【06】冒険者ギルド元支配人アビ
元冒険者ギルドの支配人アビと、現冒険者ギルドのゼブンズは、証人控え席から裁判を眺めていた。
「スパルク氏の手帳に載っている、最後の日付で借金を完済した三名は、利子のつきかたから、冒険者であることは、間違いありません。証拠品6、金融ギルドの職種別利子計算表になります」
「たしかにこの利子のつきかたは、冒険者に対するものですね」
「その三名は、冒険者ギルドで冒険者登録をしておりました。そしてスパルク氏の手帳に完済と記録された日付以降、冒険者ギルドを訪れてはおりません」
冒険者が起こした事件で、冒険者ギルドの支配人が呼ばれるのは稀だ。アビはその稀な経験を過去にもしている。
五年前のユセリラルダ侯爵が、次々と貴族の事件を曝いた際に、冒険者も関与していたため、裁判所に呼ばれて証言した。
あれが最後だと思っていたが、
――あの時、裁判所に立つきっかけとなった人物が殺害された事件で、またこうして証人として呼ばれるとは
また証人として呼ばれ、控えている自分に、あの頃よりも現実感がなかった。
「証拠品7、冒険者ギルドの受け付け記録になります」
「日付から見て、借金を返した日以降、仕事は引き受けていないようですね」
「はい。証拠品5の三人の名前の欄外に、最終期日を表す”Φ”が記載されています。そのマークは、これ以上の借金の延滞は許さない。即ち最終期日に支払うことができなければ、強制徴収に移行するという印になります。証人2のカバランテス氏に尋ねて確認なさってください」
「いいえ、大丈夫です。裁判官に専門がいるので、確認が取れました」
「では続けさせていただきます。彼ら三名は借金の支払いは限界に達していました。支払えなかったら、金融ギルドから違法な仕事を振られても断れないところまで。ですがそんな彼らは、最終日に金を手に入れて支払うことができました。支払って自由の身になれたのなら、また冒険者ギルドに顔を出し、仕事を請け負う筈ですが、そんな素振りもない」
アビは彼らが借金に追われていることは知っていた。珍しいことではない。
知っていたとしても、なにかしてやれる訳でもない。
精々、割の良い仕事を回してやって、利子を支払い期日を延ばしてもらうよう交渉しろと教えてやるくらい。
それ以上のことは、自分では出来ないとアビは知っている。
「冒険者ギルドからの仕事を成功させ、報酬で支払ったのではないのですか?」
「その日彼らは任務を失敗しています」
「報酬を手にしていないということですか?」
「はい。証拠品7をもう一度ご覧ください。彼らのパーティーが任務に失敗したと記載されています」
「そのようですね」
「証人3。冒険者ギルドのゼブンズ氏を」
「分かりました」
借金を返して、二度と冒険者ギルドに顔を出さない――大金を入手して、幸せに生きているのならいいが、この場に自分たちが呼ばれたということは、そうではないのだろう……証言台に立ち宣誓を行うゼブンズを、アビは眺める。
「ゼブンズ氏にお尋ねします。彼らはこの依頼を失敗したあと、冒険者ギルドの仕事を引き受けていないのですね」
「はい。調査をさせましたが、カラブリア王国内の冒険者ギルドで、彼らが任務を引き受けた形跡はありませんでした」
「確認できる範囲、すなわち王都で最後に引き受けていた仕事も、失敗に終わったで間違いありませんね」
「はい、そうです」
「冒険者がギルドを通さずに、金を入手できる方法をご存じですか?」
「ないとは言いませんが、それは稀なこと。任務に一度も失敗したことがない黒色冒険者、いまこの場にいるエリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマのような人物でもない限り無理です。依頼を失敗した当日に、それほどの大金を手に入れられるような技能を、彼らは持ち合わせていません。もしも持っていたのなら、冒険者などする必要がないのが証拠です」
「彼らはなんらかの幸運に恵まれ、大金を手にしてスパルク氏に返済することができた、ということでしょうか?」
「幸運か不運かは分かりませんが、大金は手にしたと考えられます。金融ギルドの最終通告は甘くはないので」
ゼブンズはアビの隣に戻ってきて、座ると同時に軽く肩を落とす。
