荷馬車会議、ルーシェと共に
うーん.....さむっ....うー...
ぴちゃっ..ぴちゃっ...
耳元で水の滴る音が聞こえる。ここは....
ゆっくりと目をあけると朝露に濡れる草原が太陽に照らされていてた。日はかなり高いところまで登っていた。.....ここは...えーっと...
ここは麓の草原か!リーリエに森を追い出されたあとそのまま寝落ちしてしまったのか?
....あれ?じゃあこの音は?
「グヒ~」
おそるおそる振り返るともう見慣れたロバがもしゃもしゃと俺の髪をかじっていた。
「うわっ!ちょっとユキ、ユキちゃん!?それ俺の髪だって!」
「グ~、グヒッ」
「え~なに?みたいな顔すんじゃねえよ!ペっしなさい!!ぺっ」
「あ、アキラ様どうしましたか!?...ってユキちゃん!!」
「あ~くっそ!こいつのせいで俺の髪左側だけ短くなってるんだけど」
「.......まぁ最近流行りのアシンメトリーですよ。ねっ、ユキちゃん?」
「グヒ~!」
「なんでミアちゃんはユキちゃんの味方なんだよ.....なんかあまりにもいつも通りすぎて昨日の出来事が全部夢だったみたいだ.....」
「.........昨日のリーリエ様のお話を整理しましょう」
荷馬車の板がきしみ、車輪が小さく跳ねる。
窓の外では草原がゆっくり後ろへ流れていき、ソロネへ続く街道が朝日に照らされていた。
「あぁ。風が弱まった理由はヤンセンが森を壊していたからだ」
「はい、ヤンセンは通商のために森を壊し、道をつくり、精霊を追い出そうとした」
「馬鹿な話だ。精霊ならどこでも暮らせると思っているのか」
「そしてヤンセンを中心に精霊をないがしろにするものが増えた」
「リーリエ様は契約を破って風を止めることで精霊の重要性を人間に知らしめたかった」
「くそっ、私たちを守るためにリーリエ様は....」
「....間違ってますよ..こんなの間違っていないとおかしいよ」
「どうして..どうして私はあの時、止めなかったのだろう...」
「あぁ.....ってルーシェ!?」
「えっ?えぇ~!!どうしてここに!」
「私も、王都に行こうとおもってこっそり乗ってきた」
「えっ?なんで」
「なんでって...リーリエ様には止められたがやはり、ヤンセンや国の奴らにリーリエ様が間違ってなかったんだってわかってほしい....いや、自分たちが間違っていたと認めさせたいのだ!」
「しかし、どんな理由があろうとも先に契約を破ったのはリーリエ様です」
「........ねぇミアちゃん、ヤンセンが森を壊したのって国側の契約違反にはならないの?」
「ならない....ですね」
「どうして?」
「リーリエ様もおっしゃっていたじゃないですか。ヤンセンはあくまで一個人だと」
「リーリエ様が契約しているのは国、国との繋がりが確認されていない以上あいつらの行いは経済活動の自由が保障されているのだ」
「そんな!.....でもそれで国が恩恵を受けているなら国だって同罪になるじゃないか!」
「それは本質的な話だ。長い時間をかけて訴えかければ国が対応してくれたかもしれない。しかし、人間が大好きな”手続き”は時間がかかりすぎる」
ルーシェが歯を嚙み締めた。
「....ふふっ...エルフが時間がかかるなんて変な話だが、あいつらが来た5年間はとても長く、残虐なものだった。何度警告文を送っても検討中と調査中が繰り返されるだけだった」
沈黙がおりた。事態は思ったよりも深刻だった。仲良くお話合いしましょ!とか、この紋章が目に入らぬか!みたいなことで解決できるのではないかという希望はすでに打ち砕かれていた。
「あぁ~もうっ!実は先に契約を破ってたのは国でした~ってことはないかなぁ」
「契約は膨大な魔力を織り込んで結ばれたものだ。もしヤンセンが国とつながっていたとしたらすでに国側が代償を払っているはずだ」
「....アキラ様、それ、あるかもしれません──」
今、急に思い出したんです。十年前くらいの話ですよ。その年はちょうど500年に1度の契約の更新の年でなにかと協会も忙しかったのを覚えています。
「ねーミアちゃん~この契約どう思う?」
「どうって何がですか?リンダさん」
「他の国もだけど更新の儀ってほぼ形式的なものになってるけどいいのかね。もうちょっと考えて判押したほうがいいと思わん?僕なら捧げる魔力増やすからウチの城に定期的にエルフさん働きに来て~とか交渉してみるのにな」
「高尚な更新の儀をそのような不埒な妄想で汚さないでください」
「不埒ってなに?なに考えたの?」
「リンダさん....」
「そんな養豚場の豚を見るような目でみないでくれよ....でもこの3条とかやっぱ考えたほうがいいと思わん?」
