24.囚われの魔女
「……キャロル」
赤い髪の女性をみとめて、すぐにレベッカは彼女の名前を口にする。城でナイフをつきつけたときとは違って、レベッカが名前を知っていることに関して、もうキャロルは驚かないらしい。それもそうだろう、しっかり顔を見られているうえに、グレンダの傍仕えであることがわかっているのだから当たり前だ。
「起きてるわね」
「どうして私をここに連れてきたの」
足は自由になっているが後ろ手に縄で縛られていて動かせない。しかも、ちらりと周囲を見回せば、部屋のドアは開いているものの、そのすぐ外で屈強な男が見張りをしているのが見える。どう考えても、レベッカの細腕では逃げられない。
誘拐されたときにはナイフで脅されはしたし腕を押さえつけられはしたが、今は拘束されているだけで手荒なことはされていない。怪我もしていないから、彼女らはレベッカを傷つけるつもりまではないようだ。とはいえ、差し迫った状況であることには変わりない。何しろ攫われた目的がわからないのだ。
「あんたにはここで、薬を作ってもらうわ」
「薬……?」
ちらりとテーブルに目を落とせば、調合道具に混ざって、作りかけだったのだろうか、すり潰された薬草や、薬瓶も混ざっている。
(あれは……)
ラベンダーにカモミール、バーベナなど精神に鎮静効果のあるハーブが中心だが、その中に一種、白いきのこが混ざっている。
(コーポランディアだわ)
それは強い幻覚作用がもたらされるきのこだ。それ単体でも幻覚を見るために用いられることがあるが、他の薬草と掛け合わせ、魔力をこめることでとある目的をもった薬になる。
「私に毒薬を作れとでもいうの?」
「惜しいわね。精神を操る薬よ」
あえて別の言葉を使えば、思い浮かべていた薬を言われ、驚いたレベッカはキャロルを見る。
「どうしてそんなものを……」
(エマーソン侯爵家は、精神を操る薬を使うつもりなの? ううん、それ以前になんでキャロルが知っているの?)
精神を操る薬は、魔女の薬の中でも調合を禁じられたものである。惚れ薬が恋愛感情だけに働きかけるのに比べ、精神を操る薬は感情の制限がないから、飲んだ相手にどんなことでもさせることができる。権力者に対して用いれば、いくらでも悪用できるような代物だ。だからこそ調合そのものが罪になる。薬そのものだけでなく、コーポランディアの所持すら禁止されているくらいである。
加えてその調合方法も、魔女から魔女に口伝で伝えられるため、存在自体があまり知られていないのだ。それこそ、王族と魔女くらいしか知らない。そんな危険な薬をどうして作るのか、そしてどうして知っているのか。
疑念を浮かべたレベッカに対し、キャロルはにっと笑う。
「決まってるじゃない。あなたが使うためよ」
(私が使うため? そんなことするわけ……)
説明する気のない言葉だ。思案しかけて、レベッカは止まった。
そもそも禁じられた薬を作ること自体、反逆罪に問われてもおかしくない。それをわざわざ作らせるということは、レベッカに罪を着せるつもりなのではないか。
(私を陥れるためだけに……?)
