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忘れさられた婚約者~記憶をなくした王子様は最愛の薬師令嬢に惚れ直す~  作者: かべうち右近


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28.忘却殿下の最愛

 事件の日から数日経った。


 王都の中は未だ建国祭の最中のため、レベッカの誘拐も、エマーソン侯爵家の令嬢が捕らえられた件についても、祭りに騒ぐ国民たちは騒動に気づいていないようだった。


 レベッカが伏せっている間にも、エマーソン侯爵家への調査が継続され、さまざまなことが判明した。


「わたくしが魔女なわけないでしょう!」


 高い魔力持ちの証の瞳を持ち、暗示の薬の調合を何度もしていながらも、一貫してグレンダは自分が魔女であることを認めようとしなかった。


 調査で判明した新たな事実は、グレンダの祖母が魔女だったことだ。通常魔力もちの素質は遺伝しないが、偶然にも孫娘のグレンダも魔女の素質があったため幼い頃から魔女の知識を教えこまれたのだという。とはいえ、貴族社会において魔女は見下されている。


 彼女は祖母に逆らえず、魔女としての知識を学ぶこと自体は受け入れたが、侯爵令嬢としての矜持が魔女として生きることを許さなかった。王城つき魔女として生きることもできただろうが、エマーソン侯爵家は、逆に魔女の薬の力で王族に取り入り、権力を握ろうと企んでいたらしい。グレンダ自身も権力の頂点として、王太子妃の座を望んでいたのだという。


 だから、初めてのお茶会のときに見よう見まねで作った惚れ薬をサイラスに飲ませた。だが惚れ薬での目論見は失敗に終わった。それでも王太子妃になるのは自分だと思っていたから、サイラスにまとわりつく女を徹底的に排除しようと害したせいで、とがめられて王都から離れざるを得なくなった。


 サイラスの舞踏会をきっかけにして再び王都に戻ったとき、グレンダは再び惚れ薬を作ろうとしたのだという。だが、幼い頃の惚れ薬の一件で、グレンダの祖母は魔女の知識をグレンダに与えることをやめてしまった。一度教えたきりだった惚れ薬の調合方法を含めた魔女の薬の調合方法を全て処分して、祖母は消息を絶っていたのだ。


 そんな理由からグレンダはゾーイの店で惚れ薬を求め、祖母の伝手を偽りなんとか売ってもらうことができた。最初は幼い頃に祖母と一緒に店に来たこともあったため、信用されたのだろう。だがそれ以後は嘘がバレて『魔女本人が来なければ』と言って売ってもらえなかった。


 効能の低い暗示の薬だけは、周囲の気に入らない者や王城の騎士を操るために普段から作っていたようだが、グレンダはそれ以外の薬の調合方法はほとんど覚えていないらしい。ちなみにコーポランディアは惚れ薬と共に入手したものの精神を操る薬の調合方法はまだ習う前だったので、持てあましていたのだという。レベッカの部屋にキャロルをやって惚れ薬を盗みに入らせたのはもう惚れ薬を手に入れる手立てがなかったためだ。


 一連の事件について証拠付きで追及されると、グレンダは開き直った様子でこう話している。


「わたくしが王太子妃にふさわしいのに、サイラス様がなかなか婚約者にしてくださらないから動いただけだわ」


 あくまで自分は悪くないと言わんばかりで、全く反省の様子はなかった。娘が王家に拘束されたのち、エマーソン侯爵家は娘の行動は知らないとの一点張りだったが、侯爵家自体が罪にかかわっている証拠も出ている。コーポランディアの購入のための資金や、騎士たちの懐柔のための方策は侯爵家主導だ。言い逃れはもうできないだろう。


 コーポランディアの取り扱いをはじめとして、王城の騎士の不正な懐柔や偽の恋人を害していた件などもすべて、侯爵家の権力や薬を使ってグレンダたちが企てたという証拠も出そろった。エマーソン侯爵家は取り潰すことが決定した。グレンダについては修道院に送られることになるだろう。とはいえ、この情報はまだ開示されていない。祭りが終わってから改めて公示する予定である。


 ちなみに、エマーソン侯爵家に従っていた者の一部は、グレンダの調合した暗示の薬の影響をかんがみて、処分を軽くする方針で進めている。


 その筆頭がキャロルや、誘拐に関わった騎士たちである。キャロルがグレンダの言いなりだったのは、もともとキャロルの家門がエマーソン侯爵家の傘下だったこともあるが、幼い頃に暗示の薬を飲ませていたからだ。