話せば話すほど、調べれば調べるほど、彼らがもう生きてはいないだろうことを自覚させられる。
彼らに対して期待していたわけではないし、逆に困らせられたこともない。冒険者ギルドに登録している、有り触れた冒険者。ただそれだけ――
「盗みや強盗を働いていないことだけが、救いだ」
ゼブンズが本当に小さな声で――
「裁判長。証拠品8をご覧ください。それらは、特に技能を必要としない街中での仕事で得られる日当を表にしたものです」
「到底借金を返済できませんね」
「ですが、借金をその日に返さなければ命が危ない。だから彼らは借金を返すために、冒険者ギルドを通さない依頼に乗った」
「ファンタズマ氏」
「はい」
「では犯人は、彼らの依頼失敗や借金のことを知っている、冒険者ギルドの人が犯人、もしくは協力者になるのではありませんか?」
裁判長の言葉はもっともだ。
「裁判長が仰ることも、一理ありますが、彼らの任務失敗は簡単に知ることができます。証拠品7の受け付け記録ですが、文字は大まかに五種類。これは、九割近くが受付け職員によって記載されているからです。自らこれを記載する冒険者は、ほとんどいない」
「そうでしょうね」
文字が書けるのなら、冒険者よりも危険度が低く稼げる仕事につけるのは常識。文字を書けて冒険者をしている者たちは、高額を稼ぐ。
要するに他の技能も優れているということ。
「彼らは文字を書けないので、冒険者ギルドにて職員に口頭で伝えて、代筆してもらう形式を取っていました」
「そのような形式なのですね」
彼らの失敗報告を受けたのはアビだった。彼らは短時間で大金が入る任務はないかと聞いてきたが、何年冒険者をしていても、最低ランクの黄色級の上にいけないような彼らに、ランクが一つ上の任務を振るなどできなかった。
振ったとして――今と同じ状況になっていただろう。
「文字が書けない場合はこれが最良ですし、冒険者ギルドとしては、任務達成について、もしくは危険な情報などを共有するためには当然のこと。ですが音声になっていることで、他の人たちにも、彼らが迷宮探索を失敗したことが伝わります。その場に職員と彼らだけなら、他者に聞かれることはありませんが、冒険者ギルドが閑散としているということは、ほとんどありません。ちなみに、大法廷宣言から開始までの五日間と、短い期間ですが、冒険者ギルドの報告所の人数を計測したものが証拠品9になります」
「証拠品9確認しました。そうですね、人が途絶えないようですね」
「念のために監視カメラも設置しましたので、あとでご確認ください」
「分かりました。それで他の人に聞かれたことが、この事件とどのような関係があるのですか?」
「彼らは探索に失敗した。それは即ち”稼ぎがなかった”ということ。彼らは稼いだ分だけ使ってしまう者たちだったそうです。要するに彼らはその時、金がなかった。それは周囲の人たちにも伝わった。普通なら金がないなら、すぐに次の依頼を受けますが、彼らは受けずに帰った。その日、彼らは借金を返す約束をしていて、時間も指定されていたからです。時間的に余裕があるのなら、連続で任務を受けたはずです」
「その日の収入がなかったこと、彼ら以外の人も知っていたことは認めます。続けてください、ファンタズマ氏」
「彼らは借金の期日を限界まで延ばしてもらった。これ以上はないところまで。この”これ以上はない”とは、金融ギルドに使われることを指します。借金が支払えないのですから、それも致し方なし。ただし、金融ギルドは冒険者ギルドのように、彼らの実力に見合った仕事を振ってくれるわけではなく、彼らがして欲しい仕事を振る。それは実力など考慮されないので、死亡率も高くなるて……まあ金を返さない彼らが悪いのですが」
「借金のかたとして、金融ギルドに身柄を押さえられたくはないと」
「そうなります。さて借金をした冒険者たちの話をしましたが、金を取り立てるスパルク氏も焦っていました。彼は彼で金を取り立てないと、上から懲罰が加えられる。借金の回収は、彼の任務ですから。機関ですと、任務が達成できなくても、折檻されるようなことはありませんが、金融機関はそれなり」
アビは一瞬にして、現実に引き戻された。
死んだ冒険者たちを憐れに思っていたが、金を回収できなかったら、回収を担当している奴らが、暴力を振るわれることを――忘れていた。
