生死の海・対岸のひと【2】
――なんかやったか、俺。最近はなにもしていない、つもりなんだが。迷宮では、いろいろしてるが
長官のエルトハルトから出頭命令が出たオルクスは「叱られるようなことは、人間社会ではしてないよなあ」と、他者が心の声を聞けたら「それ以外では、なにかしているのか?」と言いたくなるようなことを内心で呟きながら、長官室の扉を開けた。
「お呼びと」
「オルクス。リビティーナーリウスが、採用試験を受けにきた」
エルトハルトは労いの言葉ひとつかけず、要件を告げた。
機関の採用試験はどこの国でもだが、いつでも実施しており、受けたいと申し出れば誰でも受けることができる。
「バベル・リビティーナーリウスですか?」
採用試験に年齢制限などもない。
唯一受験資格がないのは、過去に犯罪を犯した人のみ。罪の有無は「真実の羽根」という魔法によって判別されるだけ。
「そうだ。そうでなければ、お前を呼ばないが」
名前に「バベル」がついている者はバベルの塔の中で、顔を合わせている可能性が高い……と、バビロン以外の人間は思っているが、それは半分程度が正解。
バベルの塔を挟んで反対側で生まれていれば、バベルの塔で顔を合わせることもないまま、人生を終えることもある。同じクランに所属していても、北側攻略隊や西側攻略隊などに分かれるし、クランが顔合わせの機会などを作るわけでもない。
バベルの塔はそれほどまでに、巨大だった。
「そうでしたか。バベル・リビティーナーリウスだけでは分からないので、名前をお願いします」
「エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマだ」
「コスパか! あー……それですか。それですかー。それかぁ……”これ”の色違いが首を一周していましたか?」
オルクスが手袋を脱ぎ、掌を二人の前に差し出す。二人が見ていると、掌に円形を中心にして、細い楕円が重なりながら円周を囲っている、赤い模様が現れた。
「その紋様が幾つも並んで、首を一周していた。色は黒かったが、それは所属員だからだろう?」
冒険者は冒険者ギルドに登録し、冒険者印を授かって初めて冒険者という職業についていると認定され、色は冒険者のランクが反映され――冒険者になりたては黄色で、最終的には黒色になる。
クランに属すると、冒険者印の他にクラン印を誓約で刻むのが決まりとなっている。
「はい」
「お前の”それ”は協力関係にあるという証だと聞いたが」
別のクランに所属していても、誓約で別のクランの紋を所有する者もいる。
「協力関係……まあ、そうも言えますか。仕事を頼める引換券が近いかと」
「そうか。それで、エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマについて、知っているのか?」
「はい。バビロンのクラン界隈でも、わりと有名人ですから」
長官の隣にいるルミルレットーバは「ギルドで聞いたとおりだ」と思い出しながら、ウィルトゥースと長官の話を聞く。
「どのように有名なのだ」
「どのように? とは」
「強いとか魔力量が優れているとか」
「純粋な魔力総量は長官に及びませんし、肉弾戦ならわたしの圧勝ですね。うちのクラン所属の冒険者なら、まともにやれば勝てます」
――あいつが正面から来ることはありませんけどね
「出来ないことを聞いているのではない、出来ることを聞いている」
エルトハルトは性格に難はあるが、悪い長官ではない。性質は明るくはないし、陰険ではあるが、人の弱点を欲するようなことはしない。
弱点を責めないのに、何故陰険なのか……それは、明るい性格ではないからに他ならない。暗く口を開かないタイプでもなく――明るさとはかけ離れているし、性格もよろしくないが悪いことはしない。
上官としては適切な判断を取ることもできる。――ただし、本人が魔力の絶対勝者なので「(魔力で)このくらい、どうとでもできるだろ?」となることがあるくらいで。
「そうでした。コスパは調査能力に優れています。睫の一本でもあれば、死亡しているかどうかを、攻略済み階層であれば瞬時に確認できます。それはリビティーナーリウスのクラン長も認めています」
「調査能力について詳しく聞く前に、一つ答えろ。コスパとはなんだ?」
「申し訳ございません。エリニュスの渾名なので、ついつい」
「コスパとは、バベルの塔特有の単語か?」
「いいえ、コスパはエリニュスだけが使う単語です。幼い頃からの口癖というか、魔法の方針というか」
「魔法方針の要約がコスパなのか」
「そうです……ね、おそらく。長官への質問に答えられているかどうか? 自信がないのですが、エリニュスは白骨を土台にして、自分の分身を増やす方法を好むのですが、その際に必要な部分しか復元しないのです」
「復元できないのではないのか?」
「できます。何度も完全体を見たことがあります。ですが、普段は本当に必要な部分だけ……例えばですが、机に座って資料を読む。これを最小限の復元で済ませるとなると、眼球と読んだ情報をコスパ本体に飛ばすための脳の一部、その脳と眼球を繋ぐ神経、白骨を最低限の腱で繋いで椅子に座らせ、頁をめくらせる。骨だけだと資料を捲り辛いから、親指と人差し指だけは皮膚まで再現……こういった感じで、最低限に留めることを自ら”コスパ”と言っていたので、渾名がコスパになりました」
コスパことエリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマの、数ある人生最大の後悔の一つである。
「なぜコスパなのだ」
