【07】ロゼシア・クアルバーグ参事官
ゼブンズの隣に座っているクルセッドという証人は、法廷で証言する者とらしからぬ恰好をしている。
エリニュスが「後々やりたいことがあるんで、フードを被せて声以外謎する方向で許可取ってください、クアルバーグ参事官」と言いだした。
最初は何ごとか? と思ったが、真犯人に近づくために必要だと言われれば、断ることはできない。
普段なら詳細を聞いたが、今回は時間がない上に、エルトハルト長官の無実を証明するのに、本当に必要なのか? という程度の証拠も多数用意しなくてはならなくなったので時間がなく、とにかく証拠の準備と申請に専念した。
……傍聴席にいる真犯人に、思わず視線を向けたくなるが、それは我慢しなくては。もっとも法廷が閉鎖されているので、真犯人が逃げ出す心配はないが。
「ルクセッド氏、証言台へ」
裁判長も許可を出した手前、その恰好に文句を付けることはできず――また、顔を法廷で露わにしないようにするために、クルセッドだけは前日に法廷入りし、宣誓を行い宣誓紋を刻んでいる。
「ルクセッド氏。あなたに質問します。あなたはスパルク氏のあとを、つけたのですか?」
「はい」
ルクセッドは俯き加減に裁判長に答える。
これも、エリニュスからの指示だ。
「スパルク氏が邸に入っていくのを見たのですか?」
「はい」
「スパルク氏は邸から出てきましたか?」
「いいえ」
「裏口から出たのでは?」
「ないとは言い切れません」
「あなたは、いつまで邸の入り口を見張っていたのですか?」
「朝日が差し込むまで。もともと邸を訪れたのは、日付が変わって二時間近く経っていたので、それほど長くはありませんでした」
「分かりました。それ以降、スパルク氏を見かけたことは?」
「ありません」
「そうですか。ありがとうございます。ファンタズマ氏」
「はい」
「ルクセッド氏に尋ねたいことはありますか?」
「あります。わたしは証人であるルクセッド氏の証言精度を上げたいのですが、よろしいでしょうか?」
「精度ですか」
「はい。千里眼魔法の使用に許可を出してください」
法廷で魔法を使うことは基本的に禁止されているが、千里眼魔法だけは「現場」や「病や怪我、または年齢で法廷に足を運ぶことができない証人」を映すために、比較的許可が下りやすい。
「許可します」
「ありがとうございます。すぅ~はぁ~……|やりたくねえけど、千里眼すとびゅー改《もうちょい真面な呪文にしときゃよかった》」
エリニュスは聞いたこともない呪文を唱えるとともに、宙に掲げていた右手の中指を二回、軽快に動かすと、ルクセッドの周りに、門扉と道路が現れた。
「うあっ!」
ルクセッドが驚きの声を上げる。
「マイン隊、繋がったぞ」
それとともに、もう一つ四角い画面を空中に出し、貴族街の一角に待機させていた「裁判所外待機申請済み」の人員を映し出す。
裁判長がマイン隊とルクセッドの周囲を見比べ、
「マイン隊が居る場所と、同じ映像をここに作り出している……ということで、よろしいですか?」
裁判長は肯く。
「はい。説明書を提出した、わたしの独自魔法です」
「説明書は読みましたが、誰も理解できなかったのですが……こうして直接見ると分かりますけれど、理論は全く解りませんね。これは、全く関係のない質問なので、答えなくてもよろしいのですが、魔法はお得意なのですか? バベル・リビティーナーリウス」
「得意とは思っていませんが、仲間には”癖のある使い方をする”とは、良く言われます。言ってしまえば、邪道にして外道といったところでしょうか」
バベルの塔攻略をするクランに所属している冒険者は、他の国にいる者たちには、想像もつかない魔法の使い方をするのが当然の世界。その世界で「奇抜な使い方をすると呼ばれるくらいには、特殊な使い方をしますよ、エリニュスは」とオルクスは言っていた。
ちなみにオルクスの魔法についてエリニュスは「一周回って、基礎的な使い方しかしてません。基礎って大事なんだなーと、あいつの戦い方を見ていると思います」と評していた。
「答えてくださり、ありがとうございます。ではこの映像をどのように使うのですか?」
