【11】
「裁かれなかった……ですか」
「はい。これがこの事件を庶民が知らないと言える、もう一つの理由です。この事件で裁判が開かれていたら、いま裁判官でいらっしゃる皆さまも、知っているはずです。なにせ特殊な事件ですので」
外国人じゃなくて、自国の貴族が逮捕されるなんて、三十年前にはあり得ないことだからね。
「たしかに」
「なぜ裁判が行われなかったのか? それは、立件されなかったから。それ以外の理由はありません。ただ、この一件を知ったユセリラルダ侯爵が、興味を持った。そして裁判を起こして、アーティホード氏が無罪あることを証明しようとした」
この世界は公訴時効がない。要するに立件に関して時効が存在しないんだ。三十年経った今からでも、立件することは可能。
そして資料をざっと見た感じ、完全に冤罪なのが分かった……罪状が確定してないから無罪証明か?
「無罪ですか?」
「はい」
「アーティホード氏が無罪と言い切れるのですか?」
「はい」
これに関しては自信ある。おそらく、裁判長も気づいてるんじゃないかな? でも、裁判長の立場だと言えないからなあ。
「……分かりました。続けてください」
「はい多くの神官たちは、アーティホード氏が犯人だとは思っていなかった。だから”このような事件があった”と語り継ぎ、ついに信頼おける、再調査をしてくれる人物に依頼した。機関に持ち込まなかったのは、信頼されていないからだと思われます。アーティホード氏を勝手に犯人扱いして、立件もせずに放置ですから、信頼されなくても仕方ないかと」
三十年間ずっと容疑者のまま。そしてこの事件を立件しなくてはならなかったのは、この事件のあとに機関長官になった、この事件をよく知る男――ロテルシト男爵と、この事件が起きてすぐに長官になったその前の長官だ。
ロテルシト男爵は、なんで定年まで、長官職にしがみついてたのかなぁ? 長官の座に就いていたら、立件をコントロールできるもんなぁ。
……と、つぶやきたいところだけど、言ったら裁判長に注意されるので、我慢しなくては。
「ユセリラルダ侯爵の元に、存命の方が持ち込んだのか? それとも、過去にこの事件を知っていた人から聞いた誰かが持ち込んだのか? どちらにせよ、神殿では燻っている冤罪というわけです」
「そうでしょうね」
「ヨトラコル伯爵の証言だけでは信頼していただけないので、証人8。ウェイヨウィス神官バイネウス氏に質問をお願いします」
「分かりました。バイネウス氏、証言台へお願いします」
侯爵がアーティホードの事件を探っていたことを、証言する証人をもう一人――ここら辺は、客観的な証拠がないんだよねえ。
侯爵が隠れて動いていたから。いやまあ、冤罪事件の調査なんて、表立ってできないから、当たり前なんだけど。
「バイネウス氏にお聞きします。パールス氏殺人事件ですが、神官たちはアーティホード氏が犯人だとは、思っていなかったのですか?」
パイネウスは若い神官だ。事件当時の神官たちが知っているのは当然だが、ヨトラコル伯爵が「文字から若いと考えられる」って言ってたから、他の若い神官も知っていることも立証しなくてはならない。
後々の裁判の為の、布石みたいなものだ。
「はい。わたしの師にあたる人物は、ヴェデリオン氏と仲が良かったそうです」
「被害者とですか」
「はい」
「もちろんアーティホード氏とも、仲は良好でした。一言で表すと、この二人は一門の不毛な争いに嫌気がさして、神官になったのだと」
証言が資料をぶった切る! 一門の不仲が理由で殺害って、どこからの情報なんだろうなあ。もちろん、表面上良好な関係に見せていたかもしれないけれど。
それについては、後で尋ねる。今はその時ではないので。
「資料の殺害理由は不仲とされていますが」
「機関の調査官に、二人の日常的な関係を、聞き取りされた覚えはないと、師は仰っていました」
「そうですか」
「これは師だけではなく、他の存命な方にお聞きしても、同じ答えが返ってくるはずです」
バイネウスは、はっきりと言い切る。証言台で発言し、嘘をついたという色にもならないので、嘘はついていない。
もっとも、彼が嘘をついていないだけで、真実かどうか……となるとね。誓約はあくまでも、当人主観においての真実が担保なんで。
「ではファンタズマ氏、証人9、10、11,12の四名の神官と通信をつないで下さい」
「はい」
存命の人たちは、証人として事前に提出していたので――カラブリア王国の各地にいる、当時を知る神官たちを千里眼で通信をつないで、法廷に画面を出す。
事前に確認してはいたが、ちょうど良い老け具合だ。
「裁判長のタルコバイル・ディーバスと申します――」
裁判長が法廷外の証人への宣誓やり取りをして、彼らに話を聞くと、全員が「ガルムロドとヴェデリオンは不仲ではなかった」と答えた。
「ではこの資料は、信用できないということですか」
裁判長が「まただ……」って感じの表情に。
過去の事件を漁ると、大体冤罪なもので最近、裁判所は再審が多いんだよな。いやまあ、適当な証拠で有罪下してた裁判所と国王が悪いから、仕方ないし、裁判官たちはそれを肝に銘じている。
国王はあの通りだけど。
「ただし、すべてが信用できないわけではありません」
「どういうことですか? ファンタズマ氏」
「その前に裁判長、バイネウス氏に質問があります」
「分かりました。質問してください」
証言台に立ってくれということは、証言してくれるということ……と思いたい。
「バイネウス氏にお尋ねします。あなたは今から半年より以前に、ユセリラルダ侯爵の訪問を受け、ヴェデリオン・パールス氏殺害事件について尋ねられましたか?」
「はい」
よし、答えてくれた!