「本人に聞いてください。コスパことエリニュスは、結構魔法を短縮して、変わった造語を作るので」
「そうか。複合魔法の略称かもしれないな」
「かも知れません……っても、似たような魔法を使うリビティーナーリウス一家でも、解明不能のようですが。ちなみにコスパの他にジタンも口癖だったため”コスパ・ジタン”とも呼ばれています」
コスパ・ジタンことエリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマの、数ある人生最大の後悔の一つである。
「コスパ・ジタンな……なるほど。お前がこのリビティーナーリウスについて、他に知っていることは? お前ならこのリビティーナーリウスの能力についても、知っているだろう」
「他人の能力を他人に語るのは、冒険者としては…………機関の調査官だから、いいか。コスパの天与は占いで、死期を占わせたら百発百中。天与ですので、他も的中はしますが、恋愛占いなどは本人が好まないらしく、ほぼ引き受けません。得意魔法は千里眼。辿れる触媒があれば、攻略されていない場所以外は、どこでも探索可能。リビティーナーリウス一家は、調査探索専門ですから、そういう能力には長けていて当たり前ですが、そのリビティーナーリウス一家が”あれは好きにさせておけ、結果は出してるから”と言う程度には優秀です。バベル・リビティーナーリウスという名で機関の試験を受けたところからも分かるように、クランに属したまま自由を与えられているということです」
クランに属して恩恵を受けている以上、ある程度の責務を負うのは当然。ただ同じクランに属しながら、その他大勢とは比較にならない程の成果を上げてくる者がいる。
そういう者たちは、クランの中でも厚遇され、また自由度も高い。
「お前もそうだな、オルクス」
「ええ、まあ」
「リビティーナーリウスの辿れる触媒とは、先ほどお前が語った”睫一本で死体の場所が分かる”ということか?」
「そうですね。睫一本で魔物に食われたとしても、一年以内なら痕跡があるので”こいつに食われた”と突き止められる能力を持っています」
「流石に一年以上過ぎると、無理なのか」
「痕跡が残ってさえいれば、分かるそうですよ。血肉にはなるが、いずれ違うものと入れ替わるまでなら、追えるとのこと。わたしには分かりませんが”さいぼうのいれかわりそくどがせいぶつによってちがーう”とか言ってました。……まあ、特異な才能の持ち主ですね」
「そうか。だが冒険者相手に使うのはいいが、機関では禁止だな」
――奥の手にはなりそうですが
二人の会話を聞きながら、ルミルレットーバは”さいぼうのいれかわり……”とやらを、証拠として使えるよう、実験を繰り返し理論を確立させたほうがいいのでは? と考える。
「禁止でしょうねえ。あとは死霊とも話せる筈です」
「却下だ」
「そうですよねえ。ですが、それらの能力を除いても、実力はあると思いますよ」
「試験を突破したのだから、それは疑っていない」
「そうでしたか」
「採用して欲しくなさそうだな」
「ええ、まあ。地元での悪行をばらされたら嫌だな……と」
「お前の悪行など、リビティーナーリウスに聞かなくても分かる」
「有名人の辛いところです」
「配属はお前の部下でいいか?」
「あ、それはちょっと。別室配属で調査協力を頼む形でお願いします。直属の上司部下は、一家的にいろいろと」
「どうせお前のことだから、横暴を働くだろうに」
「形式だけでも。ですが能力的には、長官の部下でもやれますよ」
「冒険者は好かん」
「そうでしたか」
「貴族の決まり事を知らず、覚える気持ちもないからな。わたしの部下は、貴族と会うことも多い」
「それを言われると。コスパも覚える気はないでしょうねえ」
「クアルバーグの下につけるか」
「カラブリア貴族ですから、カラブリアのことを教えてくれるでしょう」
「それもそうか」
長官とオルクスの話が一度終わったところで、
「オルクス」
「ルミルレットーバ主席秘書官、どうしました?」
冒険者ギルドで聞いた情報の、裏取りを兼ねてルミルレットーバはオルクスに、地図について尋ねた。
「冒険者ギルドで、リビティーナーリウスは地図を作っていると聞いたのだが」
「はい、コスパは初心者の危険回避の為に、地図を作っていましたね。商品名は”ハザマ”です」
「ハザマ……聞いたことがない単語だが、コスパやジタンと同じようなものか?」
「そのようです。クランでは”コスパのハザマ”と呼ばれていました」
「外国の人間には、初心者用の危険回避に必須な地図とは、到底伝わらない商品名だな」
「いえ、正式な商品名はもう少し……分かり易かったか? ちょっと思い出せませんが、語呂がいいので、方々の一家で”ハザマ”で定着しています」
「売る気があるんだか、ないんだか」
「外国からきた冒険者に、冒険者ギルド側が初心者に様々な保険と一緒に勧めるので、買えないということはないかと。うちでも初心者に尋ねられたら勧めています」
「コスパのハザマか……」
「どうした? ルミルレットーバ」
「親戚の冒険者が、バベルの塔の攻略に向かいたいと言っていたので」
「現地でバビロンの緑級以上の冒険者とパーティーを組むのでなければ、コスパのハザマを購入することをお勧めします。いや、一応購入なされたほうが宜しいかと」
オルクスが退出したのちに、
「あまり言いたがらなかったな」
「やはり、別クランの情報を流すのは、いろいろ制限があるのでしょう」
いつもはもう少し話すのだが、今回は随分と控え目だったな……と、長官とルミルレットーバ主席秘書官は頷き合った。




