【01】
ふんわりとした焦げ茶色のロングヘアに、機関の制服――黒のズボンに黒いワイシャツ、赤いネクタイに光沢ある深緑色のベストを着用した人物が現れ、右手を前に出して、すぐに画面から消えた。
わたしが映ったところで、長官の手がわたしから離れた。
「映像はここで一時止めます」
静まり返った法廷。ロテルシト男爵に視線を向けると、席から立ち上がり逃げようとしたが、オルタナに捕まった。
「離せ!」
離せと言われて離す奴って、あまりいないと思うよ。そいつは離しそうだけど。そしてロテルシト男爵の声で、法廷内がざわついた。
「席を立つのは構いませんが、大法廷からは出られませんよ」
無表情なオルタナだが、あれ内心、大爆笑してるぞ。わたしには分かる……じゃなくて、脳内にバカ笑いが届いている。頭破裂しそうなんだけど! シャットダウンするぞ!
「離せと!」
「なぜ逃げようとなさるのですか? ロテルシト男爵」
「なぜ……?」
逃げようとしていたロテルシト男爵が驚くが……そうなるよな。っとに浅慮な男だなあ、ロテルシト男爵って。
「映像は正式な証拠じゃない。それなのに、逃げると?」
短慮なロテルシト男爵に、オルタナが教えてやった。
そう、みんな映像に驚いていたが、その映像は”まだ”証拠として採用されていない。採用を決めるのは、
「機関長官、ラッカンネール・エルトハルト氏にお尋ねします」
「なんでしょう? 裁判長」
「あなたはこの映像を、証拠として採用しますか?」
侯爵の監視カメラ設置が嫌で殺害したとかいう、理由分からん罪状で逮捕された長官。
「裁判長。小型録音機が証拠として完全採用されるまでの道のりをご存じですか?」
「大まかに知っております」
「大まかで結構。一つや二つの事件の立証に役立った程度で採用されたわけではない。小型録音機で取られた証拠は、当初裁判において”参考”に過ぎなかった。それを繰り返して証拠になった。証拠品になるまでの経緯について、しっかりとしているので、わたしは証拠採用を取り消さなかった」
「ということは」
「この映像は裁判所に持ち込まれた一件目。すなわち参考止まりです」
ですよねー! 長官だもんねえ!
大法廷は証拠として採用されない失望や安堵よりも「だろうね」という空気に包まれた――
「エルトハルト氏」
「はい」
「尊敬いたします」
「尊敬など結構。わたしは、当然の判断を下しただけのこと」
うん、そうだね。長官だもの、採用しないのは分かってた。むしろ参考として採用したことが驚きだ!
「そうですか。ファンタズマ氏、あとは動機を立証していただければ、法廷側はエルトハルト氏の無罪……いいえ、冤罪を認め、国家として謝罪いたします」
ロテルシト男爵の動機を立証ですね。
それが大事なんですけど……ちょっと面倒が。
馬鹿な悪役みたいに、犯行動機をべらべら喋ってくれていたら、もう少しやり易かったけど、そこは調査機関の元長官。
どこで録音されているか分からないから一切言葉を発さず、致命傷を加えたあとも、調子にのって喋るということはしなかった。
そのせいで、おまえは後々、大変な目に遭うけどな! そこで動機を喋っていたら、大罪を背負わされることにならなかったのに! 精々頑張れよ!
「裁判長の謝罪は結構。こちらの一件に関しては、不当逮捕を強要した国王に対し訴えを起こしますので」
長官は裁判長及び裁判所に対して怒ってはいない。
「分かりました。裁判官一同、お待ちしております」
ただし違法裁判に対して容赦しない。そして裁判長、違法裁判に対して容赦なし。ユセリラルダ侯爵殺害事件に、パールス氏殺害事件、さらに国王の違法裁判と、調査機関と裁判所、休む暇がないな! わたし? わたしは、長官逮捕のせいで取りそびれた有給を取って、どこかへ出かけるよ。
調査は好きだけど、休暇も好きなんで!