「答えてください、ありがとうございます……なにか仰りたいことがありましたら、どうぞ」
バイネウスは裁判長のほうを見て、裁判長もうなづいたので、胸元に片手を当てて、
「わたしは、非常に臆病な性格です。ユセリラルダ侯爵が殺害されたという一報に、まずは自分の身を案じ、接触した事実を機関に申し出ませんでした。言い訳が無数に湧きあがりました。”こんな昔の事件が、関係しているはずがない” ”機関の調査官がやってきたら話そう。それまでは話さないほうがいい”……本当は、怖かったのです。この一件でユセリラルダ侯爵が殺害されたのだとしたら、次に殺されるのは自分ではないかと。アーティホード氏の一件もあり、わたしは機関を信頼していなかった。もちろん裁判所も、国王も。わたしは臆病な人間です」
一気に思いの丈を述べ、大きく息を吐き出した。
「あなたは臆病ではありません、バイネウス氏。こうして証言台に立ち証言してくださったではありませんか。わたしたちが、あなたに信用されないのは、仕方のないことです。カラブリアの裁判官として、また法に携わる一人として、このタルコバイル・ディーバス、謹んでお詫び申し上げます」
裁判長が立ち上がり頭を下げた。
国王? 呆然としてるよ。喋ることを禁止されてはいるけれど、着席のまま頭を下げることくらい、できそうなもんだけどなあ。
裁判長がそのように宣言したので、機関側もなにか言うべきだが、責任ある立場の人が発言して初めて意味がある。
副業で機関職員やってる主幹が頭を下げたところで、なんの意味もない。
「機関としても謝罪したいところですが、わたしのこんな軽い頭を下げたところで、なんの詫びにもなりません。本来頭を下げるべき人間……かどうか、難しいところではありますが、現長官が謝罪してこそですが、ただいま現長官は自由に証言ができない立場にありまして。必ずや長官の無罪を勝ち取りますので、その時までお待ちください」
長官の謝罪を勝手に約束した……が、あの表情を見る分には、怒られることはなさそうだ。
「裁判長」
「なんですか? ファンタズマ氏」
「我々は勇気を出し、信頼してくれたバイネウス氏の信頼に答える義務があります」
「その通りです」
「ヴェデリオン・パールス殺人事件が、ユセリラルダ侯爵殺害事件の原因ならばなおのこと」
「三十年前の神殿で起こった殺人と、ユセリラルダ侯爵の殺害に関係があるというのですか?」
「裁判長。三十年前の殺人と、この殺人は結びついていながら、結びついていないのですよ。結果だけ申し上げておりますが……」
ロテルシト男爵のほうに視線を向けて、視線を合わせて、
「ヴェデリオン・パールス氏殺害犯と、ユセリラルダ侯爵殺害犯は別人です」
分かっていると伝えてやったのに、ロテルシト男爵は椅子からずり落ちた。
そして証人控え席に座っていた、異母妹たんの涙は正義! な男たちの一人、断罪劇の脚本を書いたメルシュエト・バリオロッシュも。
そして何故か、傍聴席が沸いた。なんでだ?
「静粛に! 静粛に! 証拠品にすべて目を通しましたが、ファンタズマ氏がなにをしようとしているのか、分かりません。いや、分かります。あなたは真犯人を指摘する……次の証拠はなんですか? 通し番号通りですか? それとも0ですか?」
「もちろん0です。ただし証拠品0ではない、証人0ガルムロド・アーティホード氏です」
裁判長は目を閉じて、口元は笑いをこらえるかのような、裁判官が裁判中に絶対しないであろう表情を浮かべて、
「分かりました。特別許可を出します。ファンタズマ氏、ガルムロド・アーティホード氏を法廷へ」
よし! 裁判長が「0」に乗ってくれた!
というわけで、千里眼でハーラミルリッツを探す。
ガルムロドという御仁は知らんから、ハーラミルリッツに会いに行ってもらったんだよ。
ハーラミルリッツならすぐに探せるからな――冒険者契約結んでてよかった。まさか早々に使うことになるとは、思ってもいなかったけど。
「裁判長。つなぎました」
法廷にもう一つ画面を出す。そこに現れたのは、御年七十五歳には見えない、四十歳そこそこの男性が現れた。
ロテルシト男爵より年上なのに、年下に見える。ちなみにロテルシト男爵は六十五歳で、この世界の六十五らしい見た目。
この見た目は魔力量が関係している。すなわちガルムロドは、五名の存命者たちと比較しても魔力が多いことが、全ての人に伝わる。
「初めまして、アーティホード氏。わたしは裁判長のディーバスです」
『ディーバス裁判長。お初にお目にかかります、ガルムロド・アーティホードと申します』
所作が美しい貴族だ。ヨトラコル伯爵並みだ。
所作がきれいだから無罪! って叫んだら叱られるだろうなあ。でも言いたーい! 言わないけどー。でも言いたいー。
「あなたにお会いすることができて、とても嬉しく思っております……誠に勝手ではありますが、ただいま開かれているユセリラルダ侯爵アルティ殺害事件裁判の証人になっていただけませんでしょうか?」
裁判長の言葉に「この人が殺人をおかしたのなら、相手になにか問題があったのでは?」と被害者があらぬ角度から、冤罪を食らいそうなほどの雰囲気を持つ、ガルムロドが穏やかに答えた。
『お受けしたいところですが、わたくしはヴェデリオン・パールス殺害の容疑者ですので、証人になることは叶いません』
「そうでしたね」
裁判長はそう言い、うなづいた。
ただしこの証言で、充分なほど証拠になる。なんの証言? 自分の無罪を証明しようと、前のめりになって、法を犯さないその姿勢――要するに誠実さってやつ。
わたしとしてはガルムロドを、裁判長に見てもらえるだけで目的は達成しているから、いいんだけどね。




