12.いつかの記憶に重なって
「レベッカ、見てごらん。装飾品の露店だ」
ぱっとレベッカの手を取って、サイラスはすぐそばの露店に歩み寄る。彼の発言の意図を聞こうとしたら明らかに話をそらされた。話し始めたのはサイラスのほうだが、それ以上話すつもりがないからだろう。彼の気持ちは気になるが、握られた手が熱くてレベッカはうまく話せなかった。簡単にごまかされているのが悔しい。
「色々あるね」
一点ものばかりなのだろう。サイラスの視線の先には、小さな石がはめ込まれたネックレスや髪飾りがおかれている。なかなかに凝った螺鈿の細工なども多かった。
「いらっしゃい、ゆっくり見てってくれ」
「いえ、あの……」
店主に声をかけられてしまい、レベッカがすぐに立ち去ろうと断りたいのに、サイラスがずいっと身を乗り出して品物を見始める。サイラスはすぐに手を離してくれたが、これでは行くに行けない。
「ああ、この髪飾りなんかいいんじゃないかな?」
彼が取り上げたのは、赤い薔薇の紋様が描かれた螺鈿のバレッタで、控えめながらも赤い石があしらわれている美しい作りのものだ。結い上げた髪にさすのも、おろした髪をまとめるのにもちょうどよさそうである。もはや素材屋にいこうと言ってもすぐには聞いてくれそうにない雰囲気だ。諦めたレベッカは、バレッタに目をやって頷いた。
「綺麗な薔薇模様ですね」
「うん、君の赤い瞳にぴったりじゃないかな?」
「えっ?」
「いつも君には世話になってるからね。日々のお礼に、何か贈りたい」
「!? そんなお礼なんて、私は」
「薬師としての役割を果たしてるだけ?」
慌てて手を振れば、言葉をとられる形で続きを言われて、レベッカは口をつぐむ。あえて魔女と言わなかったのは、ここが外だからだろうか。レベッカのセリフを言い当てたのが嬉しかったのか、サイラスはふふっと笑って、得意げだ。
「いいから、こういうのは気持ちだよ。そこまで高いものじゃないんだから」
「おいおい兄さん。うちの店の商品が安物だなんて言ってくれるなあ」
サイラスのセリフに、店主が口を挟んでくる。腕組をした恰幅のいい店主にそう言われればすくみあがりそうなものだが、サイラスは落ち着いたものだ。
「ああ、そういう意味じゃないんだ。品物の良さにしては値段が手ごろだろう?」
「ははっ口がうまいな。お嬢さん、兄さんには勝てそうにないぞ。素直に甘えてなんか買ってもらいな。上等の品がこの値段で手に入ることなんてないんだからよ」
カラカラと笑って勧められて、レベッカはますます断れない雰囲気になる。
「わかりました……」
返事をしながら、頬が赤くなる。露店でアクセサリーを買ってもらうなんて、まるでデートではないか。ユリシーズが離れたところで見ていることがわかっていても、彼に二人の会話は聞こえない。さっきまではサイラスを護衛なしで歩かせることの申し訳なさで頭がいっぱいだったから気がまわらなかったが、ひとたび意識をしてしまうともう頬が熱くて仕方ない。何しろついさっき『レベッカのことなら思い出したい』などと意味深な言葉を聞いたばかりだ。
(……状況も、あのときみたいで……)
勝手に心臓が高鳴るのを、レベッカはおさえられない。今彼に手を握られていたら、緊張がバレてしまっていただろう。この高鳴りをサイラスに悟られるのはまずい。せっかく普通に接することができているのに、もし彼のことを好きなのだとバレたら、他の偽の恋人たちと同じだと思われて距離を置かれてしまうかもしれない。さすがにそれはつらいし、何よりサイラスを困らせるだろう。
心配をするレベッカをよそに、サイラスは薔薇のバレッタを手に持ったまま、他の装飾品も真剣に吟味している。
「レベッカは何が欲しい? やっぱり髪飾りがいいのかな?」
「あ……」
ちらりとサイラスの目線がレベッカの髪に向けられた。彼女の髪には今、蔓草の細工の飾りがさしてある。普段から装飾品類はつけていないが、今日は髪飾りをつけているからそう言ってくれたのだろう。
「そう、ですね……ブローチやネックレスよりは髪飾りのほうが使いやすいです」
「やっぱりそうか。ほかの装身具は作業の邪魔になるもんね。もしかして今つけてるのはお気に入り?」
「……はい。一番気に入っています」
(サイラス様にもらったものだから)
そっと飾りに触れながら、言えない言葉を思い浮かべる。まだサイラスが記憶を失う前に、二人は今日みたいにお忍びでデートをしたことがある。その時も記念にと言って彼が露店でこの蔓草の髪飾りを買ってくれたのだ。
「……そっか」
レベッカの返答をどう思ったのか、サイラスは穏やかに呟いたあとにぱっと顔を明るくする。
「じゃあこの髪飾りでよさそうかな」
サイラスはそっとバレッタをレベッカの髪にあてて、目を細めた。
「うん、この飾りは君の髪にも瞳にもよく似合ってる。君の瞳はルビーのようだから、赤い薔薇よりももっと綺麗だけれどね」