「ルクセッド氏に当日と同じように進んでもらいます。貴方の右手人差し指で、進むも曲がるも自在だ」
ルクセッドは怖々と右手を上げ――正体が知られないよう、分厚い手袋を嵌めた手で人を指さすように動かすと、ルクセッドの周囲が動く。
「おおお!」
「なんだ、あれは」
傍聴席の声に対して、裁判長は注意をせず――裁判長自身、立体的な画像の動きに驚いて目が離せないでいた。
「ルクセッド氏が動かした方向に、マイン隊が進みます」
ルクセッドは途中で、引き返したり悩んだりしながら――ユセリラルダ王女が作りがっていた、画面の中に立体的な映像を作り、そこを進むが、更なる進化を遂げてこの場に作り出されている。
ユセリラルダ王女が見たら、喜んだことだろう。
彼女がエリニュスに協力を求めたがったのは、正しかった。生前の彼女に会わせることができなかったのが悔やまれる。
……わたしは、彼女に対していつも悔やんでばかりだ。彼女が亡くなってしまったから、もう悔やむことはないのかも知れないが。
「この邸です」
一つの邸にたどり着いた。
目立つわけでもなければ、派手でもない男爵の邸としては過不足ない。
『ここって』
『え、嘘だろ』
マイン隊のマイン以外の、犯人を聞いていなかった者の二人が、驚きの声を上げた。邸に見覚えがある者は、邸の主が傍聴席にいることに気付き恐る恐る視線を向け始める。
「ルクセッド氏がスパルク氏の後を付けてたどり付いた邸に、到着いたしました」
「この邸で間違いはありませんか? ルクセッド氏」
「はい」
「席に戻ってください、ルクセッド氏……ファンタズマ氏、この邸は誰の邸ですか?」
エリニュスは裁判長を見つめたまま、宙に上げた手を斜め後に向ける。
「ロテルシト男爵カルネッセ。二代前の機関長官です」
指先は傍聴席にいた、皺が浮かんでいる白髪の老人を指し示す。
「二代前の長官ですか。それは……」
驚く裁判長など気にせず、エリニュスは上げていた手を前に戻し胸元に置き、軽く礼をしながら、
「証拠品11。貴族街の地図になります。マイン隊、両脇の邸に向かって名を聞け」
指示を出す――そんなことをしなくとも、良いことは知っている。裁判官の一人が、ロテルシト男爵の邸の隣に住む貴族だ。
だが手を抜かない。
エリニュスの良いところだと思う。ロテルシト男爵が立ち上がり――
「着席してください」
声を発しかけたところで、裁判長が着席を命じる。
部下がわたしに駆け寄ってきて、耳元に顔を寄せ小声で報告する。
「クアルバーグ参事官、エリニュス主幹の言う通り、どこにもいませんでした」
「そうか……」
カラブリア貴族は最低でも二人の供を付ける。何処へ行くときも。傍聴席に座っている貴族たちの従者は、大法廷の外で待機している。
彼らが主を置いて帰るなど、ありえない。なにか特別な用事があったとしても、二人ともいないということはない。
……身元不明の遺体は二体。いつから、ロテルシト男爵がの従者について調べた。彼の従者は二人とも「田舎に帰った」そうで、いまは新たな従者を探しているところだそうだ。
貴族であれば、従者を見つけてから暇を出すものだ。なにより、従者をすぐに雇うものだ。特に外出するのであれば、従者を伴っていないのは目立ちすぎる。
外出しなければ、目立ちはしなかったのに、なぜわざわざ法廷へとやってきたのか? エリニュスは「事件が自分の手が離れたところへ向かったので、怖くなったから確認しにきたのでしょう。小心者にはよくあることですよ」などと言っていた。
「裁判長。ルクセッド氏は、あまり柄が良くない方です」
「そうですか」
「ですので、証言に信用が……という方の為に、その日ルクセッド氏を見た人物を、外に用意しております。証人6、ギクス家の使用人コーラ氏。マイン隊画面を合わせろ」
『はい。エリニュス主幹』
画面に現れたのはギクス家の使用人――この場に並んでいる裁判官の一人、その人の邸に仕えている。
「コーラ氏には、あえて宣誓紋を刻んでおりません」
「宣誓紋のない証言は、採用しないとは言いませんが、信憑性は落ちますよ」
ちらりとロテルシト男爵を見ると、安堵の表情を浮かべている。
たしかに貴族で、元機関の長官のおまえが否定したら、そちらのほうが信じられるだろう――いまは、まだ。