「それなりですか。なるほど」
裁判長が証人控え席のカバランテスを見る――カバランテスはゼブンズの隣に、そしてアビの隣には、目深にフードを被った若い男。
若い男と分かるのは、アビが彼の隣にいるからでしかないが。
裁判所の証人として証言台に立つ人物が、なぜ顔も体も隠しているのか? あまりよろしくない仕事をしている、カバランテスですら顔を明らかにしているのにとアビは思うが、知るすべはない。
「冒険者ギルドで失敗を報告した彼ら。その場にいた者は、彼らの失敗を知りました。その場にいた冒険者数名に確認したところ、彼らは”今日が期日だぞ”などとその場でこぼしたそうです。同じく確認した受け付けは冒険者にはよくあることだと思うと同時に、明日も依頼を求めてギルドを訪れるだろうから、彼らの実力では少々危険だが、割の良い仕事を回してやろうとも考えていました。証人4冒険者ギルドの受け付けアビ氏です」
アビは証言台に立ち、五年前に覚えた宣誓を再び行う。
「ファンタズマ氏の発言は本当ですか」
「はい。良くあることです。借金の期日だと焦りながらギルドをあとにして、それから来なくなることも」
「金融ギルドに身柄を押さえられたということですか?」
「それもありますが、そういう時に、犯罪者から依頼を持ちかけられることも多いのです。またどこからも仕事を依頼されず、強盗に走る輩もおります」
「そうですか。ファンタズマ氏、アビ氏に尋ねることはありますか?」
「はい、あります、裁判長」
「では尋ねてください」
「覚えていたらでいいんだが、その時、室内に依頼人はいなかったか?」
「いました。ただ詳細は覚えてはいません」
冒険者ギルドの窓口には、依頼を受けに来た冒険者、受けた依頼の結果を伝えにくる冒険者、冒険者に依頼を申し込む依頼人がやってくる。
窓口を別けてはいない。
「覚えていなくても大丈夫だ。室内に依頼者がいた。そしてお前は依頼の受け付けをしたか?」
「いいえ」
その日、アビは依頼を受け付けてはいない。
そして――
「証拠品10。その日、冒険者ギルドが受け付けた依頼です。どこにも、高額依頼はありません」
アビは控え席に戻り、
「借金の期日に肩を落とす彼らを見つけた依頼者は、彼らの後を追いスパルク氏ともめているところで、仕事を持ちかけたのです」
ファンタズマの話を聞く。
「仕事とは?」
「間違いなく魔石の収拾でしょう。ユセリラルダ侯爵殺害に使われた魔石の出所です」
「そんな話に乗りますか?」
「魔石なら乗るでしょう。特に難しい依頼ではない……ただし、意図的に少し難しくしたでしょう」
「どういうことですか?」
「彼らにとっての”高額”を支払うのですから、少し難易度を上げたほうが、彼らも納得できるというものです。むしろ、簡単過ぎる依頼で高額を支払うなどと言ったほうが、警戒されます」
「難易度を上げるに関しては、証拠がないのでファンタズマ氏の憶測を多分に含んでいると判断したいところですが、冒険者の心理なら、わたしよりもファンタズマ氏のほうが詳しいでしょうから、一応心にとめておきます」
「ありがとうございます、裁判長。スパルク氏の手帳から、その場で報酬は支払われたのは確実です。これでスパルク氏は折檻を受けずに済み、彼らは先払いしてもらった報酬の対価を手に入れるために、魔石を探しに行く」
「逃げたりはしなかったのですか?」
「魔石を持ってきたら、追加報酬を与えるといえば、依頼品を持って帰ってきますよ。なにせその人物は、実際すでに支払って”くれて”いるのですから、信用はすでにあります」
その手法なら、確実に持って帰ってくるだろうな……とアビが思っていると、隣のカバランテスが溜息を吐き出す。
自分の部下が「そいつ」を金蔓にしようと考えたのが、手に取るように分かってしまったからだ。
「彼らの信用を得るための支払いですか」
「はい。それでは続けさせていただきます。彼らは仕事を引き受け、魔石を持ち帰ってきた」
「ファンタズマ氏」
「はい、なんでしょうか、裁判長」
「先ほど、バベルと名乗った貴方ならばご存じでしょうが、冒険者はギルドを通して仕事を受けるものです。彼らの経歴に目を通しましたが、ギルドの規約は覚えているのではないでしょうか」
