【12】ヨトラコル伯爵シャサイア
”ヨトラコル伯爵には、残って組織の改革をして欲しいのです”
五年前にユセリラルダ殿下にそう言われたが、あのときは身を引くのが正しいと思っていた――調査機関から身を引いたのは、やはり逃げだったのか。
「ファンタズマ氏、続けてください」
「はい」
「ヴェデリオン・パールス氏殺人事件は、事件が起きた三十年前当時にあって特殊な事件だった。それは三十年後まで続いている。この三十年間立件されなかったことに関してですが、先ほど裁判長が証言台に立ったヨトラコル伯爵が知らなくても不思議ではない」
「同意します」
「ただいま被告にされている、我らが長官ラッカンネール・エルトハルトはもっと知りようがない。なにせ他国の人で、尚且つ外国人が犯人ではないのですから」
「それも認めます」
「ではロテルシト男爵はどうなのか? 彼が知らないはずがありません。事件現場にいて、事件後それほど時を置かずに機関の長官に就任したのですから。就任した直後、仕事が忙しかった? 二十年も長官の座についていたら、さすがに慣れると思うのですが」
「そうですね。なにか理由があったとしか、考えられませんね」
ロテルシト男爵が不在の中、事件について話が進んでゆく。
「後日ヴェデリオン・パールス氏殺害事件を立件します、その際にロテルシト男爵に直接聞いてください」
「たしかに、憶測で語るのはよろしくないですね。続けてください、ファンタズマ氏」
「はい。ユセリラルダ侯爵がアーティホード氏の事件を再調査した。それをロテルシト男爵は、目安箱の次に用意された、再調査聞き取り部屋にいたエンワーク氏から聞いた」
「証拠は?」
「ありませんね。なにせ吹き飛んでしまったので」
「そうですか。証拠にはなりません」
「ただロテルシト男爵とエンワーク氏が、会話する仲だったことは、ラパチノール氏が証言してくれます」
ラパチノール氏が証言台に立ち「二人はよく会話していた」という証言した。
「証人は他にもおりますが、ここはエルトハルト長官の無実を晴らす場なので、証人としての証言を求めませんでした。なにせ長官は、ユセリラルダ侯爵の邸に、足を運んだことはただの一度もないので」
背筋が凍るほどに、わざとらしい。誰もがそう思っているだろうが、同時にエルトハルト氏の無実の証明をしているのだと、見ている者すべてに伝わっている。
「分かりました。後日のパールス氏殺害事件の際には、使用人を証人として立ててください」
「パールス氏殺害事件担当者に、しっかりと伝えておきます。裁判長、パールス氏殺害事件の資料、八頁目の遺体の状況を御覧ください。そして当時を知っている、四名の方に次々と証言していただきましょう」
「分かりました」
四名は当時のことを思い出し証言する。三十年前のことなので、詳細は違うが全員一致しているのが「全身が傷つけられていた。傷のわりに出血が少なかった」と――証言を求められていない、アーティホード氏はうなづいている。
「細かいところに違いはありますが、大まかな証言は一致していますね」
「最初の一人の話を聞いて、合わせたと言われたらそれまでですが。最初の一人が、機関の資料と同じことを証言できる確率は、かなり低いと思います」
「そうですね。証言をまとめると、全身が傷だらけで、心臓近くを貫かれた跡があった。ただし出血はほとんどなかった……ですか」
彼らの証言をまとめると、パールス氏は死後に痛めつけられたとしか考えられない。
「時代を考えると、生活反応というものが、周知されていなかった頃ですから、機関の調査官は重視しなかったのでしょう」
「そうですね」
「裁判長。ここで一つ、実験をしたいのですが、よろしいでしょうか? もちろん、事前に提出しております。わたしとしても、できることならしたくはないんですが。適度に必要なもので」
腕を組んでエリニュス氏を楽し気に眺めていたオルクスが、腕をほどいてエリニュス氏に近づいてきた。
「許可します。こちらは分かりやすいのですが、理解が及ばないというのが正直なところです」
魔法を使用する際は、事前に詳細を提出するのだが……先ほどの映像は仕様書を読んでも理解できなかったらしいが、今度は理解が及ばないが分かりやすいようだ。
一体なにをする気なのだ。
傍聴席にいるロテルシト男爵が、血の気を失った顔で二人に視線を向けている。
両隣に座っている貴族は、席を立ちたがっているが、傍聴席では立ち見が許されおらず、それを破ると法廷騒乱罪となり、裁判長により自白魔法を使われ有罪になることが確定している――その事を警備員に囁かれたらしく、諦めて腰を下ろすことを選んだようだ。
「裁判長にお尋ねいたします。ウェイヨウィスの神官が得意とする魔法がなにか? ご存じですか」
「回復魔法です」
「ありがとうございます。わたしはウェイヨウィス神官ではありませんが、このように……ウェイヨウィスの魔法もそれなり使えます」
