【01】
ボイスレコーダ、監視カメラ、指紋採取方法、アナフィラキシーショック、スマートフォン、ネットショッピング、フレックスタイム――
特別変わった言葉ではない。魔法のない世界であれば、もしくは「前世」なら。
「エリニュス主幹、おはようございます」
「おはよう。今日の予定は」
「エリニュスちゃんは、巡回よ」
「よっしゃ! 巡回大好き! 毎日巡回でいい! 巡回は全部わたしに回せ!」
機関に出勤して第四室の秘書官に、本日のわたしの予定を聞いて、テンションが上がった。
既に出勤していた、第四室の他の所員たちが、わたしのことを「いつものやつ」といった生温い目で見ているが、わたしは気にしない。気にもならない。
「エリニュス主幹は本当に巡回が好きですね」
秘書官の机に乗っている出席簿にサインをして、いま通り抜けたドアへと引き返すと、同僚の一人に声を掛けられた。
「まあね。何度も言っているけれど、わたしは太陽の下を歩きたくて故郷から出てきたくらいだから。今日は天気もよくて最高だ」
ちなみにわたしは、夜勤も大歓迎。
故郷は星すら見ることができないようなところで……ほんと、太陽と星空を見たくて故郷から出てきたようなもんだから。
「そのまま直帰していい? 報告書は家で書いて持ってくるから」
「自宅で残業は、いまは禁止されてるから駄目よ」
うーん、働き方改革が徹底されてる。昔は出来たらしいんだけど。
「じゃあ業務時間内に帰宅して、職務時間内に書き上げるってのは?」
「もうエリニュスちゃんたらぁ。そういう悪い子にはお仕置きよ」
「はいはい。面倒だけど、就業時間内に書類を上げられるように時間逆算して、帰ってきます」
そして第四室のドアを閉めて、わたしは機関の建物を小走りで抜けて、出口付近で機関のNo.2クアルバーグ参事官と鉢合わせした。
「エリニュス、どこへ行く」
浮かれてたら、クアルバーグ参事官に捕捉された。
「本日は終日巡回です。散歩ついでに、異常がないかどうかも見て来ますんで」
「逆だろうが。思っていても、口に出すな」
「間違えました。失礼しまーす。職務に邁進してきます」
この機関、トップが真面目揃いで、正面玄関で遭遇したNo.2の参事官や、No.1の長官は重役出勤してこない。
真面目で普通に勤務開始時間前にやってくる。
精々遅れてくるのはNo.3の副参事官くらいのもの。それだって、出勤前に仕事をして……と言っているが、あいつのことだ、多分ろくなことしてない。
「あー良い天気。青空が綺麗だ」
あいつはどうでもいいとして、今日は良い天気だ。この王国、カラブリアは一年を通じて天気がいいと知って、わたしはここに移住することに決めた。
わたしの故郷は天気が悪いのか? 天気が悪い以前なのだ。空がないんだよ。地下に住んでいるわけじゃない。地上に住んではいるが、空が見えんのよ。
わたしが住んでいるところは、空が見えない。産まれた時から”そこ”に住んでいたら、夜空に星がなくとも違和感は覚えない。
わたしも、前世の記憶さえ取り戻さなければ、違和感はなかったから、そのまま地元で生きていた。
だがどうしても、綺麗な夜空を見たくて、故郷から出てきた。
ただ空を見るだけなら、カラブリア王国じゃなくてもよかった――もちろん、カラブリア王国は気候がいいけど。
カラブリア王国を選んだのには、もう一つ理由がある。
前世の記憶を持った人間、すなわち転生者がいそうな国なので、カラブリア王国に移住することに決めたんだ。
もちろん確証はない。
わたしが勝手に、前世を同じくしているだろうと考えているのは、ユセリラルダ侯爵。
このカラブリア王国の元王女で、現在は臣籍降下して侯爵。
わたしの予想では、悪役令嬢モノの悪役令嬢側。プラスとしてドアマット姉。
実際このユセリラルダ侯爵は家族に冷遇されていて、婚約者を妹王女に取られてしまった。
そして王位も腹違いの妹王女に――もともと彼女を冷遇していた父親である王は、これ幸いにと侯爵位を与えて臣籍に下らせた。
冷遇されていた理由は、ユセリラルダ侯爵は魔力が極端に低く、出来損ないと言われていた……が! 幼い頃から才能を発揮して、ありとあらゆる改革に手を出し、そのほとんどを大成功させ――悪役令嬢ものによくある「前世の記憶を取り戻し、破滅する未来を回避すべく、前世の知識で幼少期から商会を立ち上げて」を行って、臣籍に下った頃には、一財産を築き上げていた。
それを知らずに「親子の縁を切る!」で追いだした無能な国王と、腹違いの妹と、後妻の王妃に、元婚約者やその他大勢。
彼らは後で後悔するのだが、同じくらい後悔したのはカラブリアの貴族たち。
このユセリラルダ侯爵、商会を作って画期的な新商品を、次々と売り出すだけに留まらず、過去の冤罪事件を次々と見つけ出し、真犯人を挙げていった。
その冤罪を晴らすための、捜査技法をこれまた”次々”と――血液がどの高さから垂直に垂れたら、どのくらいの大きさになるか? や、防御創とか吉川線とか(もちろんこの世界では吉川線ではなく、ユセリラルダ線だ)に、指紋の採取と見極め方や、傷の生活反応のあるなしなど。
前世でミステリー特集なんかで見たことあるなーという技術が、わたしが物心ついたときには既にまとめられ、本として出版されていた。
本好きなわたしは、その本を読んでいる最中に「あーはいはい、あの保険金殺人の犯人がやったやつね……え?」そんな流れで記憶を取り戻した。
そのお陰というか、そのせいで……というか、星空が見えない故郷を出たくなったわけだが。
ユセリラルダ侯爵の功績とか発明とかを見る分に、彼女はかなり幼い頃から記憶を取り戻していた感がある。
ちなみに彼女はわたしの十三歳年上の三十三歳。
冤罪事件関連にかかわり始めたのは約二十年前で、本は十六年前に出版。商会なんかはその前から――絶対前世の記憶あるよね。
なくてもいいけどさ。
他に彼女が記憶を持った転生者だと思った、たくさんある理由の一つは、腹違いで両親に溺愛されている、婚約者奪った妹王女がピンクブロンドだから。
身分低めなピンクブロンドはいくらでも疑っていいという鉄則が、一部小説業界ではあるからね。
妹王女のほうが身分が低いの?