 キャロルも騎士も、薬の影響によって犯した罪ということで、情状酌量の余地があるとしてまだ処分は検討されている途中だ。


 独房で静かに待機するキャロルの元に、サイラスが直接会いに行って話を聞いたらしい。その時にキャロルは次のように話している。


「お嬢様に従うように暗示されていたからって、私がしたことは許されることではないです」


 全てを諦めたように話すキャロルに対し、サイラスは片眉をあげる。


「君はレベッカを助けるために動いていたと聞いたけれど?」

「……それは、借りを返しただけです」


 キャロルの言う『借り』は、実に十年以上前にまでさかのぼっていた。


 幼い頃に開かれたサイラスの婚約者候補の令嬢との顔合わせお茶会で、グレンダがレベッカを押したことで一緒に転んでしまった赤髪の少女。レベッカが怪我を気遣ったあの令嬢がキャロルだったのだ。その頃まだ暗示をかけられていなかったキャロルは、怪我をさせた張本人のグレンダが心配しないのに、レベッカが優しくしてくれたことをずっと心に留めていた。暗示にかかっている最中も、何度もレベッカによって怪我の手当を受け、そして『おまじない』と共に暗示を解く薬を飲んだおかげで目覚め、助けてくれたのだという。


「そんなことで、って思われるかもしれませんけど……奴隷のような生活の中で、気遣ってくれる人が一人でもいるというのは、私にとって何よりも救いでした」


 そう言って言葉を区切ると、苦笑いを浮かべてキャロルは頭を下げた。


「脱出を手伝ったからといって、盗難や誘拐の罪が消えるわけではありません。どうか、重い罰をください」


 そう言った彼女は、寂しそうだった。キャロルは伯爵令嬢ではあるものの、エマーソン侯爵家にメイドとして入っていたあたり、すでに生家での居場所などないのだろう。針のむしろで生きるくらいならば、重い罰を与えられたほうがいいというのが本音のようだった。


 ちなみに、効果があまり望めない簡易的な薬でキャロルの長年の暗示が解けたのは、レベッカが使った『おまじない』のおかげだった。


「僕が惚れ薬でエマーソン侯爵令嬢に惚れずに、記憶を失うだけになったのも、『おまじない』のおかげなんだと思う」


 魔力を流し込むことは、本来の持つ力を強めることである。レベッカが何度か無意識に流しこんでしまった魔力は、それぞれの人の意志や想いを守るのに力を添えてくれたのだろう。


「レベッカのおまじないは今後、もう少し調べたほうがいいかもね」


 魔力が薬作り以外にも利用できる可能性については、今後の研究課題である。


 諸々の処理はまだ残るものの、建国祭の裏で起きた騒動の後始末は早くも終わりに向かいつつある。


 そうして迎えた建国祭の最終日、初日と同様に、祭りの締めも王族のパレードと舞踏会が開催される。夕暮れ前から王都のメインストリートを絢爛な馬車で進んだ後に、王城で来年の豊作を願うお決まりの宣言をして、舞踏会で最後を飾るのだ。


 だが、今年は例年の様子とちょっぴり違っていた。いつもなら、先頭の馬車には国王夫妻と王太子のサイラスだけが乗るのだが、今回に限ってはそこに令嬢が一人加わっている。紫のドレスを着た令嬢の姿をみとめた国民たちは、大いに沸いた。


「あれは婚約者様じゃない……!?」

「そうに違いない」

「めでたいねえ」

「一体どこのご令嬢が王太子殿下の心を射止めたのかしら」


 馬車の周りは近衛騎士が取り囲んでいるから、令嬢の顔立ちなどはほとんど民衆には見えない。例年の祭り以上にもてはやし騒ぐ声が聞こえてくる。騒がしいメインストリートを抜けて、パレードの列はいよいよ王城にたどり着いた。そうして馬車から国王、王妃、王太子に続いて降りてきた姿に、いよいよ歓声が大きくなる。


 もちろんその令嬢は、ドレスアップしたレベッカである。


 サイラスのエスコートを受けたレベッカは王城のパーティーホールへと移動したが、そこですでに集まっていた貴族の面々にもどよめきと拍手とで出迎えられた。玉座のそばの王太子用の椅子の隣に、新たな椅子が据えられていたからすでに会場の人々は婚約者の登場に気づいていたに違いない。それでも現れたのが見慣れぬ令嬢だったから驚いているのだろう。


(すごい人……)


 今まで表舞台に立つことがほとんどなかったから、こんなに大勢の人間に注目されるのは初めてである。正確に言えば、王城つきの魔女としてなら夜会などに出たことはあるが、そのときにはいつだってローブ姿だったので、彼女の姿に見覚えのない者たちのほうが多かろう。好機の視線に自然と表情が強張った。だが、それも一瞬のことだ。


(あ……)


 緊張の面持ちの彼女を安心させるためにか、サイラスがエスコートのために触れている手の力を強くする。それだけで、玉座に続く絨毯を歩く気持ちが引き締まった。


(私は一人じゃないもの)


