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過日の亡霊――転生冒険者と死亡した転生元王女。ただし転生冒険者は現在副業中  作者: 剣崎月
閑話

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10/11

生死の海・対岸のひと【1】

 機関の長官ラッカンネール・エルトハルトは、


「実力的に見て問題はないが、人物照会ができないのが痛いな」


 これ以上ないほどに怪しい経歴を持つ、採用試験合格者書類を前に呟いた。


氏名:エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマ

年齢:17歳

性別:女

出身:バビロン

職歴:冒険者

賞罰:なし


 自筆の身上書を、真実の天秤の片側の皿に乗せ、もう片方の皿に真実の羽根を乗せる。一つでも嘘をついていたら、真実の羽根は皿の上で燃え尽きる。


 彼らの目の前に置かれている天秤は釣り合いが取れたまま――真実の羽根は、中央の羽軸は澄んだまま、その両側の羽枝(うし)もまったく動かない。

 これは書類に一切の間違いがないことを証明するもの。エリニュスが提出した己についての書類は、一つの間違いもない。


 試験の合格基準を超え、真実の天秤において問題がないと証明されることで、普通は採用となるのだが、クランの存在が気になった。


「クランに属しているのが気になる」

「クランの決定かも知れませんからね」

「当人はクランは関係ないと、面接では言っていたが」


 クランに所属している者は、名前にそのクランを入れるのが正式。所属しているのに、クラン名を入れなければ、真実の羽根は燃え尽きた。

 よってエリニュスは確実にクランに在籍している。

 機関は公的機関なので、副業は禁止されているのだが、バビロンのクランは身分をも表す――他の国でいえば、貴族の階級のようなものだと彼らは言う。

 確かに彼らは迷宮都市バビロンにおいて、貴族のような特権階級であり名門である。そこから得られる収入は、貴族の領地収入となんら変わらない……そう言われてしまえば、社会構造上「貴族」を持つ国々は、なにも言うことはできなかった。


「冒険者ギルドの支配人に聞いて来い」

「畏まりました」


 長官の命令を受けた秘書官は、冒険者ギルドの支配人に面会予約を取り、エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマについて尋ねるべく赴いた。


**********


 カラブリア王国の冒険者ギルドの支配人を務めているのはゼブンズ。彼は今だ現役の冒険者だが、ギルドの支配人に選ばれてから、迷宮探索をすることはほぼなくなった。


「機関の長官付きの秘書官が、面会予約をとってやってくる……冒険者の誰かがしでかしたか……」


 冒険者が犯罪をおかすと、支配人のゼブンズに連絡が来る――


「犯罪する前に、冒険者を辞めてくれって、俺も何度も思ったもんだ」


 元冒険者ギルドの支配人で、いまは受け付けを担当しているアビは、ゼブンズの背中を強めに叩きながら励ます。


「本当になあ。悪事を働くなら、迷宮内でしてくれって、何度も思うな」


 冒険者が迷宮内で行った犯罪は、冒険者ギルドが裁くことになっている。迷宮内での犯罪行為の調査は、外の世界とは違う技能が必要なためだ。


「ああ。本当にな」


 そんな話をしていると、長官付きの秘書官がやって来たと連絡を受け、彼らは出迎えた。


「お久しぶりです、ルミルレットーバ主席秘書官」

「邪魔する、ゼブンズ支配人」


 挨拶を交わした二人はソファに腰を下ろし、


「エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマについて聞きたいのだが」


 秘書官は単刀直入に、訪問理由である人物照会を行った。


「エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマ……ですか? 知っている……とは?」

「能力や人となりについて、知っていたら教えて欲しい」


 エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマ


 世界最大の迷宮・バベルの塔を拠点とするクランの一つ、リビティーナーリウスに属している黒色冒険者。


「少々お待ちください。なぜ機関の長官付き秘書官の貴方が、バベル・リビティーナーリウスについてお聞きに?」

「機関採用試験を受けに来た。試験は合格だが、人となりが分からない。通常であれば、出身国に照会する。バビロン出身者冒険者の人物照会は、冒険者ギルドに照会するのが基本だからだ」


 ”そう”言われてしまえば”そう”なのだが――ゼブンズは、同じく機関に所属しているバベル・ウィルトゥースについて聞かれたであろう、前任の支配人アビに視線を向ける。

 もちろんアビから、助言などはなかったが。


「機関の採用試験を受けたのですか。そうですか……わたしは、バベル・リビティーナーリウスについては、ギルドの支配人として一通りのことしか知りません。あと、個人について知っていても、話すことはできません」

「話せない?」

「はい。冒険者ギルドとクランは、持ちつ持たれつ。リビティーナーリウスとも誓約を結んでいまして。この誓約のなかに、第三者に一家の情報を漏らさないという条項があるのです」


