生死の海・対岸のひと【3】
いつもエルトハルトから逃げ回っているエリニュスだが、ある日、調査の過程で長官から直接許可をもらう必要があったため、
「失礼します」
嫌々エルトハルトの元を訪れた。
「本当に失礼な顔だな。もう少し、表情を取り繕わんか」
「いや、まあ。そうですね……では!」
言われたので、作り笑いを浮かべ――エルトハルトは”なんだコレ”という表情を隠さず。
――エルトハルトさまと、エリニュスはそういう所、似てますよね
同席しているルミルレットーバは、完璧な無表情のまま。
申請はすぐに降り、他にも許可が欲しい調査官がやってきたので「ではっ!」と早々に帰ろうとしたエリニュスだったが、
「待て、エリニュス」
止められてしまった。
申請を貰いにくる調査官たちは、規則上つぎつぎと入室してよいので――六人ほどの調査官が待機している。
「はい、なんでしょう? 長官」
「オルクスのことを聞きたいのだが」
「あ、はい。なにを?」
「オルクスの分体は竜を殺せるか?」
「竜の種類にもよりますけど、かつてこの地を滅ぼした竜くらいなら、倒せると思いますよ。あんな感じですけど、分体にも呪い耐性とか振ってますから」
――”あんな感じ”とはどのような”感じ”なのか……
「そうか。もう一つ」
「もう一つですか?」
「事実を聞きたいのではなく、お前の考えを聞きたい」
「え、なんでしょう?」
「何故オルクス本体が、カラブリアに出向いたと思う?」
分体が訪れているのならば、エルトハルトも驚きはしなかった。もっとも「分体」の場合、機関には採用はされないが――ただエリニュスのように、調査をしたくてやってきたタイプではなく、ルミルレットーバが語っていたように「竜対策」で招聘されたのだとしたら、わざわざ本体がやってくる必要はない。
「…………趣味?」
「もう少し真面目に考えて、言葉を選べ」
「うわ……ん……そうですね。オルクスが出向いた理由として考えられるのっ!」
エリニュスが自身の予想に触れようとした時、ぱぁぁぁん! と水気の多いものが弾ける音が室内に響き――
「あっ……ちっ!」
エリニュスが片膝をつき、黒味が強い赤い液体が広がる。
「……うぉっ!」
「治ったか? エリニュス」
「あ、はい」
他の調査官たちは、なにが起こったのかは分からなかったが、エリニュスの周囲に広がるのが血液だということは、臭いで分かった。
ただ血だまりはすぐに小さくなり――
「右肩胛骨がはじけ飛びました」
「そのようだな」
エルトハルトと話し始めた頃には、すっかりと消えてしまった。
「長官、治癒魔法にも長けているんですね」
部屋にいた調査官たちは分からなかったが、エリニュスの傷を癒やしたのはエルトハルトだった。
「よく言う。それで、今はなにが起こった?」
「”オルクスがしようとしている事”の予想が当たっていたようです。それで秘密保持の誓約が発動しました」
「なるほど」
「長官、わたしの予想、聞きたいですか?」
「聞く以前に、その即死誓約をどのように回避するつもりだ?」
「誓約魔法にも穴はあります。あと999回発動させたら、失効します。まあ、即死魔法というのは、一度で仕留めないと、それが正しいという証明になってしまうんで、1000回設定なんて、逆に言えば喋って欲しいだけかと」
――即死魔法とは、即死するものだがな……エルトハルトさまも、魔力で容易になかった事にできるが。エリニュスは破裂する前に止められたはずだ。おそらく……
ルミルレットーバは「1000回即死魔法を発動させる」と言ったエリニュスに内心で呆れつつ、死なない自信もはっきりと感じ取った。
――オルクスが救助依頼をするのも分かる
「即死誓約を1000回仕込んでも、この有様か」
「即死攻撃に負けてたら、迷宮探索はできないので」
「即死していないのだから、それはもう即死攻撃ではいだろう」
「ま、そうも言えますね」
「…………予想は言わずともよいが、一つだけ。犯罪に関与しない理由か?」
「絶対に関与しないとは言い切れませんが、主目的は犯罪とは関係ありません。たぶん、そうだろうな……というか、オルクスの目的はそれしかないので」
「分かった。万が一オルクスが、それ絡みで犯罪をおかそうとしたら、止めろ」
「誓約します?」
「いや、要らん。お前に与えたのは、機関の調査官としての任務だ。誓約するようなものではない」
「…………」
「心配するな。オルクスのほうにも、お前が変なことをしたら止めろと指示を出しておく」
「えぇー。ま、いっか」
「下がっていいぞ」
「それでは、失礼いたします」
申請をもらうために待機していた調査官たちは、負傷したなど微塵も思わせぬ動きで部屋を出ていったエリニュスを、呆然と見送ったあと、
「即死魔法で死なないって、どういう」
「誓約なのに」
驚きで声を漏らすが、エルトハルトは特に気にせず、
「申請手続きをしにきたのだろう。さっさと申請内容を出せ」
当たり前のように仕事に戻った……が、彼らの動揺を見逃すわけにもいかなかったので、ルミルレットーバがあの時室内にいた者たちを、別室に集めて軽く説明をした。
「即死魔法というのは、あのように部分的な破裂ではない、全身が一瞬で破裂するものだ。だが慣れてさえいれば、内部で押さえることができる。恐らく肩胛骨が破裂したのは、わざとだ。自らの予想が正しいと、エルトハルト長官に”素早く”伝えるためにな」
誓約が発動した瞬間を、ルミルレットーバは捉えた。そして同時に、誓約を無効化する身体強化の魔法が発動したことも。
――あれは魔法の性質を理解していなければ、到底できない速度だ……何度発動させたのやら
「あの、ルミルレットーバ主席秘書官。一つお尋ねしたいのですが」
「なんだ?」
「血液が消えたのは?」
「機関調査官ならば、身体に危害を加えられても、自動で回復できるよう術を体内に張り巡らせているだろう?」
魔力が高い人間は、通り魔や不慮の事故に備えて、回復術を体内に張り巡らせている。とくに機関の職員は、その職務上狙われることも多い。
ただ魔法には得手不得手があり、機関の調査官のなかには、回復術式を苦手とする者もいるので、回復術式を得意とするウェイヨウィスの神官に頼んで組み込んでもらうこともある。
「はい。ですが、血液が消えることはありません」
「魔力を大量に含んだ血液なら、あのように吸収することもできる。回復魔法の応用……いや、変則的な使い方というべきか。同じ事をしろと言われたら、わたしも出来ないとは思うが、出来そうな人に心当たりはある」
”きっと長官だ”
”長官か”
”長官ならできるんだ”
”もしかしてオルクス副参事官も?”
”長官だ”
”さすが長官”
ルミルレットーバの言葉に、ほとんどの調査官がエルトハルト長官を思い浮かべた。
「そのような魔力濃度を含んだ血液を、肩胛骨の裏あたりに用意して、発動時に部分的に体外に放出して回収した。あのような技があるのは、初めて知った。なんに使うのかは知らないが、迷宮では使い道があるのかも知れない」
説明を聞いた調査官たちは、なんとなく理解し、なんとなく納得し、名状しがたい感情に蓋をして、一切触れないことにした。