「えーっと、『本契約の当事者は、相互にその履行を尊重し、 相手方の権能行使を妨げる行為を行ってはならない。 ただし、国家は、国民の行動すべてに無限責任を負うものではない』でしたっけ?それの何が問題なんですか?」
「そうそう、よく覚えてるじゃん。だってこれじゃあ国民の範囲が広すぎるよ!」
「......広すぎる?」
「だってさ、これじゃあ貴族も商人も農民も国民だよ?全員”個人の行動です”って判断されたらこの契約は収集がつかなくなると思わん?」
「はぁ~...なに馬鹿な事いってるんですか?たとえ個人の行動だったとすれば国の法律で裁かれるだけですよ。それに、被害があまりにも大きすぎたら国から賠償がでるかもしれませんけど、1条、2条の精霊住居保護の基本義務を破るくらいの個人なんていったいどこの大魔法使いですか?」
「大魔法使いじゃなくても..こう...ほらっ、なんかあるかもしれないじゃん!」
「はいはい、馬鹿な事言ってないで報告書書いてください」
「は~い」
あの時のどうでもいい雑談がこの事件の核心に触れているような気がします。
「だから、もしかしたら今まで考えていなかっただけで契約の”抜け穴”があるのかも」
「いや、ちょっと待って!え?ごめん....話が難しすぎてわからないんだけど」
「えっと、つまり魔法契約の3条に書かれている『国家は国民の行動すべてに無限責任を負うものではない』という文言に解釈の余地があるかもしれない...ということか?」
「はい!いくらなんでも精霊側から警告が送られてきてるのに無視をしているのはおかしすぎますよ。きっと契約の”抜け穴”を見つけ出して契約をくぐりぬけているに違いありません!」
「警告に関してはは私たちもおかしいと思ってはいたが、魔法契約はそんなに生易しいものじゃない。国が、まぁ代表だから王が、自分の行いの逸脱性を自覚している段階で契約違反と判断されるだろう」
「しかし今回の事案は有名な商人だからって個人で可能な範囲を超えていますよ!きっと国が裏でかかわっているはずです」
「ミアちゃん!....俺もその憶測を信じたいけど、断定するのはまずい。感情のままに行動を起こせばこちらが加害者になることは往々にしてある。なぁ、そもそもなんだが最後に書かれている文言って必要なのか?」
「それは必要だな。一見不必要そうに見えるがかなり必要な条件だ。実際に山で花火をしてボヤを起こした馬鹿とか、貴重な植物を盗もうとする馬鹿とか、山に死体を埋めようとする馬鹿とかがいたもので必要性は証明されてる。個人の犯罪行為にまで国はいちいち賠償を払えないからな」
「.....ルーシェ...あなた!さっきからなんなのですか!ずっと否定ばっかり...あなたは嬉しくないのですかっ!国が裏でつながっているならリーリエ様も..リーリエ様も!!」
「ーっ!いますぐにでも」
悲鳴にも似た声が鼓膜を貫く。髪をかきむしり天を仰ぐ姿があまりにも悲痛で胸がしめつけられた。
「自分でもなにがおこってるのかわからないのだ。......アキラの言う通りだ。この激情に身を任せて動けば私はまた加害者になる。そうすればすべて森に住む者の顔に泥を塗ることになるだろう。私はよくわからないまま進むのが怖いのだ」
「2人とも落ち着いて。憶測の域をすぎない議論はするだけ無駄だよ」
「今の話をまとめると確実であり、一番効果があるものがある。それは『調査』だ」
「調査って...そんな曖昧な」
「今は材料が足りない。当事者の一人であるルーシェやリーリエさえ物語りの一部しか見えてないだろう?すべての材料が揃ってからもう一度話し合おう」
「でもっ....いえ..はい。ルーシェさん、ごめんね」
「いや、いいんだ。こちらこそすまなかった」
確かに風の国の動きには違和感がある。しかし、決めつけで行動すれば手痛いしっぺ返しを食らう可能性がある。わからない時こそ慎重に動くべきだ。
「とにかく、ヤンセンは何かしらの形で訴えることができる可能性が高い。そうすればリーリエを救う方法が見つかるかもしれない」
「あぁ、ここで言い争っても仕方ない。ミア、アキラ、風の国の調査を手伝ってくれないか?」
「はぁ〜、ここまできてなにいってるんだよ。いいよね、ミアちゃん」
「はい! 貴重な当事者ですし、一緒に真相を突き止めましょう!」
馬車の振動が地面から石畳になる。人通りは増え、街が活気づいてきた。
「もう少しで王都ですね」
「調査といってもどこから手をつけるのだ?」
--まぁ、ヤンセンに直接話を聞きにいってもはぐらかされるのが関の山だろうな
「まずは国がこの事態をどう思っているのか話を聞こう。契約の代表者は国王だっけ?」
「確かに国王ですけど、そんなすぐに会ってくれますかね」
「.....いや、大丈夫だろう。俺はラバントから指名された監察官なんだ。この肩書がどこまで通じるかはわからないが会うくらいはしてくれるだろう」