 ふっと口元を笑ませて、レベッカもほんのりとサイラスの手を握り返す。そうやって国王両陛下のあとをレベッカとサイラスは歩き、国王が玉座の前に立ったところで止まった。玉座の前で四人が横並びになったところで、国王が朗々とした声を張り上げる。


「皆の者、よく集まってくれた」


 国王が両手を広げると、それだけでざわめいていたホール内は一瞬にして静まり返った。


「豊穣を祝い、国の存続をことほぐ祭りは今年も無事に終わろうとしている。だが、今年の建国祭にはもう一つ祝うべきことがある。それを皆にも伝えよう」


 国王が目配せをしたタイミングで、レベッカとサイラスが国王の前へと進み出た。


「わたくしサイラス・マクミランは王太子として、レベッカ・アンカーソンを妃として迎えたく思います」

「うむ、許す」


 サイラスが告げた言葉に対し、言下に国王が頷く。


「ここに王太子サイラスと、レベッカ・アンカーソンの婚約を認める」

「ありがとうございます」


 宣言と共に、わぁっとホール内が再び歓声に沸く。


「殿下の記憶喪失は戻られたのね」

「あの方が殿下の本当の恋人だったのかしら……!」

「なんとめでたいのだろう!」


 婚約者を狙っていた令嬢の中には嘆く声もあるが、ほとんどは祝う声ばかりだ。国王にカーテシーで挨拶をした後には、ホールに向かっても同じく会釈する。そうして盛大な拍手が終わったあとには、普段なら国王夫妻によるダンスの披露だ。だが、国王が手をあげて拍手がやんだあとに、ダンスの構えをとったのはサイラスとレベッカだ。


 今夜ばかりはパートナーを得たばかりの王太子にファーストダンスが委ねられるのだ。やがて音楽が始まり、二人は踊りだす。派手ではないが息の合ったダンスを披露する二人に、会場の貴族たちは見入っている。


 くるくると踊るたびに、紫のドレスの裾が舞って、なんとも優美だ。このドレスに袖を通すのは実に三回目である。誘拐の騒動で装飾が少し外れてしまったものの、結局また手直しをして着ることになったのだ。


「……本当は、ちゃんと新しいドレスを贈りたかったな」


 縁起の悪いドレス、しかも事件で何度も汚れたものを着せるのはサイラスとしてはきっと不本意だったのだろう。だが、このドレスを着たいと言ったのはレベッカのほうだった。


「このドレスを着たかったので……わがままを聞いてくださり、ありがとうございます」


 実際、この建国祭の最後に婚約を発表するためには、ドレスを仕立てるのには時間が足りなかった。だからこそこのドレスを着るのは理にかなっていたのだが、それでもサイラスは不満らしい。


「そのドレスには、いやな記憶ばかりだろう……?」

「そうですね……」


 レベッカが肯定すれば、サイラスは苦笑いをする。けれど逆にレベッカは柔らかく微笑んだ。


「だからこそです。私、サイラス様と一緒にこのドレスで踊れて嬉しいんです。それだけで、いやなことなんて、全部消えてしまいましたから」


 心からの言葉に、ぽかんとした様子のサイラスはやがて目元を緩めた。


「そっか……」

「でも……サイラス様は本当によかったんですか?」

「何がだい?」


 二人はステップを踏みながら、会話を続ける。


「……私は魔女ですし、妃に迎えれば反発を招くかもしれません」

「ああ、なんだ。そんなことか」


 ふふっと笑ったサイラスはくるりとレベッカの身体を回して、きゅっと腰を引き寄せた。ぱっと見上げたサイラスの顔が、近い。途端にホールからは短くも明るい歓声が沸く。


「ここにいる者たちが、君をいやがっているように思える?」


 そんな様子はない。


「それに、誰がどう言ったって、僕はレベッカしか選ばない。……惚れ薬なんてもので想いを捻じ曲げようとしたって、僕の心はレベッカにしかないんだから」


 ちょうど音楽は一曲が終わったところだ。お決まり通りならここで二人して会釈をするところなのに、サイラスはなかなかレベッカの腰を離してくれない。きっとレベッカがその何度目かのプロポーズに頷くまで、離す気がないのだろう。


「……そうですね。もし、次忘れるようなことがあっても」

「もう忘れないよ?」

「今度は私がサイラス様に好きになってもらえるよう、頑張ります。サイラス様、私もずっとサイラス様だけを愛しています」

「うん、僕もこの先一生、レベッカを愛してるよ」


 囁いたのと同時に、サイラスが柔らかな口づけを落とす。


 音楽は止まったかわりに、会場内には二人の婚約と仲睦まじさを祝う歓声が、いつまでも響き続けるのだった。


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