【09】リーノス・レメート元公爵子息
証人控え席のメルシュエトの顔色が悪くなっている。
それはそうだろう。メルシュエトがエルトハルトの告発文書を持ってきたのだから。
間違っていた……では済まない。
それは、あの文章を読んで、国王に提出したわたしにも言えることだけれど。
アルティの一件で地に落ちた信用が、これ以上落ちるのは避けたい!
「ファンタズマ氏、お願いします」
「はい。ヨトラコル伯爵が仰るところによると、機関の長官というのは、元々は人気のない役職だったそうです。まあ、当時は冤罪作りを指示するような役職ですから、仕方ないといえば仕方ない。だから……なりたいという人がいたら、わりと簡単になれる役職で、同様にわりとすぐに辞める方が多い役職だったそうです。そんな役職についたロテルシト男爵は、定年まで勤め上げました。これ、カラブリア機関の長官としては初めてのことだそうです」
このファンタズマという人物は、先ほどからだが、くだらない部分が、あとで証拠とつながる。
ということは「真実の愛とはなんでしょうか?」も、あとで関係してくるのか? それは避けたい、使わないでくれ! これ以上、わたしたちを傷つけないでくれ!
「そうでしたか。それがなにか?」
「疑問ではなく、事実を述べたまでです」
「そうでしたか。たしかに、そうですね。覚えておきます」
「元は神官だった彼が、なぜ機関の長官に就任したのか? それは……まだ言いません。正確には言えません。推測は語れませんので、順を追って説明させてください」
「はい」
「次は証拠品19をご覧ください」
「ヴェデリオン・パールス殺害事件の資料ですね。目は通しております」
裁判官席についているクールベイトが”ちらり”とこちらを見た……気のせいかもしれないが。
断罪の場……正確には冤罪の場にいて「司法をなんだと思っているのだ!」と叫んだクールベイト。
あの時「アルティをかばうのか! かばうのならば、お前もただでは済まないぞ!」と叫んだがかえってきたのは「ユセリラルダ王女をかばっているのではない。法を知っているのかと聞いているのだ」と。
あの時の剣幕は今でも覚えている。あの場でわたしたちは「正義の使者」のつもりだったが、それは間違いで、正しくあったのはクールベイトであり、クアルバーグだった。
「はい。その資料の五頁目に、当時神殿に神官として仕えていた者たちの氏名が載っております。そして資料19-1、彼らの生没について調査したものです」
「五名が存命で、うち一人がロテルシト男爵ですね。確認いたしました。どうぞ、続けてください」
「存命は五名となっておりますが、実は当時を知る人はもう一名存命です。それはアーティホード氏本人です」
「存命でいらっしゃるのですか」
「はい。彼をここに繋いでも宜しいでしょうか?」
先ほどからこのファンタズマという人物は、千里眼で画面を次々と法廷で開示している。ロテルシト男爵の自宅の周囲にいる機関職員の画面の他に、上空から映した映像も出したままで、裁判長も画面を閉じるように命じない。
こんなにも画面をあちらこちらにつないだままにしていられるとは、相当な魔力の持ち主だ。パレルソンも遠く及ばないのではないだろうか。
「必要ですか?」
「どちらでも。彼はこの大法廷を見てはいますが」
「証人として召喚しないのであれば、繋ぐことは許可いたしません」
「畏まりました。では、続けます。ロテルシト男爵は元々ウェイヨウィス神に仕える神官だった。パールス氏殺人事件が起きたときに、神殿にいた。アーティホード氏が逮捕されたあと、神官を辞めて機関の長官になった。この経歴に関して、疑問はございませんか? 裁判長」
「ありません。続けてください」
裁判長の言葉にファンタズマが手を叩き、
「申し訳ございません、裁判長。ヨトラコル伯爵に質問することがあったのに、すっかりと忘れておりました。たった今思い出しました! ヨトラコル伯爵に、証言台に立つよう指示をお願いいたします」
”忘れた”とのたまった。
クールベイトが隣の裁判官に何かささやき、隣の裁判官がうなづく。
わたしでも解る。ファンタズマは忘れていない。
「分かりました。ヨトラコル伯爵、証言台へ」
手を挙げていたヨトラコル伯爵は裁判長に呼ばれると、立ち上がると一礼し――所作の一つ一つが美しい男だ。
魔力以外はすべて兄に劣ると、パレルソンは弱音を吐いていたな。昔はそんなことはないと、学生時代ウティルエニィとともに励ましたが……パレルソンはいま、バビロンにいる。卒業式のあと、先代ヨトラコル伯爵が「鍛錬のため」とバビロンに送った。それきり――交流は途絶えてしまった。
「ファンタズマ氏、どうぞ」
「はい。ヨトラコル伯爵に証言して欲しいことがあります。それは、パールス氏の事件が目安箱に投書されていたこと、その文字でつづられた再捜査依頼がもう一件あったことを」