一家(クラン)の情報ではなく、エリニュス個人なのだが」

「エリニュス・ファンタズマの個人情報は、一家(クラン)の情報になるかと」

「そうなのか……故国で同じように採用したバビロンの一家(クラン)の者は、冒険者ギルドが答えてくれたが」

「名前を聞いてもよろしいですか?」

「ああ。ヘカーテの――」


 名前を聞いたゼブンズは、


「それは無名だからです」


 それは契約に引っかからないのだと。


「無名?」

「バベル・何々と名乗っていても、一家(クラン)への貢献度やなにやらで、扱いが随分と違うので。ルミルレットーバ首席秘書官が以前会った方が一般的です。エリニュスやオルクスは、種類が違います」

「大物ということか?」

「彼らは一家(クラン)の秘密を知っているそうです。一家(クラン)の秘密がどのようなものかは知りませんが」

「中枢にいる者とそうではない者ということか」

「解釈としては、それが正しいと」

「そういった誓約を結んでいるので、話すことはできない……ということか」


 ゼブンズもある程度は知っているが、どこまで話していいのか分からない。話して機密を漏らしてしまい――自分だけが死ぬのならばまだしも、大事になってしまっては責任など取れない。


「はい。もちろん、当人から”話してもいい”と許可が出れば語れますが……採用前の調査ですものね」

「いや、採用は確定している。あのオルクスも、色々あるが有能なので、才能は心配していないのだ。だが採用までの間、調べられるだけ調べたいと、エルトハルトさまが希望なさっている」

「ま、まあ……分かります。バビロンの一家(クラン)から来た人間なんて、不安になって当然です」


 機関が詳しく調べたいという気持ちは、前支配人のアビにも分かるし、支配人時代にバビロンのクランの一流とされる男の調査を、死ぬ思いでしたことも思い出し、少しだけ眩暈を覚えた。


「こちらに控えているのは、前の支配人のアビと言いまして」


 実はアビ、ユセリラルダ侯爵が貴族の罪を曝いた余波で――冒険者が関係していた事案が、何件もあった――責任を取って支配人を辞して、ゼブンズに引き継いでもらったのだ。


「支配人を降りたものは、誓約は解除されるので、いくつか情報を提供することはできます」

「そうか……では、語れる範囲でいいので、教えてもらえるか、アビとやら」

「分かりました。エリニュス・バベル・リビティーナーリウス・ファンタズマですね……たしか、バベルの塔の地図を作っている変わり者ですね」


 クランはどこの国にも存在するが、バビロンのクランはそれとは比較にならないほど多くの団員を抱えている。

 バビロン以外のクランは、他国でも仕事がしやすくなるようにと、所属員の名簿を配るが、バビロンのクランは名簿を作って公開するようなことはしていないため、冒険者ギルドの支配人であっても、全員のことを覚えているわけではない。

 よほど特徴でもない限り――オルクスやエリニュスは目立つ側の構成員なので、アビも答えることができた。


「バベルの塔の地図は、どのクランでも作っているのではないのか?」

「たしかにどのクランでも作っていますが、エリニュスは独自に作成した地図を、黄色冒険者に売っているのです」


 黄色冒険者というのは、冒険者になりたてを指す。そこから紫色、緑色、青色、赤色、黒色となる。

 冒険者の色はギルドで「冒険者の誓約」を立て、一般的に利き腕の手首の内側に誓約紋を刻む。

 冒険者紋の色は、当然最初は黄色で、ギルドで任務を引き受ける際に「誓約」をし、成功すると報酬とともに、誓約遂行が紋に刻まれ――ある一定の基準に達すると、色が変わる仕組みになっている。

 任務の達成は世界中どこでも同じなので、バビロン以外で産まれ育ち、そこで冒険者をしてい者たちは、達成度が低いため緑色冒険者が限界である。

 対して最初にバベルの塔に入るバビロン生まれたちは、三階層に到達できれば緑色になる。そのくらい、他の迷宮と難易度が違うとも言える。


「…………故国で小耳に挟んだことがある。黄色冒険者たち向けに、危険な箇所や安全地帯を一階層(ワンフロア)ずつ記した地図があると。てっきり、冒険者ギルドが製作して売っているのかと思ったら、リビティーナーリウスなのか」

「バビロンの冒険者ギルドでも売っていますが、それは五十階層以上で、それよりも下の階層は売っていません。エリニュスが作ったのは危険を知らせるための地図で、おおよそ迷宮の地図とは思えない作りですが、買った初心者の帰還率は十割という、完璧な地図として知られています」

