【05】バビロンにて
バベルの塔近くの広場に突如現れた画面。バベルの塔周辺では、千里眼を使った画面が現れることは珍しくはないので、驚きはあまりなかった。
「あのインチはコスパか」
「インチか。そういえば、今日が裁判というヤツだと言ってたな」
「今日のは特に巨大なインチだな」
「インチなら面白そうだな。攻略じゃなくて見るとするか」
実は千里眼の画面は丸や楕円が多く、四角の場合は正方形がほとんどだ。そんな中でコスパことエリニュスの長方形型千里眼画面は「インチ」と呼ばれ、エリニュス個人を特定される形でもあった。
「インチ」と呼ばれるに至った理由は、エリニュスがそう呼んでいたからに他ならない。
「今日は裁判だからな」
「楽しみだな」
「ヘカーテの雑役の故郷だったか」
裁判について聞いていた、リビティーナーリウスクランのスムマヌスたちが、ぞろぞろとその画面近くに集まってきた。
同じように、オルクスが所属しているウィルトゥースのクランの者たちも、続々と集まってくる。
もちろん、当人の分体たちも――
こういった「裁判」と縁はないが、好奇心の強い面々は、裁判中継を楽しんでいた。
他に楽しんでいたのは、
「画面越しでも分かる、あの魔力」
「なんじゃ、ありゃ。……すっげぇ」
「ヘカーテにも居ないよなあ」
攻撃魔法を得意とする集まるクラン・ヘカーテの者たち。彼らはときどき映るエルトハルトの魔力に、頻りに感心していた。
そして裁判は進み――
「へえー画像の切り貼りなあ」
「脳内映像を出す時にもやるけど、画像を複製して貼り付けたりしないもんな」
「誤魔化すなら、適当な映像差し込むからな」
「それが上手いのは、お前だもんな、コスパ」
「だから気付いたんだよ」
「でも、ヴリコラカスは気づかなかったんだろう」
「千里眼は使えても、得意じゃないからな」
「まあな、全然気づかなかった」
「わたしの勝ちだな!」
自身が別のところで行動しながら、その感想を述べる姿。他者からすると奇怪だが、ここでは驚くものはいない。
出来るかどうか? は別の話だが、
『話が繰り返しているように感じるかも知れませんが、重ねて言わせていただきますが、エルトハルト長官は非常に真面目なもので、犯罪捜査に多大な貢献をしているユセリラルダ侯爵でも、特別扱いしませんでした』
『それは聞いております』
「おっ! なにするつもりだ、コスパ」
画面越しに映る本人の表情から、仕掛けるつもりだと気づいたスムマヌスが尋ねる。
「まあ、見てろって」
『裁判長。証拠品0を開示したいのですが』
『証拠品0ですか? こちらは、証拠品としてのリストにはありませんが』
『はい、ございません。わざとです』
『なぜ事前に提出しなかったのですか?』
『提出できない理由があったからです』
『理由とはなんですか?』
『長官の冤罪を晴らす為です』
『その為の証拠を、最初に提示しなかったのはどうしてですか?』
『忘れていたわけではありません……納得したら、開示許可、いただけますか?』
スムマヌスのように仕掛ける前に気づけなかった彼らだが、
「裁判長! そいつの、その表情は危険だ!」
「完全に”計画通り!”だ」
「エリニュスお得意の”計画通り!”」
明らかな表情に、仕掛けたなと。
エリニュスは無表情タイプではなく、表情に出しておちょくるタイプだった。エリニュス本人は認めていないが。
バビロンでこの裁判を眺めているのは全員エリニュスとオルクスのことを知っているものたちで、彼らも「これは、やるな」と。一人だけ二人について詳しくはない者――彼・パレルソンはカラブリア出身者であり、被害者のことは知っているので裁判を傍聴していた。
「”計画通り!”面! お前、何する気だよ! コスパ!」
「なにするか、知ってるのかオルクス?」
「聞いてない。証拠品0がなんなのか、知らされていない。なに持ち込んだんだよ、コスパ」
「だーれーがーおーしーえーるーかー」
『許可はできませんが、状況によっては許可を出します』
『では事前提出なしの証拠品開示ができるよう、頑張らせていただきます』
『……続けてください』
『はい。まずは、この世に散らばる無数の”俺は違う。俺ならうまくやれる症候群”の解説です』
いきなり話が全く別方向に進んだことに、裁判長は表情には出さなかったが困惑を感じ、彼らはそれを確実に感じ取った。
画面越しの彼らが感じ取れたということは、法廷にいるエリニュスやオルクスも感じ取っているということ。
「裁判長の表情が”なんだ、こいつ”になってるぞ」