”このように”と言いながら左頬を手で拭うようにしたエリニュス。その頬に、ウェイヨウィスの紋が現れた。
さらに色は赤。あれは神官ではなくバビロンのウェイヨウィス一家の物だが、回復魔法そのものは同じ。
「わたしが、ウェイヨウィス神官と同程度の魔法が使える……ということゼブンズ氏に尋ねてください」
「ゼブンズ氏、証言台へ」
「はい」
裁判長はゼブンズ氏に、エリニュスの魔法について尋ねた。
「赤色ですので、神官としてもかなり上位と互角です」
「そうですか。ゼブンズ氏に他に尋ねることはありますか?」
「あります。オルクス・バベル・ウィルトゥース・タナトスの顔と左腕の紋について、尋ねてください」
「おや、いつの間に。分かりました」
オルクスの腕にはウィルトゥース一家の印が浮かび、顔の三分の一ほどにヘカーテ一家の紋が浮かんだ。
「ヘカーテの紋といえば魔法ですね。相当強い魔法も使えるのですか? ゼブンズ氏」
「そうだと思います。証言台で噂を語っていいのかは分かりませんが、バビロンではヘカーテ一家でも攻撃魔法の威力では、このオルクスには勝てないと噂されているとか」
エリニュス氏がものすごい勢いで、首を小刻みに上下させている。冒険者として組むことはほとんどないが、実力は知っている仲だ……と、オルクス本人が言っていた。組むことがないのに、実力を知っているとはどういうことなのか? わたしには分からないが。
「噂ですか……ありがとうございます」
ゼブンズ氏が控え席に戻ると、エリニュス氏は上着を脱いで袖のない、下着に近い恰好になっていた。
「裁判長。それでは、オルクス副参事官に腕を吹っ飛ばしてもらいます。まずは、物理で」
オルクスは振りかぶりもせず、右腕の拳を払うかのように動かすと、エリニュス氏の腕が消えた……が、すぐに腕が戻った。
「いやぁぁ。痛くてたまらん」
「ゆっくり戻すからだろ」
「目にも見えない速度で治しても、意味ねえからなあ」
エリニュス氏は元に戻った腕を、ぐるぐると回す。
「確認いたしました」
「では次に、魔法で腕を吹っ飛ばしてもらいます」
オルクスは右腕の拳を軽く開くと、エリニュス氏の腕が輪切りになって地面に落ちた。悲鳴があがりかけたが、十に切られた腕はエリニュス氏の体に戻り、飛び散った血も同じように体へと戻った。
「パールス氏はウェイヨウィスの神官で、かなりの高位神官だった。となれば、この程度の自動回復は当然できたはずです」
「そうでしょうね」
「今の攻撃ですが、多くのウェイヨウィス神官はが不得意とする、本当に攻撃に特化した魔法です。それでも問題なく治るので、ウェイヨウィス神官が使える程度の魔法では、致命傷を与えるのは無理かと。最初の物理攻撃に関しては、ウェイヨウィスの神官には到底無理でしょう」
言い終えるとエリニュス氏は上着を着なおした。それを待って、
「たしかにそうですね。攻撃を加える部分が、致命傷を追う箇所ならば別でしょうが、資料にある程度の傷で、死に至るのはおかしいと言わざるを得ない」
裁判長は答えた。
「はい。その資料にある傷程度で、記載通りの魔力を持っていたパールス氏が死ぬのは、かなり難しいのです。正直に言って、裁判長もその程度の傷で自分が死ぬとは、思わないでしょう?」
「答え辛い質問ですが、この程度で死んでいたら、裁判官にはなれませんね」
「ありがとうございます。でもパールス氏は死んでいた。そして傷を負っていた。それがアーティホード氏の仕業ということになった。この三つは、疑いの余地はありません」
「そうですね」
「だからこそ、神官の皆さんはアーティホード氏の無実を信じているのです」
わたしの隣に座っているバイネウス氏が「こうやって、証明すれば良かったみたいですよカトゥラさま……」と、かすれた声でつぶやいた。
当時の神官たちは、うまく説明できなかったのかも知れない。自分たちの仲間が疑われるなど、当時のカラブリア貴族は考えたこともなかっただろう。
だから証言の仕方も分からなかっただろうし……いや説明しても、機関側が聞き入れなかったのかも知れない。
「ですが殺せないわけではありませんよね?」
「はい。問題なのはパールス氏につけられた傷です。その傷を機関は”パールス氏の命を奪った傷”とし、実家同士が不仲だったアーティホード氏が殺害犯だと断定し、逮捕した……で、立件せず現在にいたるわけです」
「そうですね」
「アーティホード氏が犯人とされる理由は、殺害そのものではなく、傷をつけたこと。生活反応が周知されなかった時代の出来事ですので、仕方ないといえば仕方ないのかも知れません」
「そうですね。技術の進化により、再審しなくてはならない事件が大幅に増えました」
「裁判官の皆さま、お疲れ様です」
「ありがとうございます」
「なんにせよ、パールス氏の遺体に傷をつけた人物は、アーティホード氏に冤罪を被せた、ということになります」
