9.前を向かせてくれる言葉
幼い頃のレベッカは、人の前に立ってハキハキとしゃべれるような性格ではなかった。そんな彼女の意識を変えた出来事を、レベッカはよく覚えている。
魔力を持った人間は赤い瞳を持って生まれ、その赤色が濃ければ濃いほどに高い魔力を宿していると言われている。魔力持ちはそう多くいないため、魔力の高い子供は必ず魔法使いや魔女に弟子入りし、国に尽くす義務が課せられている。そのため、ルビーのように深く赤い瞳を持って生まれたレベッカは、物心つく前から王城つきの魔女に弟子入りすることが決まっていた。
「魔女様はもうご高齢だから、レベッカ様にはできるだけ早く王城に……」
「ですがレベッカはまだ幼いんです。もう少し時間をください」
王の使いと両親が言い争っていたのは、レベッカが九歳のときのことである。さすがに両親の訴えがもっともだと思ったのだろう。まずはレベッカを王城という場所自体に馴染ませようという話になった。
そうして招かれたのが、王妃主催の王族や貴族令嬢たちを集めたお茶会だった。花が綺麗に咲き誇る季節のガーデンパーティーだ。他の令嬢たちは楽しそうにしていたが、レベッカだけは浮かない顔である。
(お城になんかきたくなかったのに……)
よそゆきのドレスに身を包んだレベッカは、スカートをぎゅうっと握りしめて俯いていた。今回は子供たちが主役のお茶会だから、大人はほとんどいない。伯爵家の娘だが、彼女は今までできるだけ人の多いところを避けてきたから、ほとんど知り合いもいないのだ。それも無理もないだろう。
「まあ、見て。赤い目よ。気持ち悪い」
「魔女なんでしょう?」
「身分が低いのにこんなところに来て、何様かしら?」
くすくすと笑いさざめきながら、どこぞの令嬢たちがレベッカを笑っている。
珍しいものというのは畏怖の対象にもなるし、つまはじきの対象にもなる。この国では古来より迫害されることの方が多かった。だからこそ、王城つきの魔女には、一代限りではあるものの公爵位まで与えられ、大切に保護しているのだろう。
だが、そうして魔女を保護していても、ただの魔力持ちへの偏見は強かった。もしレベッカの身分が高かったなら違っただろうが、伯爵家以上の家門ばかりが呼ばれているこの場で、伯爵令嬢のレベッカの立場は弱い。必然、身分も加わって蔑まれる状況に追いこまれた。
家族は偏見などなく温かく接してくれるが、家の外の世界はレベッカにとって厳しいものだ。特に年ごろの令嬢たちはこうやってレベッカのことをあからさまに見下すから、貴族が集まる場にくるのは苦手だった。俯いているから余計に暗く見えるのだろう。
「見て、泣き出した」
「やだぁ」
(もうやだ……!)
王城になど絶対に住みたくない。魔女に弟子入りするということは、両親の元を離れて王城で住みこみで薬作りを学ぶということだ。将来的には公爵になるから必然的により厳しい淑女教育も課せられることになる。家族のいない場所でこんな想いをしながら過ごすなんて耐えられるわけがない。
レベッカは令嬢の声をさけて、庭園の中を夢中で走って逃げた。そうしてたどり着いたのは薔薇園である。
「わ……」
真っ赤なものからピンク、紫のものまでグラデーションになるように植えられた薔薇園は見事なものだ。
「きれい……」
さっきまでふさぎこんで泣いていたのも忘れて、レベッカはつい感嘆の声を上げる。
「そうでしょう? ふふ、君、足がはやいね」
「きゃっ!?」
誰かがいるなんて思っていなかったレベッカが驚いて振り向くと、そこには銀髪の少年がいた。こんな少年は、さっきの会場にはいなかったはずだ。おまけにずいぶん美しい顔立ちの少年である。あまりにも驚きすぎて、レベッカの涙は止まってくれた。
(どうしてここに?)