「裁判長、それはコスパの常套手段だ。怪訝に思った時点で、あんたの負けだ」
「裁判長と勝負はしないだろ……多分な」
「証拠品0の提出を許したほうが楽だぞ、裁判長」
エリニュスのことを知っている彼らは「いずれ開けることになるんだから、すぐに許可出したほうがいいぞ!」と、画面越しに笑いながら声をかける。もちろん、その声は、裁判長に届くことはない。
もちろん、届かせようと思えば届くが。
『どのような症候群なのか聞かせてもらいましょう』
『事件というのは、わりと些細なことから綻びが見つかります。ただ些細でもなく、綻びというか完全に裂けてるぞソレ、みたいなことも往々にしてあります。裂けている事例として、酒場で悪事を語るが上げられます』
『ああ……雑談として、よく聞きますね』
『はい。もっとも裁判では、酒場で悪事を武勇伝として語っていたのを密告された……とはならず”密告された”でまとめられますので、裁判長の耳に入るときは雑談でしょう』
『そうですね。それで誰かが悪事を酒場で語っていたのですか?』
『悪事というよりは、自慢話ですね。語っていたのは、金融ギルドの取り立て屋のスパルクという男です』
『スパルク氏はどのようなことを酒場で語っていたのですか?』
『良い金蔓ができた、そうです』
『金蔓ですか』
『金蔓というのは、およそ対等な相手に使いません』
『そうですね』
『高額利子を取る金融ギルドの金蔓といえば、娼婦ですが、それは金融ギルドでも上の方。下っ端は金を稼ぐ”商品”を自分のものにすることはできません。そしてスパルクという男は、娼婦の金を回してもらえるような立場ではありませんでした。証人2です』
裁判を傍聴したことのない一人が、
「なんでいきなり、金貸しの回収担当者の話になったんだ」
いま、そんな話してたか? と。
「コスパが持ち出したからだろう」
「裁判長、なんで止めないんだ?」
「そりゃあ、事前に証人申請だしてるからだ」
オルクスが質問に答える。
「へぇ……事前提出しそびれた証拠品0は、よほど”わざと”なんだな」
「コスパが忘れるわけないからな。だよな、コスパ」
「コスパ、言うんじゃねえ」
『証人2のカバランテス氏、貴方は冒険者相手に金を貸している、金融ギルドの支配人なのですね』
『はい。法外な利子と思われるかもしれませんが、彼らは担保を保有していないので、その分多くの利子を科します』
『聞いておりますし、それは正当と判断されているので、わたしからは何も問いません。それでカバランテス氏にお尋ねします、スパルク氏はあなたの部下なのですか』
『部下の一人で間違いありません』
『彼の金蔓に心当たりは?』
『ありません』
『そうですか。ファンタズマ氏、彼に尋ねることはありますか』
『では質問させていただきます。スパルク氏が回収を担当していた相手で、滞納していた人について』
『事前に言われて調べてきましたが、滞納者はいませんでした。ただ、滞納していた冒険者ならいました』
『裁判長。証拠品5をご覧ください。スパルク氏が持っていた、回収者の名前と貸した額と、利子と回収日を記載した手帳ですです』
『確認いたしました』
『その名簿に書き込まれた最終の日付をご確認ください』
『確認しました』
『そこには〇印と×印両方が書き込まれています。カバランテス氏によりますと、それは利子を含めて全額回収完了という印なのだそうです。そして事実、金は納められていました』
『そのようですね』
『その日付を留意してください、裁判長。わたしから、カバランテス氏に対する質問は以上です』
『分かりました。カバランテス氏、証人控え席にお戻りください』
『はい』
「金貸しは分からないが、おそらくスパルクってのは、なにかの弱みを握った」
「その弱みが、この事件に関わるってことか」
「先に教えろよ、コスパ」
「スパルクが死んだ」
「そりゃ、聞かなくても分かる」
「何故死んだと思う?」
「金蔓にたかりにいって、殺されたんだろ」
「金蔓がゆすられる理由は?」
「ゆすりの多くは……なんだ?」
「殺人だよ。まあ、犯人は最初から殺すつもりで接触していた。ちなみに、あいつが犯人」
そう言ってエリニュスは、傍聴席にいる細身の男性老人を指さしてから、画面アップにした。
「弱そうだな」
「弱いな。だから、殺すんだよ」
彼らにとっては見ず知らずの老人だが、ヘカーテクランの雑役パレルソンだは、その人物を見て愕然とした。その人物はパレルソンの兄の前に、調査機関の長官職についていた人物だった。




