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忘れさられた婚約者~記憶をなくした王子様は最愛の薬師令嬢に惚れ直す~  作者: かべうち右近


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7.王太子殿下の叱責

「エマーソン侯爵令嬢、その手をまずは降ろそうか」


 割って入ったのは、サイラスだった。いつものようにユリシーズも伴っている。グレンダが頬を叩けなかったのは、レベッカの後ろから歩いてきていたサイラスが目に入ったからだろう。


(サイラス様……どうして)


 突然現れた彼に、レベッカは息を呑む。それがグレンダに怯えているように映ったのだろうか、サイラスはグレンダとレベッカの間に入ったところで、レベッカの赤くなった頬を見て眉をひそめた。その背にレベッカをかばってから、グレンダに冷たい目線を向ける。それに続くようにユリシーズもレベッカの前に立った。


「あ……サイラス……様……」


 驚いて固まっていたらしいグレンダは振り上げていた腕をゆるゆるとおろして、サイラスから目をそらす。さすがにサイラスの前ではレベッカに暴力をふるおうとはしないらしい。


「僕の専属メイドが戻らないから、何事かと思えば……どういうことか説明してくれるかな」


 ここでレベッカが口を挟むのはかえって話をややこしくするだろう。黙っているほかない。


「……少し、話をしていただけですわ」

「彼女の頬が腫れているようだけど?」


 冷たい声がグレンダを刺す。グレンダだけでなく取り巻いているメイドたちも怯えたように震えたが、グレンダはめげずにひきつった笑いを浮かべた。


「っわたくしは知りませんわ! そのメイドが転びでもしたのでしょう!」

「さっきも叩こうとしておいて白々しい」

「見間違いです!」


 とっさに叫んだものの、それが通じないのは自分でもわかっているのだろう。ぐっと一瞬だけ口をつぐんだグレンダは、すぐに言い募る。


「そんなことよりサイラス様! そのメイドは汚らわしい魔力持ちですわ! 惚れ薬を使ってサイラス様を惑わせているに違いありません! 早くそのメイドを……っ」


 そこまで叫んだところで、グレンダがぐっと押し黙った。微笑みもしないサイラスの冷徹な瞳が、グレンダを黙って見つめたせいだ。


「侯爵令嬢ともあろうものが、魔力持ちを蔑む発言をするとは嘆かわしいね」

「ですが……っ!」

「今、君にはレベッカを叩いた理由以外の発言を許していないよ」


 低い声で断じて、サイラスは続ける。


「レベッカは王城つきの魔女だ」

「……そのメイドが、魔女……?」


 信じられないものを見つめる瞳でグレンダが呟く。


「僕が記憶喪失になっているのは侯爵令嬢も知るところだろう。魔女であるレベッカにその原因の調査を協力してもらっているんだ。だから僕のそばにいるのに不自然でないように、彼女には特別にメイドとしてふるまってもらっている」


 その言葉に、グレンダの顔がさっと青ざめた。


「王城つきの魔女であるレベッカが侯爵令嬢なんかよりも、身分が高いのはわかっているね?」

「……」

「彼女は、侯爵令嬢ごときが、傷つけて許される女性ではない」


 返事をしないグレンダに、ごく低い声でサイラスは言い含める。先ほどからグレンダは震えているが、それはサイラスに対する恐れなのか、見下していたレベッカに対する屈辱感によるものなのか傍目にはわからない。


「わかったかな?」


 そこまで無表情だったサイラスの顔が、凄みを帯びた笑顔になる。これ以上レベッカに手出しをすれば、容赦をしない。そういう意味だろう。


「……わかりました……」

「それだけかい?」

「……レベッカ、様。申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です」


 グレンダが棒読みの謝罪を口にしたところで、レベッカは短く断る。最初からレベッカはグレンダのことなど気にしていないのだ。無感動なレベッカの返事を聞いたサイラスは、小さく息を吐いて表情を少し緩めた。グレンダが一応の謝罪をしたので、サイラスは現時点ではこれで手打ちにすることにしたのだろう。


「近頃は『貴族令嬢(・・・・)』が事故に遭うことが増えているから、王城にあがらないように厳命されているのは君も知っているだろう? その調査もあって今はとても忙しいんだ。これ以上侯爵令嬢がここに押し掛けてくるようなら、こちらも相応の処罰を与えねばならないだろう」

「……っ」


 貴族令嬢と言ってぼかしたものの、事故に遭うのは『偽の恋人』たちであることがグレンダにもわかったのだろう。ますます顔を青ざめさせて、彼女は息を呑んだ。


「それがいやなら、わかるね?」

「はい……わたくしは、失礼いたしますわ」

「うん、そうするといい」


 重々しく頷いて、サイラスはグレンダが下がるのを許す。するとグレンダは会釈してからすぐに踵を返してきた道を戻っていった。


 逃げるようにして去っていくグレンダの姿が見えなくなったところでサイラスは、ぱっとレベッカを振り返った。


「大丈夫?」


 酷く焦った顔だ。それが申し訳なくて、レベッカは努めて明るく笑う。


「問題ありません、軽く頬を叩かれただけですから」

「そんなことないだろう。腫れてる……ユリシーズ、何か冷やせるものを持ってきてくれ」


 レベッカの様子にますます顔を曇らせたサイラスは、ぱっとユリシーズに目を向けて指示をする。


「サイラス様、ユリシーズを離れさせるのはだめです」


 慌ててレベッカは言う。サイラスの護衛騎士を離れさせて、使い走りをさせるなんてとんでもない。いかに王城内といえど、安全の問題があるだろう。それはサイラスもわかっているらしい。


「今すぐに執務室に戻れば問題ないだろう。ユリシーズ、頼む」

「ユリシーズ!」

「わかりました」


 サイラスとレベッカが同時に声をかけたが、サイラスの忠実な騎士であるユリシーズは、さっと身を翻して渡り廊下を走っていった。


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