「エリニュス」
「なんですか、長官」
「できるな?」
「できるかどうかを聞いてから、話を進めてくださいよ」
「できるんだな」
「長官の信頼が痛い」
「さっさとやれ」
「やりすぎてもいいですか?」
「お前のやりすぎが、どのような物か知らないからな。見せてみろ」
わあああ。分かりましたよ。
「長官より長官の無罪証明の延長線上の延長戦を命じられました、ファンタズマです。よろしくお願いいたします、裁判長と裁判官の皆さま」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、ファンタズマ氏。それでは裁判を続行します」
参考資料にとどめられた動画だけど、映像のインパクトはすごくて、誰もがロテルシト男爵を犯人だと心では認めている。
でも、あくまでも参考なので。
あとは証拠として認められている「もの」で決着をつける! ……のだが、これが面倒なことになった。
長官が映像を採用しないのは分かっていたけれど、あと一押しがなあ。
「ユセリラルダ侯爵はパールス氏殺害事件について調べた。それがロテルシト男爵の動機です。詳しいことは、本人に聞かなければわかりませんが、動機は再捜査を阻止するためです」
「証拠はありますか?」
動画での本人の証言を裏付ける証拠を提出したかったんだけど、提出できないんだ! 裁判長は証拠を提出すると思っているけれど!
「ヴェデリオン・パールス氏の遺体を調査しました。証拠品29、ヴェデリオン・パールス氏の検視についてです」
「傷口に残った魔力紋を探したのですね」
質の悪い魔石で爆破行為を行っていれば、魔力紋を消せただろうけれど、資料に残っている遺体には、その痕跡はない……ないんだけどーそれよりも、もっと面倒なことが。
「はい。ですが、傷にロテルシト男爵の魔力の痕跡は、見つけられませんでした」
「見つからなかった? 痕跡が消えていたということですか?」
「いいえ。なくなっていました」
「なくなっていた? それはどういうことですか?」
「それについての説明は、後回しにさせていただきますが、ヴェデリオン・パールス氏の遺体から、ロテルシト男爵カルネッセの魔力紋の痕跡は見つけることができました」
「矛盾していますが……傷から見つからなかったということですか?」
「はい」
さすが裁判長、察しがよくて話が早い。
「そういうことでしたら、分かりました。続けてください」
ヴェデリオン・パールスの死体を調べたら――ロテルシト男爵は、何もしなければ自分に調査の手は及ばなかった。
人が死んでいるので、不適切な表現だとは分かるが、殺人とか無駄なことをしたもんだ!
「じっくりといつも通り調査をしていたら、ユセリラルダ侯爵殺害犯にたどり着くことはできました。それを妨害されたのが、この大法廷であり、大法廷を開くに至った”怪文書”の存在。この怪文書の出所をはっきりとさせない限り、また妨害が入るかもしれない。この一件については、エルトハルト長官の冤罪を明らかにする際に、必ず解明しなければならない事柄だと、我々機関は位置づけております」
誰ともそんな会話はしていないが、主語をデカくして攻め込む。文句は後で受け付ける。
「非常に重要なことですね。是非ともお願いします」
国王が一人喚き散らして、司法権を侵害した挙句の果てに冤罪だからな。裁判長としては、放置できないよな。
調査機関としてもね。ここで”おのれ”には司法権はないことを、分からせてやる!
「事件の発端ともいえる怪文書に関して、出所を調べるために、機関から国王に、どのような経緯でその文章が持ち込まれたものなのか? を照会したのですが、期限までに回答は得られませんでした」
大法廷を起こそうなどと、二度と考えたりしないように、念入りに叩く。それはもう、粉々になるまで叩く。そして、わたしの調査官副業ライフを快適なものにする!
「ファンタズマ氏、少々お待ちください。カラブリア、あなたは機関からの照会に、期間内に回答しなかったのですか」
「情報提供者を明かすような真似はできない!」
裁判長の問に、やたらと攻撃的に答えるも、
「情報提供者の話などしていません。回答したかどうかについて尋ねているのです」
裁判長は「そんなこと、聞いてねえよ」とばかりに、冷たく返す。
裁判長の両側に並ぶ裁判官、総勢十人の視線の冷たさにも気づいたらしく、少しばかりの動揺を……ほんと、そんなこと、聞いてないんだよなあ。
「回答しなかった」
「照会があったことは認めますか」
「認める」
「分かりました。お待たせしました、ファンタズマ氏。続けてください」
わたしたちも、国王から回答があるとは思っていなかったんで、どうでもいいんだけど。一応調査の手順として。
「我々機関も国王から返答があるとは、思っていなかったので、ある意味、想定内でした」
主語はデカイが、これは本当。みんな「あれだもんな」と。国王が人気商売じゃなくて良かったな、国王!
「そうですか」
「結局のところ、ユセリラルダ侯爵について詳しく調べることが、真実にたどり着くための唯一だと言うことで、侯爵について調査を進めました」
裁判長が頷く。
もっとも、わたしはあの怪文書に見覚えがあって、その方向からも調査を進めていたけど。それも追々出すけど、今はその時じゃない。
名探偵の「確証がないから今は……」じゃなくて、裁判の流れ的な問題なんで。




