い侯爵に食事が運ばれず、餓死しかけた侯爵に共に幽閉された母である王妃が、自らの魔力を侯爵に分け与え死亡したことなど。先ほど語った通り、侯爵の生母が魔力をほぼ使い切って死亡したのは、遺体の状況から見て間違いないでしょう。さて……』
エリニュスは無数のしおりを挟んだ小説を開き、その部分を音読する。
「ひどい父親もいたものだ」
「殺そうとしていたのだろうな」
「ひと思いに殺す度胸も無かったようだが」
『この小説には、こうも書かれています。”父自身が愛のない結婚によって生まれた子であり、寂しい幼少期を送った”と。要するに先代国王も愛のない結婚をしたのだと、わざわざ冷遇している妻子の元に足を運び、陶酔しながら国王は語られたと。陶酔はわたしの主観ですが、素面でこれを幼子に語ったのだとしたら……さすが王族? というべきなのですかね』
王家について詳しくはないんですよ? そんな素振りで語っているが、ラッカンネールが「軽く叩き込んだ」ことを姉は聞いているので、乾いた笑いしか出てこない。
「バビロン生まれを最大限に利用しているな」
「王族のことなど知らないという素振りだが」
「知っているか知らないかなど、カラブリア王は知らぬから”知っているのだろう!”と叫べぬしな」
「法廷で傍聴席の一傍聴人でしかない国王が叫びだしたら、国家の恥だ」
「これ以上恥のかきようも無さそうだがな」
家臣たちの言葉にも、ラッカンネールの姉は笑っていた。
『そうなりますね。聞いていて恥ずかしいですが』
『貴族の裁判長からすると、恥ずかしいものですか』
『ええ。貴族の規範となる国王が、好きな相手ではないからと、正妻と正嫡を死に追いやろうとするなど、恥ずべき行為なのですよ』
『そうなんですか。ちなみに、バビロンでもそんなことをしたら、みんなに見放されますが。カラブリア王国の人たちはお優しいようで。裁判長、お教えくださりありがとうございます。そして”国王自身も愛のない両親の元でさみしい思いをした……”に関して、国王に直接問いただしていただけますか?』
『分かりました。カラブリア、あなたの父である先代国王は、愛する人と結ばれなかったと、あなたに向かって発言したのですか』
『言って……いた』
『分かりました。事実のようです、ファンタズマ氏』
『ありがとうございます、裁判長。先代国王は結ばれない相手がいた。では、その相手は誰だったのでしょうね』
乾いた笑いを浮かべていたラッカンネールの姉は、今まで法廷で提示された事柄を時系列のどの部分に該当する「はなし」なのかを瞬時に理解し、
「五十年以上前に権力者の男に言い寄られて、神殿に逃げた貴族女性がいたな。二十年後には謎の死を遂げ、そして遺体から”愛した女性と結ばれなかったと息子に語るような王族”の痕跡が検出された女性が」
画面を見ながら頷いた。
「陛下、もしかして」
「分からぬ。この裁判で、そこまで明らかにするかどうか? 迷宮喰いはラッカンネールの無罪を証明することに専念しているから、こちらの証拠は出さない……かもしれないが、追い込むために出してくるかもしれない……さすがバビロンの誓約破り、どこから攻めてくるのかまったく分からぬ」
『誰でしょうね』
『ヴェデリオン・パールス氏殺害事件がうやむやになった理由の一つに、先代国王の急逝があると考えられます』
『たしかに三日後に、国王が死去しているので影響はあったでしょう』
『そして同じ遺伝子を持つ遺体が、別々の棺に納められている。ヴェデリオン・パールス氏と先代国王の肉体が、混ざらなければこのような状況にはなりません。別々の場所で挽かれて、誰かが混ぜて、さらに復元して元の場所に戻した……は、あまりにも荒唐無稽すぎる。よって、二人は生前会っていたと考えるのが、もっとも現実的です』
『生活反応があるので、先代国王がヴェデリオン・パールス氏を殺害したのか、それとも他者によって殺害されたのかについては触れませんが、二人が生前最後に会っていたことは、認めます』
『ありがとうございます、裁判長。さて、まだまだこの”真実の愛とはなんでしょうか?”の内容にお付き合いください』
『分かりました』
エリニュスが新たな頁を開く。
『先代国王が死んだか、殺されたか。どうやって死んだのかについては、裁判長の意見に従いここでは触れません。問題は死体が混ざった時の先代国王の従者です。先代国王とヴェデリオン・パールス氏が顔を合わせた場面に、従者がいないはずはない……と、聞いております』
「従者か」
「いるでしょうね」