「ヨトラコル伯爵、いまの質問に対して答えてください」
「はい。ただいまファンタズマ氏が語った通りです。詳しく説明させていただきますと、アーティホード氏の一件を聞きにきたユセリラルダさまは、投書の現物をもって来られ、わたしも目を通しました」
「目を通す必要性があったのですか?」
「わたしは筆跡鑑定が得意でしたので」
「具体的には」
「性別、年齢、記しているときの状況は、ほぼ分かります」
「そうですか。どうしました? ファンタズマ氏」
ファンタズマが手を挙げ、
「証拠品20。ヨトラコル伯爵の調査と、結果についてまとめました。”あの当時”なので、信じられないこともあるかもしれませんが、五日という短い時間の中、精査した結果、間違いはないと判断いたしました。もちろん判断を下したのは、カラブリア人以外です」
誰が資料を調べたのかを述べる。
「分かりました。まだヨトラコル伯爵に聞くことはありますか?」
「あります。話を続けるよう、お願いいたします」
「分かりました。では、続けてください、ヨトラコル伯爵」
「はい、裁判長。ユセリラルダさまも、わたしが筆跡鑑定を得意としていることを、覚えていてくださったようで、アーティホード氏の一件と共に、もう一つ投書をわたしの前に出しました。そして”これは同一人物が書いたものか?”と問われました」
「そうですか。あなたは、どのように答えたのですか? ヨトラコル伯爵」
「同じ人物が書いたと答えました」
「分かりました。ファンタズマ氏、その二枚の投書は証拠にありませんが」
「見つかりませんでした」
「では、ヨトラコル伯爵の証言だけということになりますね」
「はい」
「偽証していないのは分かりますが、物証がないと証拠としては弱いですね」
「裁判長。ヨトラコル伯爵が泣いたら、証拠として採用してもらえませんか。清らかな涙と覚悟を決めた証言ってことで」
隣に座っている妻のウティルエニィが、手袋をはめた手を握りしめ震える。
十五年前なら、肩を抱いて庇いながら、ファンタズマを怒鳴っただろう。
「涙は証拠になりません」
「ならないんですね?」
「はい。証拠にはなりません。国外の方に、そのように言われても仕方ないことは分かります。そうですね、ここでしっかりと宣言しておくべきでしょう。本来でしたら、十五年前にするべきことでしたが、カラブリア王国裁判官タルコバイル・ディーバスと、この場にいる十名の裁判官において、いかなる者の涙も証拠として採用しないことを、ここに誓います」
十五年前、学園で冤罪でアルティを追い詰めたとき――
”ウティルエニィが泣きながら訴えた”
”証拠? 彼女の涙こそが証拠だ”
”心優しいウティルエニィが涙を流したというのに”
”身分が低いとウティルエニィをいじめたそうだな”
”彼女の涙を見ても、なんとも思わないのか! この冷酷女め!”
”司法をなんだと思っているのだ!”
全員でウティルエニィの涙の代償を払わせるのだと、アルティに詰め寄ったあの日。あの時、わたしたちは、ウティルエニィの涙は正義であり、従わないものは悪だと思っていた。
「わざわざ誓ってくださるとは。でもまあ、ちょっとヨトラコル伯爵を泣かせてみたかったですけどね」
ヨトラコル伯爵が困ったような表情で、ファンタズマを見る。
「止めてくださいね。他に聞きたいことはありますか? ファンタズマ氏」
「ありません」
「では控え席に戻ってください、ヨトラコル伯爵」
ヨトラコル伯爵が証人控え席に戻る。
「一応、証拠として提出したいので、ラパチノール氏を証言台にお願いします」
「なにについての証拠ですか?」
「聞き取り部屋についてです」
「分かりました。ラパチノール氏、証言台のほうへ」
証言台に立ったラパチノールに、聞き取り部屋はいつ頃完成したのかを尋ね、
「図面の端に書かれている日付が、図面が完成した日です」
その日付は、アルティがヨトラコル伯爵の元を訪れた日よりも後だった。裁判長はなにも言わず、ラパチノールを控え席に戻るよう告げた。
「ヨトラコル伯爵とユセリラルダ侯爵が会っていた証拠が証言以外ないのが、じつにもどかしいですね」
「そうですね」
「本来でしたら、機関側のあなたがもどかしく感じるはずなのですが、あなたはまったく気にしていらっしゃらないようですね、ファンタズマ氏」
「そう見えますか? 虚勢ですよ」
「続けてください」
これは虚勢ではない。本当に焦っていないし、証拠はまだ大量にある――わたしは、アルティへの罪滅ぼしのために、あの頃の仲間とともに、アルティ殺害犯を探し犯人を見つけたと思ったのに、わたしが用意したものは証拠にならなかった。
わたしたちは、あの頃となにも変わっていなかったのか。




