【02】
大法廷とは――以前は公開裁判と呼ばれていて、コロッセオのような建物で、多くの観衆が見物する中で行われた「死刑」裁判。
死刑が言い渡されると、その場で腹を空かせた肉食獣が放たれ、死刑囚は食い殺される――控訴も上告もあったもんじゃない、ただ死刑にするためだけの裁判のこと。
ユセリラルダ侯爵の尽力により大法廷と名を変えた今は、死刑裁判ではなく――大体死刑になるクラスの大罪人が、これにかけられるので、この大法廷で裁かれた人は、全員死刑になっているが、生きたまま食われるような刑罰は執り行われない。
そして大法廷も公開裁判も、変わらないことがある。それはこれは裁判が中継される――国内のみならず、興味がある外国にも映像を流すことが可能だ。
王都も至る所に画面が用意され、この裁判の行方を見守ることになる。
そして今回は、全ての国がこの裁判を見守ることにした――カラブリア王国がまた外国人に罪をなすりつけたのではないか? という冷たい視線のもとに。
『面白そうだな』
『こっちでも、見てるぜ』
『国家はなぜ裁判をしたがるのか』
『例の商会で購入した”真実の愛とはなんでしょうか?”読んどいたぞ。意味わからんけど』
脳内に語りかけてくる、一家の奴ら。おそらくオルタナの脳内も蹂躙されているはず。もっと話しかけられろ!
さて、この裁判は観客席もとい傍聴席は、完全に埋まっている。傍聴希望者が多いので、貴族の常識であるお供は、別室待機が義務付けられた。
被告人には付き物の弁護士――この世界では弁護官だが、長官の弁護官はルミルレットーバ筆頭秘書官。
被告人に寄り添うというか、全面的に信用して、無罪を勝ち取るために存在する役職だから、ルミルレットーバ筆頭秘書官ほどふさわしい人はいないだろう。
もっとも、今回は発言しないでもらうけど。
なんで?
いや、かなり変則的に”やる”んで――弁護と検察がずぶずぶなのか? まあずぶずぶと言えばずぶずぶですね! ちなみに検察とは言わず、そのまま調査官と呼ばれますが。
始めての法廷で、始めての予備調査官――調査を楽しみたくて来たので、裁判には立ち会ったことないだ。
裁判まで持っていっているってことは、調査は終わってるってことだから。
それによく考えなくても分かることだけど、バビロンみたいな特殊な地方からやってきた人間に、法廷を任せることはできないからね。
でも、今回任せられるとのこと。任せられるのはいいんですが、もう少し小さな事件法廷で慣れてから、こういう大舞台に立つものでは? 今更言っても仕方ないけど。
ちなみに選ばれた理由は、被害者やなにやらと、利害関係が皆無だから一番説得力があるだろうから……とのこと。それを言われると、返す言葉がない。
オルタナも同じ立場なので、もっとも重要な役割の一つ、裁判所における証拠の保全を担当していた。
「タルコバイル・ディーバスの名において、大法廷を開廷する」
そうこうしていると、裁判長の宣言により裁判が始まった。
被告人席に座っている長官――おそらくまともな食事、いや、一切食事を与えられていないだろうに、全く変わりがない。
あの魔力を所持している長官にとって、兵糧攻めなんて無意味だから、そこは心配していなかった。多分誰も心配してない。
さて、この裁判のメイン捜査官はクアルバーグ参事官。予備のわたしは脇に控えているだけ……今回は、予備は予備で終わらないっぽいけど。
「エルトハルト長官は、ユセリラルダ侯爵殺害犯ではありません」
参事官は長官を見もせずに、国王に向かって「違う!」と語気荒く叫んだ。なんでそんなに喧嘩腰なの? そういうとこ、嫌いじゃないけど。
「この文章の裏を取ったのだろう」
王族席の国王が立ち上がり叫び出す。
法廷で勝手にわめくなよ。
ちらっと長官のほうを見ると、心底あきれたという視線を国王に向けている。そりゃあ、法廷の作法も知らない国王なんて、あきれられて当然だろう。
長官の偉大なるお姉さまとは違うのですよ。ここにいるのは、恥しかない国王なんで。
