26.冤罪と過去
次にレベッカが目を覚ましたのは、見知らぬ部屋のベッドの上だった。窓から差しこむ光からして、昼間なのだろう。
(どこ……?)
見慣れない視界にどきりとしたのもつかの間、視線を巡らせればベッドのそばにいる人物と目が合って、その緊張が一瞬でほどける。
「レベッカ、気がついたかい?」
「サイラスさま……」
呟いた声をやけにかすれている。起き上がろうとしたところで、サイラスに押しとどめられた。
「まだ寝ていて。君は熱を出して寝ていたんだよ」
「……ありがとうございます」
(ずっとみてくださっていたのかしら)
心配そうに顔を覗きこんでくるサイラスの様子に、申し訳ないと思いつつもじんわりと胸が熱くなる。明るい部屋も、柔らかいベッドも、囚われていた地下室ではなくすでに助け出されたのだと感じられた。
「まだ眠いなら寝るといい」
そっと頬に掌を当てられて、その温かさにうとうととしかける。だがレベッカは瞼が落ちてきそうになったところで、はっとした。
「サイラス様、あれからどうなったんですか? どうして私は助かって……キャロルは大丈夫ですか?」
「目が覚めてすぐに人の心配なんて。レベッカらしいけれど」
「すみません……」
「問題ないよ」
困ったように笑いながらも、サイラスは誘拐後からレベッカが眠っていた間までの出来事を語ってくれた。
***
ときはレベッカが攫われた直後のことである。
ホッジ卿からレベッカがいなくなったことの報告を受けたサイラスは、すぐにでも彼女を探しに行きたかった。
「殿下、お気持ちはわかりますが、ご自身で捜索に向かわれるのは承服いたしかねます」
「わかっているよ。……僕が動くわけにはいかないのは」
捜索に行きたいと言い出す前から、ユリシーズにたしなめられてしまった。手がかりもない状況なのだから、王太子自らレベッカの捜索に単身乗り出すわけにはいかないのだ。こんな緊急時に単独で動くことを許されるほど、サイラスの身分は軽くない。
すぐにできるのは、サイラス直属の部下数名を捜索に向かわせることだけだった。その中にはホッジ卿も含まれている。
レベッカの誘拐に関してホッジ卿は責められないだろう。彼は護衛騎士としての職務を通常の範囲内でまっとうしていたのだ。陰ながらレベッカを護衛していた他の騎士たちの動きも、特に問題がなかった。ただ、グレンダが動きを見せた時点でレベッカの守りを厚くするよう指示を出さなかったサイラスの落ち度である。
その後の調べにより、レベッカはテラスから攫われたことが明らかになっている。内通者と思しき王城の近衛騎士の数名が姿をくらましているからだ。身元の確かなものだけを王城の警備に当てたはずだったが、穴があったらしい。建国祭の当日に限っては、配置人員を増やしていたからこういうことも起こりうる。
(やはり内部に内通者がいたか……!)
忌々しい思いを抱えて、サイラスは内心で毒づく。内通者疑惑のある騎士は、以前の舞踏会でグレンダとあいさつを交わす直前にサイラスに飲み物を渡してきた者だった。すでにあの頃から抱きこまれていて、飲み物に惚れ薬が盛られていたのだろう。もともとサイラスは、惚れ薬を盛った犯人がグレンダではないかとめぼしをつけていたが、今回のことでそれがはっきりした。逃げた騎士を捕らえてさらに調査すれば、惚れ薬についての事実関係もわかるだろう。
こうなった以上、証拠を探すのは容易である。だが、のんきにことを構えている時間はない。
(……レベッカ。どうか、無事でいてくれ……)
探索の騎士は少人数とはいえほうぼうに巡らせているが、何しろ祭りの最中だ。人が多すぎてレベッカの捜索がはかどらない。
(そもそも僕がもっと早くユリシーズに恋人を聞いて、レベッカを最初から守っていれば……)
そうしてさっさと婚約をしてしまえばよかったのだ。婚約者ともなればもっと近衛をまわりにつけられたし、準王族として舞踏会の間も護衛がレベッカの傍を離れず、誘拐など起こりえなかっただろう。内通者がレベッカの護衛につくという可能性はあれど、危険を減らせたに違いない。