「リビティーナーリウスは、救助や死体回収を得意としている一家(クラン)だと聞いたが、そんな地図を売ろうものならば、収益が下がるのでは?」


 クランというのは慈善団体ではなく営利団体。もちろん迷宮踏破という、夢や浪漫を追い求める者たちの集まりではあるが、それには資金が必要だということを、なによりも理解している集団であることは、ルミルレットーバも知っている。


「その辺りは分かりませんが、エリニュスがその分を補填した……とかではないでしょうか? 地図は二十階層まで。リビティーナーリウスからすると、その辺りに行く冒険者との契約による収益は、微々たるものでしょう……正確なところは外部の私には分かりかねますが」


 だが同時に低階層攻略の冒険者たちから支払われる料金など、慈善事業程度でしかないと言われたら、そうだろうな……と、以前リビティーナーリウスとは別のクランと契約した時のことを、ルミルレットーバは思い出し納得した。


「そういう見方もできるな」

「詳しいことを聞きたいのでしたら、オルクス副参事官がいいかと」

「別のクランだが、なにか知っているのか?」

「知っている筈ですし、オルクス副参事官ならわたしたちよりも、誓約は緩いかと」

「そうか。ところでエリニュスは採用後に、冒険者ギルドからの依頼を引き受けさせようとエルトハルトさまはお考えだ。どのような事件を任せたらよいかも、オルクスに聞いたほうがいいか?」

「仰る通り、オルクス副参事官が詳しいでしょう……ですが、引き受けてくれないと思います」

「どうしてだ?」

「カラブリアの料金設定では、安すぎるので」


 冒険者ギルドの料金設定は、各国共通ではない。バビロン以外は大体似たようなものだが、バビロンは料金設定は桁が違う。


「そのあたりは、機関に所属しているのだから、飲み込ませる」

「あ、そうですか」

「故国で、バビロンの一家(クラン)に依頼を出したことはあったが、たしかに高額だったな……指名料などは入っていなかったが」


 金持ちは地元の冒険者ギルドではなく、バビロンのクランに発注するということもある。


「エリニュスは指名料が必要な一人ですね。指名といっても、基本分体ですので。本人は指名したところで、言うこと聞かないというか……」

「好き勝手に他の国の機関に就職したりするものな」

「それは、かなり珍しいのですが」

「この国はそれが二名もだぞ……オルクスも指名料はかかるか?」

「もちろん。ヨトラコル伯爵は分体への指名料しか払っていません。それなのに本人が来て、ご本人が一番驚いていました」


――ヨトラコル伯爵が竜喰い(オルクス)を引き抜いちまった時は、苦労したな。ヨトラコル伯爵も、まさか竜喰い(オルクス)の本体が現れるとは、思ってなかったしな


「そういえば、あいつは何故、カラブリアに来た。いや、なぜヨトラコル伯爵はあいつを雇おうとしたのだ」

「竜が出る気配があったそうです」


 カラブリア王国が興ったのは今から三百年ほど前で、それより前には別の国があった。その国は、突如飛来した竜によって破壊された。

 当時の国民はほとんど死んでしまったが、ごく僅かに生き延びた者たちが、他所の国へと落ち延びて、竜の襲来と滅亡を伝えた。

 竜に襲われた大地は、全ての生き物が死に絶えただけではなく、大地も水も朽ちたが――二百年ほどして、若葉が芽吹き、水草が生き物を育む川が戻り、人々が移り住むようになり、程なくしてカラブリア王国が興った。


 その頃には以前の国について、ほとんど記録は残っていなかったが、竜に襲われ朽ちたことだけは、彼らが逃げ込んだ国でも、記録として残していたこともあり、移り住んだ者たちは、竜に対しての対処に心を砕いた。


「ヨトラコル伯爵家は、竜狩り部隊を率いる一門だったな」


――前の機関長官がオルクスを招聘したのは、その為か


 バビロンで「竜喰い」の異称を持ちながら、カラブリア王国機関の副参事官を務めている男の、整った顔を思い浮かべる。


「はい。それで、不安を覚えたので国に申し出て、竜を狩るのが得意な人物を雇った……ら、なぜか本人がきた挙句、当時ヨトラコル伯爵が長官を務めていた、調査機関の調査官になり……という経緯です」


 ゼブンズはアビから聞いた話を、ルミルレットーバに伝える。


「ヨトラコル伯爵自身は悪くはないが、不運というか、周囲が愚かしいというか、逆に強運の持ち主というべきなのか。ちなみに、エリニュスは竜討伐は無理か」


 エリニュスが属しているリビティーナーリウスというクランは、戦闘に特化しているわけではない。


「倒せると思いますよ。かなり変わった人らしいので」

「変わっていると、倒せるのか?」

「強いというよりは、変わっているという評価ですね。ただ強いには強いはずです、なにせ――」


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