おまえ、長官の偉大なるお姉さまにお会いしたことあるのかって? ないけど、機関に所属してすぐのころ、うちのギルドのトップ・スムマヌスから「照会あったぞ。めっちゃ怖ぇ」という脳内通信があった。
わりと、リアルな感情も載せて――本当に怖かったようである。あのスムマヌスに恐怖の感情を呼び起こさせるとか、なにものなの? いや、長官のお姉さまだけど。
「裏はとりましたよ。たしかに、ユセリラルダ侯爵が殺害された当日、エルトハルト長官は休みだったので、目撃証言はありません。その日長官が人前に現れたのは、ユセリラルダ侯爵の殺害現場に到着したとき」
わたしが過去を思い出している間に、クアルバーグ参事官が法廷を進めていた――事実を並べているだけでもあるけど。
「この者は飛行魔法を使えるから、映像に映らなかったと書いているではないか」
「国王陛下におきましては、飛行魔法がとても難しい魔法だと勘違いなさっているようですが、この国において飛行魔法を使えるのは、エルトハルト長官だけではありません」
「他にいるというのか!」
「いますよ。それと飛行魔法の痕跡を追える調査官もいます。っとに、視野が狭いうえに思い込みで踊らされるとか、十五年前からなんの進歩もなく、それを国外にさらして……貴族として恥ずかしくて仕方ない」
クアルバーグ参事官が肩を落とす。
それを証人控え席にいる、ヨトラコル伯爵が「おつかれ」といった感じに見つめてる。貴族同士、思うところがあるんだろうな。
「では! 飛べるやつを、この場に連れてこい!」
「黙りなさい」
立ち上がって証拠を見せろと叫ぶ国王に、裁判長が通告を出す。
「だが!」
「法廷で証言できるのは、裁判長であるわたくしが認めたもののみという、法をご存じないのか? この五年で学ばなかったのか? ではお教えしましょう、法廷での証言は裁判長の許可が必要です。そして本日の裁判長はわたし、タルコバイル・ディーバスです。わたしの許可なく発言することは、許されません。理解できましたか?」
言うなあ、裁判長。若いのにしっかりした人だ。
まあ裁判官も、五年前にごそっと逮捕されたから、若い人しかいないんだけど。
「ロゼシア・クアルバーグ。あなたも、発言には注意をしてください」
「申し訳ございません」
「次はありませんよ」
「かしこまりました。ですが失敗しそうなので、機関側は控えのエリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマを出します。許可をお願いします」
これは事前に申請しているので、申し出は簡単に通る。
「任せたぞ、エリニュス」
なんで国王を怒らせてから、バトンタッチするのかなー。
あ、もしかして、侯爵を冷遇していた国王に、一言言いたかった? 一言だけで済んでないけど。
「はい、クアルバーグ参事官。そしてタナトス副参事官、脱出の用意を」
「用意してないから、死ぬ気で頑張れ」
「うわー頑張れって、頑張ってる人に言っちゃ駄目なんですよー。とくにわたしのような、繊細な人間には」
「ほざいてろ」
頭の奥に、笑い声が鳴り響く。
お前ら、笑いすぎだろ。まあいい、では始めるとするか。
「初めまして、裁判長。エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマと申します。名前が長いのでお好きなようにお呼びください、裁判長」
そう言って、証言台に手を置く。
事前申請しているので、台に設置されている制約紋がきらきらと光る。
「本人のようですね。それでは、始めてください、ファンタズマ氏」
え? 裁判長、わたしの呼び名にファンタズマをチョイスしたん?! その呼ばれ方、初めてだ! あ、そっか、カラブリア王国は最後が名字だから、名字を呼んだつもりなんだ。
ファンタズマって、得意とする技の名前でして、それも独自の。いわゆる必殺技…………言葉にすると恥ずかし過ぎるから黙っていよう。
「はい、裁判長」
『ファンタズマ呼びとか』
『黙れ、オルタナ』