「サンルームから見てたんだけどね。泣いてる子がどこかに行くんだもの。ついてきちゃった」
彼女の疑問は、ありありと顔に出ていたのだろう。少年はレベッカが質問するよりも先に教えてくれる。どうやらお茶会のメイン会場近くから隔離されたサンルームに彼はいたらしい。道理でレベッカが見覚えがないわけだ。
「どうして泣いていたの?」
「……瞳の色が気持ち悪いって、言われて……」
自分で言いながら胸を痛めたレベッカはまたも俯きがちになる。光を浴びていれば透けて紫色になる美しい彼女の髪は、俯いて影を帯びると黒々として余計に陰鬱に映る。赤い瞳とあいまって、それが余計にいやだった。
「瞳の色?」
ぱっと少年が顔をのぞきこんできた刹那、紫の瞳を瞬かせた。
「や……っ」
「そんなにきれいなのに?」
ぎゅっと目を瞑ったレベッカの耳に、そんな声が届いた。
「……え……」
おそるおそる瞼を開いて顔をあげると、少年がきらきらと目を輝かせてレベッカをまっすぐに見つめてくる。
「宝石のルビーを見たことある? 君の瞳は宝石みたいだね。ここの薔薇、僕のお気に入りなんだ。特にこの赤いの。すごくきれいでしょう? でも君の瞳はこの薔薇よりももっときれいだ」
まっすぐな賞賛にぼっと顔が熱くなって、ぱっと目をそらす。ふふっと笑った少年は薔薇に近づいて手を伸ばす。
「君はとてもきれいだよ。そんなやつらの言葉なんて気にしなくていい」
「でも……」
「まあっこんなところにいらしたのね!」
言い淀んだレベッカの言葉を遮ったのは、少女の声である。振り返れば令嬢たちが数人、薔薇園へと歩いてくるところだった。その中でも中央に陣取っているのは、黒髪の少女だ。
「やだ! 魔力持ちと一緒になんて! 汚らわしい!」
大きな声で言われたせいで、レベッカはさっと目をそらす。彼女に続いて口々に罵られる。
「そういうことを言うのは」
「なんとか言ったらどうなの!? 殿下から離れなさいよ!」
少年がとりなすよりも前に、令嬢が腕を伸ばしてきて肩をつかむ。
「あっ」
「きゃあっ!」
ぐわんっと視界が揺らいだのは一瞬のことだった。レベッカは勢いよくひっぱられて、少年の傍から引き離される。その勢いがよくなかったのだろう。レベッカの身体はバランスを崩して、令嬢の一人にぶつかった。二人まとめて転んで尻餅をついてしまった。
「……い、たた……」
「やだ、なにしてるの、どんくさいわね」
レベッカを転ばせた本人が、一緒に地面にうずくまった地面に冷たい視線を向ける。だが、レベッカにはそんな言葉は耳に入ってこなかった。
「大丈夫!?」
レベッカは慌ててがばっと起きて、一緒に転んだ令嬢を助け起こす。巻きこまれて転んだ赤髪の令嬢はずいぶん痛かったらしく、呻いて泣き始めた。どうやら手をついたときに擦りむいたようだ。
「大変、血が出てる」
ハンカチを取り出したレベッカは赤髪の令嬢の血をさっとぬぐってやる。この赤髪の令嬢も、ついさっきレベッカの悪口を言っていたのに。
「これを使うといい。大丈夫?」
少年も駆け寄り、差し出したハンカチで手の傷を巻いて保護する。
「大人のところに連れていかないと」
「僕も行こう」
レベッカが令嬢を支えて立とうとしたところに、少年も手伝って二人して令嬢を支えた。
「なによ……なによ、なんなのよ! バカじゃないの!」
黒髪の令嬢を無視しての行動に、憤慨した声が後ろから聞こえていたが、レベッカはそれどころではない。さっき傷ついたことも忘れて、令嬢の怪我ばかりで頭がいっぱいだった。
そうして少年と共に大人たちのいるところに赤髪の令嬢を連れていき、引き渡した。
「よかった……あんまりひどい怪我じゃなくて」
ほっと息を吐いたレベッカに対し、少年がふっと笑った。