カラブリア王国のように必須ではないが、エシュヌンナ王国でも貴族は従者を伴う。エルトハルト長官もルミルレットーバという従者を必ず伴っている。
「あ……」
「どうした?」
「恥ずかしながら、わたくし”真実の愛とはなんでしょうか?”を読んでおりまして」
「恥ずかしがる必要はない。もしかして、そこに先代国王の従者に繋がる記述があったのか?」
「はい、ありました。あの愚かな男五人衆の一人の祖父が、先代国王の従者だったと」
「それが本当で、もしもこの一件に関わっているのであれば、その血筋を断絶させるよう、国際会議で訴えようではないか」
「陛下、お怒りで?」
「怒っていないとでも、思っていたのか?」
「いいえ」
『国王が単身で出歩くことはないと断言できますので、ファンタズマ氏の意見を認めます』
『ありがとうございます。カラブリアの貴族や王族は、従者を最低でも二人は連れて歩くそうですね。あ、そうそう、余談なのですがロテルシト男爵は、本日単身で大法廷にやってきました。話を戻しますが、その時の従者が誰なのか? それが分かれば、事情を聞くことができます。もっとも、証人として呼んでいないので、本日はお話をうかがうことはできませんが』
『続けてください』
『ヴェデリオン・パールス氏は神殿の地下拝殿で亡くなっていた。神殿を出入りした形跡はなかったようなので、彼女はいつも通り神殿にいた。となれば、先代国王が神殿を訪れたと考えるしかない。もちろん何者かが、ヴェデリオン・パールス氏の意識を失わせて、王宮に運び込み、国王とパールス氏が死亡してから復元し、神殿に運び込んだとも考えましたが、時間的にかなり無理があります。王宮ではなく中間地点ということも考えましたが、遺体が発見された経緯が”祈りの時間に姿を現さなかったので、心配して皆で探した”という、記述があります。その日、ヴェデリオン・パールス氏は外出届けも出していなかったので、神殿を出ていないでしょう。もともと、あまり外出さなさらない人だったそうですが……ウルティフォ氏の証言を鑑みると、自分を狙っている男が、まだ外にいたので、出歩かなかったのかも知れませんが』
『神殿に入った経緯から考えても、それは充分考えられます』
「先代国王だな」
「そうですね。国王であれば、神殿にいても生死は分かります」
「一族が一族の者を殺害して、別の一族の者に快く嫁がせようとしたくらいだ、よほどの権力者でもなければ、あり得ないことだ」
「国王は適任だな」
『現在のヴェデリオン・パールス氏の遺体の状況から、激しく破損して復元したことは確実。もちろん復元魔法が使われたかどうか? 確認いたしました。証拠品53使用魔法の鑑定書です』
『確認いたしました。続けてください、ファンタズマ氏』
『この魔法はウェイヨウィス系の復元魔法です。ここで商売するつもりはありませんが、遺体の復元のご用命がおありでしたら、リビティーナーリウスにお任せください。何せ専門ですので』
『その時は、割り引いてくださるのですか?』
『もちろんお約束いたします。さらにこんな、崩壊などしないように完璧に復元します。商売の話はこのくらいにして、魔法を使ったのですから、当然魔力紋が残りますので、復元した遺体に残っている魔力紋を調べることにしました。その結果、魔力紋の検出に成功いたしました。正確に言いますと、四種類の魔力紋が検出されました。証拠品54、四種類の魔力紋になります』
『確認いたしました』
『四つの魔力紋のうちの二つは、肉塊の主であるパールス氏と先代国王。そしてもう一つは、わずかに残っていたロテルシト男爵のもの』
『なるほど、傷にロテルシト男爵の魔力はなかったが、肉塊には残っていたということですか』
『はい。傷の部分にロテルシト男爵の魔力紋の痕跡があれば、確実だったのですが、これでは”なんか混在している”形のため、ロテルシト男爵には、死体損壊ではなくパールス氏殺害犯の可能性まで出てきました』
ロテルシト男爵が映され――
「”殺していない! ”と喚ているようですね」
口の動きから”そう”言っていることが分かる。
「死体損壊と元王女殺害の他に、先代国王と神官殺害の罪も背負わされかねんということか。当人は必死に自らの罪を証明するだろうな。自ら証言させる方に持ち込むとは、迷宮喰いの勝ちだな。最初から圧倒していたが」
ロテルシト男爵は自分が「先代国王を殺害していない」と自身で証明しなくてはならない。そのためには、あらゆる証拠を機関に提出し、証言する必要がある。
「死体を復元した従者の子孫が、ラッカンネールを陥れた人物だ。さあ、証明してくれ、迷宮喰い」