「裁判長。ギクス裁判官からコーラ氏へ質問していただきたい。許可をお願いいたします」
名指しされた裁判官のギクスは、すぐに肯き裁判長も許可を出す。
最初の頃の裁判長なら、これに乗ってこなかっただろうが――エリニュスの技巧に圧倒されてきている。
本人は気付いていないだろうが。
「裁判長より、質問を担当することになりましたヒルトハイス・ギクスです。ご存じない方の為に説明いたしますが、裁判官の邸の使用人は、裁判に関することは基本口外できないよう誓約を結んでおります。よって、わたしが許可を出さない限り、コーラは裁判に関する発言はできません。ではファンタズマ氏、何を尋ねれば良いのですか?」
裁判官の家の使用人は、裁判に関することを口外できないよう、かなり強力な誓約を結ぶ。
禁止はかなりの魔力を必要とする――法廷の閉鎖や、使用人が外部に情報を漏らさないようにするために、裁判官になるにはかなりの魔力を必要とする理由の一つだ。
「まずは事件当日の朝について」
「わかりました。コーラ、当日の朝について証言なさい」
ギクス家の使用人コーラは、その日ギクス家の門扉前の掃除を担当していた。コーラは誰よりも早くギクス家の門を開け……たところに、半端に身を隠しながら隣の邸をうかがっている不審者がいた。
声を掛けたら、彼は立ち去った。
「……ああ、不審者がいると報告がありました。ここに提出はできませんが、我が家の業務日誌にもそのような記載があります」
コーラの話を聞きながら裁判官ギクスは、そんなことがあったな……と。
「その人物の顔を覚えていますか、コーラ」
『覚えております』
エリニュスが両手を上げると、オルクスが丸めた大きな黒い布を持ち、その後をルクセッドと同じフードを被った六名がついてきた。
「裁判長。コーラ氏が本当にルクセッド氏の顔を見たのか? しっかりと覚えているかどうかを、ここで確認いたします。証人5-1から6。名前はありません」
「提出があったので、許可いたします」
「それでは。ルクセッド氏と証人5-1から6迄を、この布で覆い隠して、先ほどまで証言台にいたのが誰か分からなくします」
オルクスの部下たちが布を持ち、少し時間をあけて黒い布を取り払う。
七人が横一列に並んだ。
「前日にルクセッド氏に誓約紋を施した職員の方、そして証人2のカバランテス氏。この二人はルクセッド氏の顔をご存じです。コーラ氏が間違ったかそうではないか? の確認は、このお二方にしてもらいます」
カバランテスは本当に聞いていなかったのだろう、少し驚いたようだが、すぐに立ち上がり肯く。
「分かりました。では、どうぞ」
部下たちが証人たちの背後に回り、一斉にフードを取り払う。
そこに現れたのは、背格好に髪型がよく似た七名の男性。全員顔には、誓約紋が入っており、一人ずつ両手で1から7までの番号を持っていた。
”向かって右側から何番目”などという紛らわしいことを避けるため……とエリニュスの案だ。
カバランテスと職員はよそ見をし――自分の視線から「読んだ」と言われるのを避けたようだ。
「コーラ、誰かわかりますか?」
「はい。四番の札を持った人です」
「……裁判長。コーラの証言に間違いはありません。あとはこちらが間違っていないかどうか、です」
「分かりました。それではお二人に聞きます、ルクセッド氏は何番の札を持っていますか?」
二人とも四番と告げた。
「スパルク氏を追って、朝まで貴族街にいたのは事実のようですね」
エリニュスは頭を下げ、オルクスが紛らわしくするためにつれてきた人員に、通路に引き返すように促す。
フードを外したルクセッドが控え席に戻り、
「普通ですと、貴族の邸の使用人から情報を得て、その情報を元に破落戸を見つけ出し、使用人に顔を見てもらい間違いないかを確認してから、その破落戸に証言を求めます。今回は、それが逆だっただけのことですので、証拠としての能力は充分かと」
エリニュスは声高らかに宣言する。
「まあ。機関の元長官なら、この捜査方法を否定しませんよねえ」
うっすらと笑うエリニュスの表情に、獲物を逃がさないという気迫を感じた。




