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忘れさられた婚約者~記憶をなくした王子様は最愛の薬師令嬢に惚れ直す~  作者: かべうち右近


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15.荒らされた部屋

(一体どういうことなの……?)


 鍵を出てあとにしたはずの自室の扉が、わずかに開いている。その事実にレベッカは固まる。


 王城内に割り振られたレベッカの自室は、三部屋ある。寝泊りするための部屋と、薬草など素材の保管兼調合室、それから前代の魔女から引き継いだ資料や薬の数々を保管している部屋だ。調合室を中心にしてその左右に寝室と保管室を配置する形で三部屋とも続き間になっているが、部屋にはもちろんいつも鍵をかけている。なのに、今は鍵があけられているのだ。


 心臓がざわめくのを抑えて、そっと調合室のドアを開く。その先は、明らかに誰かが踏み入った形跡があった。普段から棚に埋め尽くされていて狭い室内だが、ところどろころ引き出しが中途半端に開いていてさらに狭い。いかにも家探しで荒らされたあとの様相である。調合デスクの上に、ラベリングした薬の数々が乱雑に置いてあるところを見ると、何かを探していたらしい。


 何かを盗むために家探しをしたというふうだ。保管室のドアは閉じられているが、寝室の扉は開け放たれている。


(あそこも荒らされた?)


 そろりと部屋を覗けば、案の定ここもひどい有様だった。


(薬室だけならともかく、私の部屋までなんて……)


「何が盗まれたのかしら」


 調合室にぽつりと呟いた途端に、隣の部屋でガタンと音が鳴る。


(まだ人がいるの!? 入る前に、誰かを呼べばよかった!)


 異変を感じた時点で部屋を出て騎士に助けを求めていれば。そう思ったときにはもう遅い。保管室のドアがガチャっと開いて、メイド服の女が飛び出してきた。レベッカの姿を確認したところで、ピタっと止まる。


「え……と……? 何か、用でしたか?」


 およそ暴漢とは思えない人物が出てきて、一瞬レベッカは気が抜ける。だが、いかにメイドだろうと、保管室から出てきた彼女が正当な理由があってここにいるはずがない。部屋の掃除はもちろんメイドに任せているが、それも調合室と寝室だけである。貴重な薬や文献がある保管室だけは、レベッカが直々に掃除をするようにしていたのだ。だから、メイドが保管室に入ることなんてありえない。そもそも、自室の掃除だってレベッカが在室のときにお願いしているのだから。


「……お部屋の掃除をしていました」


 メイドのお仕着せを着た女は、俯いているため顔が見えづらい。おまけにキャップをしっかりかぶり髪を隠しているから、髪色もわからなかった。掃除道具すら持っていないというのに、メイドの見え透いた嘘に対し、レベッカはどうしようかと思案する。


「では失礼します」


(武器を持ってるかもしれないし、このまま見送ったほうが? でも……)


「あっ」


 レベッカの隣を通り過ぎようとしたメイドの手に持っている薬瓶を見て、顔色を変えた。


「待ってください!」


 ばっと手を広げて行く手を遮る。保管室から出てきた彼女が手に持っているのは、先代魔女が作った効果の高い薬に違いない。それがどの薬であれ、持っていくのは看過できない。


「邪魔しないで!」

「だめ……!」


 激高して走り出したメイドがレベッカの脇を強行突破しようとする。だが、狭い通路を無理に通ろうとしたせいでメイドが勢いよく棚にぶつかって転倒する。途端にガシャァンと激しい音が響いて、薬瓶がいくつも落ちて割れてしまった。


「……っ!」


 腕がぶつかったレベッカもバランスを崩したが、デスクにもたれたおかげで、かろうじて転ばずに済む。


「いたた……」


 床に散乱した薬瓶の中にうずくまっているメイドが呻いている。もしかしたら怪我をしているかもしれない。キャップをかぶっているから、頭に破片は刺さっていないだろうが、白かったキャップが薬で汚れている。どの薬がどう混ざり合ったかわからず危ない。


「大丈夫ですか!?」


 慌ててしゃがみこみ、レベッカはメイドのキャップを外して傷がないかどうかを確認する。薬で汚れているだけで、特に外傷は見られない。


(落ちてる薬瓶は……特に混ぜても毒にはならないわね)