「知っているでしょう。ですが、冒険者ギルドを通さないで仕事を受ける者は、大勢います。”バレなければ大丈夫”の精神で。実際冒険者ギルドも、登録冒険者たち全員の行動に目を光らせているわけではありません。物理的に無理ですから。詳しいことは証人3ゼブンズ氏にお尋ねください」
ゼブンズが再び証言台に立ち、裁判長の問いに答える。
「冒険者ギルドの支配人に尋ねます。冒険者ギルドを通さずに仕事を受けるものはいるのですか?」
「おります。目先の報酬につられる者は数知れずです」
「とくに罰則はないのですか?」
「一応はありますが、先ほどファンタズマ氏が説明したとおり、こちらも”もぐり”摘発のために人員を割くほど暇ではありませんので。ただ言えることは、ギルドを通さない依頼者が、まともに報酬を支払ってくれるかどうか? 明確な資料を裁判長にお出しできませんが、経験上、ほとんど碌な事にはなりません」
今回はまともに支払ったのを、目の前で見て信頼してしまったのだろう。
「冒険者ギルドの法について詳しくはないのですが、ギルドを通さずに冒険者に依頼した依頼主に対して、冒険者ギルドはなにか処罰を下すのですか」
「冒険者ギルドとして、判明した場合は、判明から一年間は依頼を受けないことにしています。それも実際はあまり機能していおりません。こちらも、調べるのに手間がかかりすぎるので」
「ありがとうございます。席に戻ってください、ゼブンズ氏。なるほど、冒険者ギルドを通さずに仕事を引き受ける者がいるのですね」
「はい。ただいま冒険者ギルドの支配者が語ってくれた通り、表立って依頼を受けることはできません。ですので、話は人目を避けて持ちかけられ、受ける方も第三者に”金がないから、もぐりで仕事を受ける”なんてことは言えません……まあ、割の良い仕事を他の人にばらすなんてことは、多くの人はしませんが」
「なるほど」
「さて、借金の回収ができたスパルク氏。彼は冒険者ギルドに依頼せず、もぐりで依頼をした何者かに、興味を持ちました。もちろん悪い意味で。”これは強請れるぞ”と考えてしまったのです。要するに金蔓です」
「そのように考えたと、あなたは推測しているのですね、ファンタズマ氏」
「はい。憶測といえば憶測ですが、スパルク氏が所属の金融ギルドに金を納めた証拠は存在します。彼がいきなり慈愛に目覚めて、自腹で彼らの借金を返した……は無理があるかと。ちなみにスパルク氏も、これといった特技はございませんし、死んだ親戚の遺産が……などということも、ありません。スパルク氏の遺産に関しては、裁判所に手続きにきていないので、それも証明できるかと」
「確かに、遺産相続手続きに来ていませんね」
「独り言になりますが、遺産の相続手続きまで請け負って大変ですね、裁判長」
「そんなことを言われたのは、初めてですが……ありがとうございます。続けてください、ファンタズマ氏」
「はい。話はスパルク氏が”金蔓”と言った相手ですが、相手はそれを見越していました」
「なるほど」
「はい。高利貸しの取り立てがいなくなったところで、誰も探しはしないので。それも取り立てをしっかりと終えていたら尚のこと。実際カバランテス氏は探していませんでしたので」
”はい、その通りです”の証言をするためだけに証言台に立ち、すぐに帰ってきたカバランテスは、腰を下ろすと腕を組み目を閉じて眉間に皺を寄せ天を仰いだ。
「スパルク氏は依頼人あとを付けて、相手の邸を確認し、後日強請りにいきます。相手はすぐに邸に入れてくれました。外で騒がれると困るからだとスパルク氏は思ったのでしょう。そして、人の目を気にするのなら、まだまだ強請れるぞ……とも。それが罠だともしらずに。犯人の邸の中に入ってしまったら、外からは分からないのですよ。要するに殺害されても分からないということです」
「強請られることまで計算済みと」
「はい。犯人はそこまでは読んでいたのですが、多くの犯罪が酒場で曝かれていることを失念していました。スパルク氏はまだ強請を成功させていないうちから、酒場で酒という潤滑油と、己の楽観性からべらべらと喋っていたのです。酒場での景気の良い話など、多くの人は聞き流すのですが、たまに興味を持つ人もいます。それが証人5、ルクセッド氏です」