(いや、嘆いていても仕方ない。僕にできるのは一刻も早くレベッカを見つけるために動くことだけだ)
グレンダについては身柄を拘束のうえ事情聴取をさせているが、自分の髪飾りだと言い張り容疑をつっぱねてそれ以上口を割らないらしい。だが、グレンダ付きの侍女であるキャロルが犯人であることを突きつけたところ、あっさりと認めた。だがキャロルの独断であり、盗品だとは知らなかったと主張を一転させたようだ。
レベッカ誘拐の重要参考人であるにもかかわらず、グレンダは何もしゃべろうとしない。ただ王城で盗みを働いたことだけでいつまでも公爵令嬢を拘束しておけるわけでもないだろう。そこでエマーソン侯爵家へのもともとあった容疑をつきつけることにした。エマーソン侯爵家への立ち入り調査の許可を得るための書状を整え、国王に許可をとるまでに半日かかった。
(もっと早く動ければ……)
権力を持っているからこそ、攫われたレベッカを探す騎士を動かせる。だが権力を持っているからこそ、サイラスはすぐにでも探しに行きたいのを堪えねばならない。それに騎士を動かすにも、エマーソン侯爵家への調査にも正当性をもって動かねばならない。幸いにして王都の出入りを管理している門で不信な者が出入りという報告は来ていない。だからレベッカは王都内にいるだろうが、どんな状況に彼女がいるのかと気持ちが焦った。
サイラスの心を表すかのように、天気はあいにくの曇り空だ。
騎士たちに取り調べを任せていたが、手があいたところでサイラスはグレンダを直接聞き取り調査をすることにした。捕まえているといっても相手は侯爵令嬢だ。牢屋のような場所でなく、応接室に軟禁している。手かせや足枷などもつけていないが、部屋の中にも外にも騎士を複数人待機させているので、逃げられっこないだろう。念のため持ち物は全て奪っている。
昼間だというのに、日の光がさすはずのの応接室は薄暗い。騎士と書記官を伴って応接室に現れたサイラスを、グレンダは喜色満面で迎えた。
「サイラス様、会いにきてくださったんですのね。わたくしを早く解放してくださいませ」
まるでそうしてくれると信じて疑わない様子である。うっとりとした瞳には理想の王子様でも浮かべているのだろうか、彼女の目にはサイラス自身は映っていない。
内心で息を吐きながら、グレンダの座るソファの正面にサイラスは腰かけた。その後ろで書記官が、会話の内容を書き留め始める。
「君を釈放することはできない。君の家門……エマーソン侯爵家には、謀反の疑いがある」
「謀反だなんて……我が家門の反逆をするとでも? わたくし、サイラス様に恋をしただけですわ」
ここでやっと恍惚とした表情が消えたが、それでもグレンダは笑顔を浮かべている。
「恋、ね。それは置いておこう。君は、魔女の素材屋に行ったことがあるだろう?」
「まあ! わたくしがどうしてそんな下賤な場所に行かないといけませんの」
口をとがらせたグレンダは打ってかわって、気分を害したように吐き捨てる。
「とぼけたって無駄だよ。禁止された魔女の薬の材料である、コーポランディアを買い上げ所持したという証拠があるんだ」
「コーポランディアなんて、恐ろしいですわ。わたくしがそんなものを買うわけがありません」
大げさに言ってグレンダは肩をすくめる。そんな彼女を冷たく見つめながら、サイラスは続ける。
「恐ろしいって思うの?」
「ええ、魔女が使う材料でしょう? そんな怪しげなもの、恐ろしくてたまりませんわ」
今度は哀れを誘うようにしなを作ってグレンダは流し目を送ってくる。その意図は怯えるわたくしは可愛いでしょう、といったところか。だがサイラスは冷たいままだ。
「コーポランディアは魔女にしか取り扱いを許されていないのは知っているかい?」
「そうなんですの? 知りませんわ。ああ……」
口の端をあげていびつに笑い、グレンダは声をひそめる。
「わたくしどもの名前を使って罪をなすりつけようとした者がいるのではありませんの?」
「どういうこと?」
「ほら……この城にも魔女がいますでしょう? 下賤な者が……」