「よかった、無事で……」


 さっと周囲を見回してそれを確認したところで、レベッカはもう一度メイドの顔を見る。そこで、ようやく気がついた。


「あなたは……」

「見ないで!」


 キャップに隠されていて、見えなかった髪の色は赤色だ。顔を覆って隠したが、もう遅い。


「エマーソン侯爵令嬢の侍女がどうしてこんなことを?」


 彼女は、先日ゾーイの素材屋でぶつかってきた女性だった。あのときは薄暗かったのもあってすぐには思い出せなかったが、明るい部屋の中で見てようやくわかった。


「まさか、エマーソン侯爵令嬢の命令で?」

「……」


 彼女は答えない。正体がばれたからか、俯いて黙りこんでいる。抵抗したり逃げたりする様子がないのは、もう逃げられないと思っているのかもしれない。大きな音がしたから、しばらくすれば騎士がきてくれるかもしれないが、このあとをどうすべきかレベッカは惑う。


 グレンダのそばに控えているときには、エマーソン侯爵家の侍女服を着ていた。今は王城の洗濯メイドのお仕着せを着ているから、きっと王城に潜りこむための服装だろう。そこまで服を見て取ったところで、レベッカは気づく。


(あ)


 レベッカが立ち上がると、侍女がびくんと震えた。それに構わず棚の引き出しをあけて、レベッカは薬と包帯を取り出した。


「見せてください。足を怪我しているわ」

「何を……うっ」


 そっと足に触れると、侍女がうめき声をあげる。さっき転んだときに捻ったのだろう。逃げないのは足が痛くて立ち上がれないからかもしれない。血も滲んでいる。スカートをめくって血止めの薬を塗ろうとしたところで、レべッカは息を呑んだ。ふくらはぎに、生傷がたくさんある。これはメイドの主人が折檻するときにつくものだ。痛々しい痕があるのに、包帯すら巻いていない。


(……ひどい)


 レべッカは無言で棚から別の薬を取り出し、血止めと化膿止めの薬をそれぞれ塗って包帯を巻いていく。侍女はされるがままだ。


(逆らえなくてここに侵入したのね……)


 部屋を荒らされたことは褒められないが、そうせざるを得ない状況にあることが物悲しい。ちらりと次女の顔を見れば、痛みをこらえるような表情だった。


(こんなことをしなくても済めばいいのに)


 折檻を受けるような侍女が自分から進んでやっているとは思えない。胸の奥がじわりと痛む。


(いけない、魔力が漏れちゃう)


 感情の昂りで沸いた魔力を感じて、レベッカは処置を終えた手を離す。


「化膿と血を止める薬を塗っていますが、あとからお医者様に診ていただいてください」


 巻き終わったところでレベッカは静かに言って、侍女の顔を見る。


「なんで、治療なんかするのよ」

「怪我を放ってはおけませんから。その……」


 ぶっきらぼうな侍女に対し、レベッカはどう聞いたものか迷って、結局聞くべきことを口にする。


「……薬を持っていかないと、叱られる(・・・・)んですか?」


 尋ねに対し、返事はない。だが、びくりと震えて怯えたように目を泳がせたのが答えだろう。この期に及んで侍女が手に握りこんでいる薬瓶は、よくよく見れば建国祭用の惚れ薬だ。きっと調合室で見つけてから、他の薬がないかどうか漁っていたのだろう。


「それは惚れ薬ですが……」


 指さして言いかけたところで、レベッカの言葉が止まる。


「魔女様、さっき大きな音が……きゃああ! なにごとですか!? 今、今騎士様を……!」

「!」


 開いたままのドアのほうから若い女性の叫び声が響いて、慌てたようにかけていく音が聞こえる。きっと近くにいたメイドが様子を見に来てくれたのだろう。


「どいて! ……っ!」


 侍女がぱっと立ち上がり、足を踏みしめたところで顔を歪ませる。


「無理に歩いたら足が」

「うるさい! お礼なんか、言わないから!」


 引き留めようとしたレベッカの腕を振り払った侍女が振り向いた。その顔に、涙がこぼれている。


「え……」


 驚いて固まったレベッカをよそに、侍女は惚れ薬を手に持ったまま、調合室から逃げてしまう。はっとして調合室を出たときには侍女の姿は廊下にない。怪我したところが痛むだろうに、その足取りは早かった。


 そうしてその日、レベッカの部屋は荒らされて効果の薄い惚れ薬が盗まれた。髪色の特徴から、薬を盗んだのはグレンダの専属侍女のキャロルであることがわかった。だが、証拠はレベッカの証言しか見つかっていない。グレンダが命じたという証拠もない状況でキャロルを訴えれば、彼女だけが処罰されてグレンダに繋がらないのは目に見えていた。結局、サイラスたちと相談のうえ、この件は一旦秘密裏に処理することになったのだった。


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