「やっぱり君はきれいだね」
「えっ」
「自分だって血が出てるのに」
ハンカチを出そうとした彼は、さっき使ったことを思い出したらしい。クラバットを解いてレベッカの手に巻いてくれた。
「全然気づかなかった……ありがとう」
またも頬を赤らめたレベッカに、少年は目を細める。彼はレベッカの手を握ったままだ。
「自分の悪口を言った相手を助けるなんて、そうそうできることじゃない」
「怪我をしてたら誰だって助けるでしょう……?」
「……そうでもないよ。それを当たり前にできる君は、すごくきれいだ。自分のことをないがしろにするのは、少し心配だけれどね。だから、誰がなんと言おうと、君が君であることを恥じる必要はない。わかるね?」
さっきは慰めで言ってるのだろうと思ったが、今度は素直に受けとめられる。ほんのり胸が暖かくなって、レベッカははにかんだ。
「うん……ありがとう」
「……君は笑ったほうが可愛いね」
「えっ!? あ、ありがとう……」
きれいとかわいい。両方を言われていよいよレベッカの顔が熱くて仕方ない。そうとしか言えなくて、レベッカはそわそわとした。握られたままの手が照れくさくて、身体の奥が熱くなったように感じ、ぎゅっと目を閉じる。
「あっあなたのお願いごとがかないますように!」
熱がはじけるようだ。ついそう叫んだレベッカに、少年はぱちぱちと瞬きをする。
「なんだいそれ?」
レベッカの頬がさらにかあっと熱くなった。
「っごめんなさい、う、嬉しくて……! 嬉しかったときに私の家族でよくやるおまじないなの……!」
「ふふ、そうなんだ? ありがとう。君のお願いごともかないますように」
クラバットを巻かれた手に、唇が落とされる。まるでおとぎ話の王子様のような仕草に、もうレベッカは爆発寸前である。これ以上はキャパオーバーだ。次に何かを言おうとしたときには、メイドが数人近づいてきているところだった。
「ああ、お迎えが来ちゃった。僕は行くね。そうだ、君の名前は?」
「れ、レベッカよ!」
「そう、僕はサイラス。また会おうね」
微笑んだ彼は、手を振ってメイドたちのほうへと歩いていく。
「サイラス……王太子、殿下?」
ずっと誰なのかを知らずに無礼な態度をとっていた事実にいまさらになって気づいて焦る。けれど、彼は咎めもせずにまた会おうと言ってくれた。
「また、会えるのかな」
ぽつりとつぶやいたレベッカの胸に、先ほどの嬉しさとは別の熱が灯る。
(会えることがあるなら、胸を張れる自分になりたい)
こうしてレベッカはお茶会の日に、勇気をもらった。あれほど怖かった陰口は、いつだってサイラスにもらった言葉を思い出せば平気になったのだ。
だからこそ、レベッカはあれほど怖がっていた王城行きを決意した。きっと元来、レベッカは人を助けることが好きなのだろう。それがサイラスとの出会いでわかったからこそ、王城つきの魔女への弟子入りも不思議と受け入れられた。
後日になって、その日のお茶会が、実は王太子の婚約者候補との顔合わせを兼ねていたことを知ってレベッカは驚くこととなる。レベッカはあの騒動後すぐに帰ったが、どうやらあのあとさらに令嬢同士のもめごとがおこり、サイラスは婚約者を作るのをやめると言い出したらしい。そのために以後は貴族令嬢との関わりをたっていたようだ。
おかげで王城入りしたレベッカとも交流することはなく、会うこともなかった。
(私は、私にできることを頑張ろう)
王太子など、もともと遠い存在だ。彼に会えずとも、レベッカはもらった言葉を胸に修行に励んだ。そうして次にサイラスに再会したのはお茶会から十年後、王城つきの魔女が老衰のために亡くなり、レベッカが跡目を継いでからのことであった。