もし薬を使用する目的だとしても、どちらにせよ応じるつもりはない。
「……私は作らないわ」
きっぱりと言えば、キャロルがぎろりとレベッカを睨む。
「そんなことを言える立場? 囚われの身で……」
「作り方を知らないもの」
「知らないはずがないでしょう。王城つきの魔女が……」
「習う前に先代が亡くなられたの」
「嘘をつかなくたっていいわよ」
キャロルが威圧的に言うのに対し、レベッカはただ黙って見つめ返す。無言が本気だと伝わったのか、キャロルは唐突にうろたえたように瞳を揺らした。
「え……本当に? そんな……でもお嬢さまは……お嬢様の言うことは絶対なのに……」
「お嬢様?」
それはグレンダのことだろう。問い返したレベッカには答えず、キャロルはがしがしと頭をかきはじめる。
「ねえ、嘘でしょう。作りたくなくて、知らないなんて言ってるだけでしょう?」
がたがたと震えだしたキャロルが独り言のようにぼやく。
「本当よ。知らないの」
これは嘘だ。実際に調合したことはないが、調合方法は頭の中に入っている。とはいえ、一生作るつもりがないのだから、知らないのと同じだろう。
「やだ……薬が、用意できないと……お嬢様に……」
うつむいたキャロルの意識はもはやレベッカには向いていない。だが突然顔をあげて、目を見開いたキャロルがレベッカの肩をつかんできた。
「この際、禁じられた薬ならなんだっていいわ。ああ、さっき言ってた毒薬を作りなさいよ! ねえ!」
「……っ」
つかまれた手の強さについレベッカは吐息を漏らす。キャロルは痛くしているつもりなのないのだろう、血走った目で大声をはりあげる。
「あんたがやらないと、私は……っ!」
怯えきった様子のキャロルは、レベッカを見ているようで、見ていない。
「……そのお嬢様に、脅されてでもいるの?」
「はあ? 脅し?」
びくんと肩を揺らして叫んだあとに、キャロルは口の中でぶつぶつとくりかえす。
「おど、脅しなんて……ええ、お嬢様がそんなこと私にするはずないじゃない。お嬢さまは優しいのよ。私に居場所をくれて、可愛がってくれて……小さいときから私は、おじょ、うさまに……」
ぶるぶると震えるキャロルの瞳はうつろだ。
(……折檻を恐れているなんて言葉で片付けられる様子じゃないわ。でもどうして……)
「うるさいわね! あんたは黙って薬を作りなさいよ!」
どんっと肩を押されたところで、よろめいたのはキャロルのほうだった。
「……っ」
顔をしかめたキャロルが、バランスを崩す。足をかばうようにして、テーブルに手をついたキャロルの姿に、レベッカははっとした。
「あなた、足の怪我が治っていないんじゃないの? お医者様には診ていただいたの?」
「お嬢様に大丈夫だって言われたんだから! あんたに関係ないでしょ!」
誘拐されているようなこんな状況で、誘拐犯の怪我の心配をするなんて、いかにもばかげている。それでも、応急手当をしたときの傷を見ていたレベッカは今なお苦しげに顔をしかめるキャロルを放っておけなかった。
「怪我の治療が先だわ。治療をしていないなら、傷口が膿んでいるかも。早く……」
「黙ってよ! あ、あんたは何様なの!? ばかみたいに人の心配ばっかりして。いっつもそう! 自分が虐められてんのにへらへらして……っ!」
叫んだところでキャロルはぎゅうっと眉間に皺を寄せて、またも頭をかきむしりはじめる。
「あんたなんか嫌いよ! お嬢様のために、薬を、くすり……早く作ればいいんだわ! それで……ああああああ……っ」
明らかにレベッカは錯乱している。そして忠誠を誓っているようで、グレンダに対して異常なまでの怯えを見せている。絶対に従わねばならないと意識に植えつけられているかのように。
(まるで魔女の薬でも飲まされた人みたい……)
魔女の薬で強い暗示にかかった人間は、こんな反応をする。正しくないことでも、暗示をかけた人間のことだけを正しいと思いこむ、一種の精神を操る薬だ。もちろんこれも調合が禁じられた薬の一種である。
(魔女が売るはずもないのに……待って。魔女でもないのに、そろった道具と薬草類……もしかして)
道具は新しそうだったのに、使用した形跡があった。医者でも調合はできるが、魔女しか使わない薬草もあるのが疑わしい。
(エマーソン侯爵家には、魔女がいる?)