ぴくりとサイラスの眉が動く。だが、反論せずにグレンダがしゃべるに任せる。
「魔女しか取り扱えないのでしたら、わたくしの家の者では買えませんでしょう? ですから、あのいやしい魔女が、わたくしを妬んで罪をかぶせようとしているのですわ!」
「……それはレベッカのことを言ってるのかな?」
静かに問えば、にやぁっとグレンダは笑う。
「サイラス様はあの魔女に騙されておいでなのです。魔女は暗示の薬も使いますでしょう? 記憶を消す薬だってありますわ。昔から気に入らなかったのです。サイラス様の周りをうろついて……。コーポランディアも殿下に使われたのでは? 精神を操る薬でも作ったのでしょう。あの魔女が我が家に罪をなすりつけようとしたって不思議じゃありませんわ!」
徐々にヒートアップして、最後には得意げに語ったグレンダが決定的な言葉を吐いたところでサイラスが深く息を吐いた。
「君はコーポランディアを何に使うのか、知っているんだね?」
「それがなんですの?」
怪訝そうなグレンダに、サイラスは一度目を離して、書記官を振り仰ぐ。
「今の会話は?」
「記録してございます」
「うん、ありがとう」
微笑んだサイラスは視線を正面に戻した。その余裕のありそうな空気に、グレンダがたじろぐ。
「エマーソン侯爵令嬢。コーポランディアはそもそも、存在自体、普通は知られていないものだ」
この言葉に、グレンダの顔がさっと青ざめる。まるで解決の糸口が現れた現状のように、空が晴れ始めてきた。窓から徐々に日が差し込み始める。
「……わたくし、勉強は好きですの」
「本には記録されていないよ。魔女の口伝でしか伝えられない、それ以外では基本的には王族にしか知らされないものだ」
グレンダは俯いてしまい、返事がない。
「きみは、魔力持ちだね?」
「……っ!」
短い問いかけに、グレンダが顔をあげた。窓際のソファに腰かけた彼女の黒い瞳が、日の光にさらされる。すると真っ黒なはずの瞳が、日に透けて濃い赤なのが見て取れる。それは彼女がひどく高い魔力を有していることの証だった。
「わたくしが汚らわしい魔女なんかであるはずないでしょう!」
激高したグレンダが立ち上がった。初めてその黒い瞳に、サイラスの姿が映る。だが、それは恋に焦がれるものではなく、憎しみのまなざしだ。途端に周囲の騎士がグレンダをおさえつける。だが、彼女は腕を封じられてなお、口だけは止まらない。
「魔女! 魔女なんて……!」
ぶつぶつと呟いたグレンダは、次の瞬間にはもうサイラスを見ていない。暴れてそれ以上は話にならなかったが、記録は充分だ。
その取り調べが終わったあと、魔女しか知りえないコーポランディアの情報をもとに、エマーソン侯爵家を取り調べることになった。しらをきる侯爵を問いつめ、内通者の騎士を見つけられたのは夜になってのことだ。
そこからはすぐだった。サイラスは直接調査の名分で、結局馬を駆ってレベッカが囚われているという場所へとかけつけたのだった。
レベッカを襲おうとしていた男を含め、キャロルは重要参考人として捕らえることになった。ひとまずは怪我の治療なども受けながら、安静にしているらしい。
その間、意識を失ったレベッカはワイズ伯の診察を受け、ベッドに休まされていたという流れのようだ。
***
事情を聞き終わるころには、レベッカは酷く疲弊していた。熱が出ていたという話もあったから、そのせいだろう。
「助けていただいて、本当にありがとうございます……」
「うん。話はここまででも大丈夫かな?」
「はい……キャロルが無事でよかったです」
レベッカが呟けば、サイラスは困ったように眉尻を下げる。
「ひとまず安心したなら、もう少し休んで」
「ありがとう、ございます……」
そう呟いたあと、瞼がすぐにおりてくる。
(もっと何か、サイラス様に言わないといけないことがあったのに……)
瞼をこじあけようとした瞬間に、サイラスの掌がそっとレベッカの目元を覆う。
「おやすみ、レベッカ」
穏やかな声に促されて、今度こそレベッカは眠りに落ちたのだった。