「……っ」
酷い口説き文句だ。レベッカは言葉を詰まらせたが、それはときめきのせいではない。
『でも君の瞳はこの薔薇よりももっときれいだ』
それはサイラスと初めて会った時に彼が言ってくれたセリフと同じである。
(同じ言葉)
記憶がなくても、サイラスはサイラスだ。だから同じ考え方をして、同じ行動をしても不思議ではない。だからといって、まるで過去にしたデートのような状況で、昔くれたのと同じことを言うなんて、酷い皮肉だろう。彼に記憶がなくとも同じ人なのだとわからせられるのに、サイラスは恋人ではないのだ。今が昔の再現のようでいて、あの時とまるで違う状況なのが胸を妬く。
(忘れられても構わないって、自分で決めたのに)
王太子であるサイラスのために尽くすと決めていたのに、ほんの少し過去の記憶に触れられると、自分勝手に泣きそうになってしまう。
サイラスの力になりたい一心で思い出しの薬を作ることにしたが、もし効果がなく永遠にレベッカを忘れたままだとしたらどうしたらいいのだろう。あるいはさっき思い浮かんだ懸念通り、サイラスが意図してレベッカのことを忘れていたのだとしたら、記憶を取り戻したら彼はどんな反応をするだろうか。それでも思い出して欲しい、思い出がよみがえって欲しいとも思ってしまう。
(ぐちゃぐちゃだわ)
様々な思いが渦巻いて胸が詰まり、じわりと浮かんだ涙が、勝手にぽろりと零れ落ちた。
「レベッカ」
髪にバレッタを当てられたまま黙りこんでいた彼女に、サイラスが驚いたように声を漏らす。途端にゆるゆると手をおろして、彼は苦笑いを浮かべた。先ほどまで和やかに話していた二人の急な展開に、ぎょっとした店主が固唾をのんで見守っている。
「……こんなものを贈られるのは、やっぱり迷惑かな」
「い、え……ごめんなさい、そういうわけじゃ……」
零れた涙をぐっとぬぐって、かろうじてレベッカはそれだけを言う。
「じゃあ僕と二人きりで歩くのはいやだった?」
「っそんなわけありません!」
「でも、恋人以外の男とふたりきりで出かけるなんて、デートみたいでよくないだろう?」
(恋人以外のヒト……)
この言葉にレベッカは固まる。改めてサイラスが恋人でないとつきつけられたようで、胸が痛い。それがかえってサイラスの言葉を肯定したように見えてしまう。堪えようとしていた涙が、またしても溢れた。今日までずっと泣かずにきたせいで激情が抑えきれず、身体まで震えてくる。次に口を開けば、サイラスへの思いの丈を全て吐き出してしまいそうだった。
そんな彼女を見て、サイラスはごく辛そうに眉をひそめる。
「ユリシーズは仕事だと理解してくれているとはいえ、ユリシーズだって恋人を他の男と歩かせるのはいやだったろうに」
「…………ユリシーズ?」
思ってもみない名前が飛び出して、先ほどまでぽろぽろと零れていたぴたっと涙が止まった。サイラスが何を言っているのか、さっぱりわからない。
「待って、待ってください。……なんのことです?」
「今日のことで確信したよ。君とユリシーズは恋人同士なんだろう? ユリシーズも君もお互いに名前で呼び合っているし、気安く話しているじゃないか。それにユリシーズから離れたがらないのはそのせいだろう? はっきりそう言ってくれてよかったのに」
苦笑したサイラスは、全てわかっていると言いだけだ。まるで何もわかっていないのに。先ほどまでとは違った意味で、レベッカはわなわなと震える。
「違います!」
勢いよく大きな声で否定をしたせいで、今度はサイラスが驚いている。
「ユリシーズは、伯爵家の四男ですから家格が近くて気安いだけで……彼と付き合ったりなんかしてません! それに私が!」
『好きなのはサイラスだ』
そう口走りかけたところで、はくっとレベッカは息を呑む。告白をすれば彼を困らせることになるだろう。先ほどからサイラスはレベッカへの気持ちを思わせるような意味深な言葉を吐いてはいるものの、他の男と恋仲だと勘繰られる程度には、レベッカのことが対象外なのだろう。むしろユリシーズの恋人だと思っていたからこそ気安く接してくれていたかもしれない可能性まである。
「私が?」
言いかけた言葉の続きをサイラスが促すが、ぐっとレベッカは口を閉じて首を振った。
(だめ……)
「とにかくユリシーズとはそんな仲じゃないです……私がサイラス様と歩いていて、怒る男の人なんて、誰もいません……」
勢いを失ったレベッカがそう弁明すれば、サイラスがまじまじと見つめてくる。
「そう。ならよかった」
随分と明るく呟いた彼は、晴れやかに微笑む。
「じゃあ、君にこれを贈っても問題なさそうだ」
そう言って、サイラスはバレッタをレベッカに買ってくれた。目の前で繰り広げられた会話に店主はほっと胸をなでおろしたようである。
そうしてこの痴話げんかのような一幕のあとようやく、目当ての素材屋に行くことになったのだった。