この国の貴族でもなければ、前世も今世も貴族がいない世界で生きてきたわたしは、身分について疎い……というか興味はないが、妹王女の血筋は劣るらしい。
二番目の正妃になった人が、元は子爵令嬢で、国王の昔からの愛人で、妹王女の生母だから。
ユセリラルダ侯爵の生母は、政略結婚で愛がなくて、ユセリラルダ侯爵の容姿はきつめで、冷たい印象を受ける表情にスレンダーという、悪役令嬢の基本造型を踏襲している。
わたしは彼女を遠くからしか見たことないけどね。
他に転生者だと疑った……というか、転生者かな? と思ったのは、ユセリラルダ侯爵が開発した、この世界では存在しなかった商品の数々から。
代表としては化粧水や乳液などの美容品。世の中に美容品なかったのか? なかったんだな、これが。
魔力で若さを保つことができる世界なので、魔力がほとんどないユセリラルダ侯爵は、年相応に老けている……わけではない。
天才発明家は、美容にもその才能を存分に生かして、世界初の美容品を売り出した。
魔力がないやつは、そのまま――魔力がないと、稼げる仕事に就けないし、出世しないので、その日暮らしになり、美容に金も気も使っていられない。
なので美容品なんてなかったのだが、ユセリラルダ侯爵は安価で効果があり、安全な化粧水や乳液やクリームを売り出して、これまた儲けている。
わたしは魔力で適当に処理できるから、買ったことはないけれど、魔力が少ない知人は「効果がある」と言っていた。
こんな前世の記憶あるだろ? なユセリラルダ侯爵。そんな彼女に震え上がることになったカラブリア貴族たち。
理由はユセリラルダ侯爵がこの国の貴族の九割が関わっていた法を犯す事件を、曝き裁きまで持っていってしまった。
もちろんこの国の貴族の九割が関係している犯罪なので、通常なら裁けるはずもないのだが、ユセリラルダ侯爵は他の国を巻き込み、カラブリア貴族たちに裁きを受けさせた。
そしていまも、彼女は貧困問題と内政改革と、犯罪捜査の技術革新に勤しんでいる。
彼女は貴族街に邸を構えず、庶民が集まる区画に住居を構えた。
商会で一財産稼いでいるので、敷地は広め――そこに邸の他に工房を構えている。邸は人通りが少ない場所なので、商会の本店は少し離れたところにあって、わたしも何度か足を運んだことがある。
さすが本店だけあって、品揃えも豊富だ。
彼女の邸の話に戻るが、邸にはシンボルがある。巨大な風車。庭に三基も備わっている。
風車を何に使っているのかは知らないが、きっと魔力のない使用人や職人のためになると思われる。
前世は魔力も魔法もない世界の人間で、今世は魔力が潤沢な側の人間として産まれてきたわたしは、そういう発明や用途は全く思い当たらない。
きっとなんかしてるんだろ、風車。
公園で仰向けになりながら、空を眺め――巡回はどうした? 空に異常がないかどうかを、目視で確認してるんだ。
竜が襲ってきたら、困るだろ? この世界には竜いるんだ。襲って来たらどうするんだ?
そりゃ倒すけど。
倒せるのか?
これでも一応、前職……いや現職だけど、俗に言うS級冒険者なんで。S級冒険者は、一国の軍よりも強いとかなんとかという物語のセオリー通り強い……と言いたいところだが、わたしは戦闘をメインにしていないので、強いかどうかは分からない。。
オルタナは確実に強い。というか、あいつが所属しているウィルトゥースは戦闘に長けたやつばかりだから、大体が「一国の軍」より強いと思うよ。
ちなみにこの世界では、最高ランクの冒険者のことはS級ではなく黒色って言う。
『エリニュス、二十三階層の行方不明。死体なら回収で』
『何人だ?』
『五人』
『分かった』
青空と流れる白い雲を眺めて過ごしていると、昼になったので起き上がり、大通りの値段設定高めのカフェへ。