だとしたら、禁じられた精神を操る薬のことを知っていてもおかしくはない。
(慎重に動かないと)
「わかったわ。薬を作る。だから縄を解いて」
「……最初からそう言えばいいのよ」
あからさまにほっとしたように、キャロルはレベッカの縄をほどく。
(少し指先が痺れてる……でも作らなきゃ)
幸い、手元には薬草がいくつもある。しかも、いくつかは粉末になった薬草がすでに準備されていて、あとはこれを混ぜ合わせて魔力をこめるだけだ。
すぅっと息を吸って、魔力をこめる。
「できた」
塗り薬のような状態になった薬を確認して、レベッカは息を吐く。
「やっぱり知ってるんじゃない。それにしても本当に……精神を操る薬なんでしょうね」
「ごめんなさい。先に傷によく効く薬を作ったの」
「なんですって」
キャロルが声を荒げたのに対し、レベッカは毅然と言い放つ。
「これをあなたが使ってくれたら、ちゃんと精神を操る薬を作るわ」
「そう言って毒でも使う気じゃないでしょうね」
「違うわ。毒なんか使ったって、この鎖じゃ逃げられないでしょう? それに心配なら、ほら」
作ったばかりの薬を目の前で自分の肌に塗って見せて、レベッカはキャロルの顔を見る。
「……魔女の薬は、効力が強いわ。もし毒なら私はもう倒れるか、肌がただれているでしょう? ねえ、お願い。怪我が気になって調合ができないわ」
「……しつこいわね。わかったわよ」
そう言ってキャロルが薬を手に取り、足の包帯を外しはじめた。案の定、その包帯の下には化膿しかかった酷い傷跡がある。
(薬を塗っても痕は残ってしまうかも……エマーソン侯爵令嬢から、キャロルが離れられたらいいのに。彼女が幸せそうには見えないわ……)
ぐっと奥歯を噛んで、余計な口出しをしそうになったのを堪える。
(せめて、キャロルが気持ちが楽になりますように)
じんわりと胸の奥が熱くなるのと同時に、『おまじない』の魔力がキャロルにわたってしまう。
(だめだわ、魔力の制御が甘くなってる)
ぱっと手を離したレベッカは、再び道具を手に取った。
「飲み薬も作るわ」
そう言ってレベッカはすぐに化膿止めの薬を煎じ始める。そこで薬草棚に手を伸ばしかけたところで、ふと隣にある薬草に目をやって、一瞬悩んだあとにそれを手にとる。
(キャロルがもしも、エマーソン侯爵令嬢に、強い暗示をかけられているのなら……)
魔女の惚れ薬を用意していたグレンダのことだ。キャロルに言うことをきかせるために薬を使っていないとも限らない。暗示を解くための薬も一緒に煎じる。同時に摂取しても特に問題はなかったはずだと思いながら煎じて、最後に暗示を解く薬にだけ、魔力を籠め、思いこみを解くための薬を完成させる。
(簡易版だし、もしかしたら意味はないかもしれないけれど……)
そう考えながら、レベッカはちょうど包帯の巻き終わったばかりのキャロルに薬瓶を差し出す。ちょうど包帯が巻きなおし終わったところだった。
「傷の悪化を防ぐ飲み薬よ。これも飲んで」
差し出した薬とレベッカの顔を見比べて、最後に手元の傷薬に目をやりキャロルはため息を吐いた。
「……なんであんたは、こんなことするわけ?」
「なんでって……怪我をしてる人がいたら手当をするのは当然でしょう?」
「当然なわけ、ないじゃない……」
ぽつりとつぶやいたキャロルの声は、レベッカの耳には届かない。
「毒を疑ってるなら飲んで見せるわ」
「いらないわよ」
ぱしっと薬の入った瓶をひったくるように取り、薬を飲んだキャロルは一瞬、眉間に皺を寄せた。
「苦いわね。本当に毒じゃないの? ……っ、……?」
ぼやいたキャロルの目線の焦点がぼんやりと外れる。その様子を見て取って、レベッカは小さい声でキャロルに囁く。
「ねえ、もう一度聞かせて。私は絶対に精神を操る薬を作らなくてはいけないの? あれは禁じられた薬なの。だから指示を出したあなただって捕まってしまうわ。それにあなたは、グレンダ・エマーソン侯爵令嬢に、どうしても従わないといけないの?」
先ほどと同じ内容だったのに、彼女はすぐに答えなかった。しばらく黙りこんだまま止まっていたかと思えば、強張った顔でレベッカを見た。
「うるさいことを言ってないで、早く薬を作って」
先ほどの恐慌状態ではないものの、その声は頑なだ。
「……わかったわ」
そう言ってキャロルは足をかばいながら部屋から出て行った。
(……暗示を解く薬は効かなかったわね……)
あるいは、と思い暗示を解く薬を調合したが、あてが外れたらしい。小さく息を吐いて、レベッカは俯く。
(ううん、落ちこんでなんていられない。とにかく、逃げ出す方法を考えなくちゃ)
ふるっと首を振って、レベッカは考え直す。そのためにも、ここに置いてある薬草を把握するところから始めた。