「アーティホード氏を陥れたい誰かが、細工をしたということですか?」
「裁判長、それはいけません」
「いけないとは?」
「アーティホード氏を軸に考えてはいけません。地下拝殿に立ち入れる人は、すべて冤罪で逮捕されるおそれがあった。こちらが正答です」
「たしかにそうですね」
「アーティホード氏が犯人にされた理由は、何度も繰り返しましたが、二人の実家が不仲だった。そのほかに、彼なら殺害できる魔力があったからというのも、理由として挙げられます。適切な表現かどうかは分かりませんが、裁判官の皆さま、ユセリラルダ侯爵に殺されるなんて、思いもしないでしょう?」
ユセリラルダ殿下に殺されるなど、思いもしない……か。たしかにその通りだ。殿下の魔力は乏しかった。
「不適切ですが、言いたいことは伝わります」
「アーティホード氏の経歴を見ますと、人を殺し慣れていないかと」
「人を殺し慣れるというのは、不適切な表現ですよ。ファンタズマ氏」
「たしかに不適切ですが、言い表す言葉がないもので。わたしが裁判長に伝えたいのは、アーティホード氏が被害者の原形を残したまま、殺害できるか? ということです。魔法を使って人の原形を保ち殺害するのは、かなり難しい……と思います。わたしは冒険者として魔物を原形を残したまま魔法で殺傷したりもしますが、コツというものが必要です。また物理攻撃に関してですが、パールス氏の魔力と回復力から考えるに、刃物などで殺害するのは、アーティホード氏にとっては、原形を保ちながら魔法で殺害するのと同じくらい大変でしょう」
魔法は強力なため、人体に使用すると破損は激しい。
元王女殺害の現場も魔法の威力としては「微少」だが、複数の人体が霧散している。魔力というものは、それほど強力だ。
魔法が得意なオルクスも「攻撃魔法で一切人体を傷つけずに殺害するのは、ほぼ不可能」だと言っていた。
「ほぼ」と付けたのは「故郷に一人だけ、出来そうな奴に心当たりがあるもので」とのことだった――その時は誰とは聞かなかったが、このエリニュス氏なのではないか。
「少々この事件の趣旨から外れますが、バベル・リビティーナーリウスにお聞きします。何故魔物を、原形を保ったまま殺害しなくてはならないのですか? もちろん、答えられなかったら、答えなくても結構です」
「答えられますよ、裁判長。パーティーを組んでいる際に、魔物を半端に爆発させてしまうとその破片によって、周囲にいる者に被害が及ぶからです……もっとも”これ”は、あまり気にしたことはありません。その程度はどうにかしろ、が一家の総意なので。他は魔物の素材を取るためには、破損は少ないほうがよいからですね。わたしなら完璧に元通りに復元できますが、出来ない奴らのほうが多いので、多くの冒険者は原型を残したままで倒すことにしています」
魔物の素材を取らない場合は、消し去るのが一般的だと聞いた。被害がもっとも出ない方法なのだとか。
「お答えありがとうございます。原形を残すのに、技術が必要だ。殺し慣れていなければ、尚のこと……ということですね」
「はい。三十年前の捜査方法がどのようなものか? わたしは知りませんが、魔力が高かったためにアーティホード氏が犯人に選ばれたのは、間違いありません。では、当時神殿にアーティホード氏以外に、大量の魔力を所有していた神官はいなかったか? そこを調べる必要があります」
「いたのですか?」
「いませんでした」
「だが死体が原形をとどめているから、アーティホード氏ではないと」
「これに関してはパールス氏殺害事件の法廷で、アーティホード氏に実演していただきます」
「どのように……気になるところですが、それは立件された際に確認させていただきます。続けてください」
「はい。いま問題なのは、ヴェデリオン・パールス氏の遺体が傷つけられていたことです。捜査資料と皆さまの証言、この際、調査資料の信憑性は疑わしいですが、神官の皆さまの証言により、死体に傷があったのは事実。この死体損壊により、アーティホード氏は犯人とされた。だが、パールス氏の魔力があれば、その程度の傷で死亡することはないので、それは冤罪である。よって、アーティホード氏が逮捕される原因となった、死体損壊を行った人物は”有罪になる”。三十年間も逃げおおせた犯人にとって、今更捕まるのは嫌でしょうね」
「犯行動機として、無理はありませんね」
「ありがとうございます」
過去の事件がおざなりになって、いま事件が起こっている……過去の事件を清算することは、わたしがすべきことなのかも知れない。
ただ――
”ヴェデリオン・パールス殺害事件はわたしにとっても、とても大事な事件なのです。他の人に譲るわけにはいかない。だから、どうしてもあなたに協力して欲しいのです、ヨトラコル伯爵”
わたしはユセリラルダ殿下のその言葉を聞いたから、目を背けたのかも知れない。わたしはあなたのことが




