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対ダンジョン配信者専門特殊機動税務調査官・最上強一郎

作者: 沼平 甫

「っしゃああああ!! 第10階層のボス撃破ぁぁぁ!」

最早雄叫びに近い青年の歓声と共に、祝福のコメントが乱れ飛ぶ。


『おめー』

『( ゜д゜)スゲー』

『ボス撃破一番乗り? やべーw』

『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『おめでとー』

『さっすが雷神!そこに痺れる憧れるゥーッ!』

『高難易度ダンジョンソロとか、中々やるなあ』

『↑上から目線乙』


「さーてと、宝箱宝箱〜! 色々準備に苦労したんだから、せめて良いモン出てくれよ……頼む!!」

宝箱を開けた瞬間、虹色の光が中から溢れ出す。


『こ、これはまさか!?』

『来たか?来やがったのか!?』

『(゜Д゜;)ゴクリ…』

『ざわ……ざわ……』


【SSR・龍神剣を手に入れました】


『うおおおおおおお!』

『スゲスゲヴォー』

『またキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『祭りじゃー!』

『今、右上に何か映らなかった?』

『超レア泥じゃん!おめ!』

『嫉妬で狂う』

『おめの投げ銭ドゾー』¥1500


「みんな、応援ありがとうな! 次の動画では第11階層単独攻略を生配信するから、また次もよろしくな!」

彼の名前は稲妻エイジ。もちろん本名ではない。

彼はフォロワー数57万人を誇る、人気のダンジョン攻略配信者である。

剣術スキルの腕から名付けられた愛称は“雷神”だ。

「それじゃあボスも倒したし、ここからは第10階層の他のエリアの探索に……」

「あの……配信中、誠に済みません。稲妻エイジ様で、間違いございませんね?」

「どわっっ!?!?」

背後から突然声を掛けられ、エイジは思わず飛び退る。


『だだだ、誰???』

『なんでこんな所にスーツに眼鏡でオールバックのおじさんが?』

『え、エイジさんの知り合い?』

『高難易度ダンジョンの第10階層に突然現れたスーツの男性とか、ただの怪異じゃねーか』


「ああ、申し遅れました。わたくし、国税庁特殊業務部ダンジョン配信者対策課に所属しております、対ダンジョン配信者専門特殊機動税務調査官の最上強一郎と申します」


『Σ(;゜Д゜)国税庁!?』

『マルサかよ!』

『エイジさんまさかの脱税!?』

『伊丹十三監督もびっくりの展開』

『↑ジジイ乙』

『↑( ´∀`)オマエモナー』


「度重なる税務申告勧告にも、督促状にも応じて貰えず、本日はやむを得ずこちらに参った次第です」

「あ、いや、その、確定申告しないといけないとか、知らなかったんで……」

「誠に申し訳ございませんが、貴方様の動画視聴履歴も全て調査済みです。メンバーシップオンリーのダンジョン配信者向けの課税逃れ指南動画、閲覧されておられますね?」

「そ、それは……!」

「必要性を認識していたにも関わらず課税を逃れようとする行為、これは極めて悪質であると判断せざるを得ません」

強一郎は眼鏡をクイッと上げる。

「ということで、追徴課税のお時間です。貴方様のスキルや体その他諸々で支払って戴きますよ」

「ひいッッ!!」


『何か微妙にエロいな言ってることが』

『追徴課税おじさんktkr』

『追徴課税おじさん✕雷神、(・∀・)イイ!!』

『↑腐女子は引っ込んでろ』


エイジは愛用の剣を一閃させるが、その一撃は強一郎のビジネスバッグに易々と防がれた。


『えっっっっ!?』

『うそだろあれを!?』

『mjd?』

『ビジネスバッグ最強説』

『↑それはねーよwwwwwwwww』


「どうかお待ち下さい。何も取って食おうという訳ではないのです。抵抗しなければ、何も痛いことは致しませんので」

「くそっ、折角ダンジョンに何度も潜って手に入れたものを、差し押さえられてたまるかよっ!」

「あ、お待ち下さい!!」


『何も痛いことは致しませんので←エロい』

『よく見たら、たぶん筋肉でスーツがムチムチのピチピチだなあのおじさん』

『言ってることが完全にエロ同人のそれ』

『追徴課税おじさん✕雷神、(・∀・)イイ!!』

『↑腐女子は引っ込んでろ』


「な、何で、何でこんなことになってるんだよ!」

全速力でダンジョンを爆走しているが、エイジは一向に強一郎を振り切ることが出来ない。

むしろ距離が縮まって来ている。


『見てる俺等は面白いけど、エイジさん的にはすんげー恐怖だろうな、これ』

『ダンジョンでビジネススーツ着た筋肉ムキムキなオールバックの眼鏡のおじさんに追い掛けられるとか、それはもうホラーの域なんよ』

『何か重いなって思ったら、同接20万超えてるしw』

『何で拡散してんだよwマジ意味不www』


「よ、ようやく、はあっ、はあっ、追い詰めましたよ……、どうか、観念して、追徴課税に応じ下さい」

「く、くそぉっ! こうなったら、最近覚えたスキルで……!!」

エイジの両手に光が収束し、徐々に肥大していく。

巨大な光球と化したそれを、エイジは強一郎に向かって放り投げた。


『うわっ、ストライクノヴァじゃん!!』

『えっ、あの超レア泥魔導書からしか覚えられないやつ!?』

『エイジさんいつの間にそんなスキルを??』

『これは流石に追徴課税おじさんも詰んだだろ……』


光球が直撃し、閃光が炸裂する。

並のモンスターなら跡形もなく消滅するような、強力な魔法だ。

強烈な熱を帯びた煙。

その中から姿を現したのは、ほぼノーダメージの強一郎の姿だった。

ノーダメージとは言っても、スーツが所々焦げてはいるが。


『( ゜д゜)』

『は?』

『どういうこと??』

『何で??』


「今の魔法スキルは……課税対象査定には入っておりませんでしたね」

強一郎が一歩踏み出す。

一歩後退(あとずさ)るエイジ。

また一歩踏み出す強一郎。

また一歩後退るエイジ。

彼の背後は、もう壁だ。

「さあ、もう逃げることは出来ませんよ。どうぞ、しっかりきっちりと、お納め下さい」

圧の強い笑顔で迫る強一郎。

恐怖に顔を引き攣らせるエイジ。

そして。


『えっ、急に何か映像に規制入ったぞ?』

『Nice boat』

『↑ジジイ乙』

『何だこのしばらくお待ちください表示w』

『え、まさかマジのマジで追徴課税おじさん✕雷神!?』

『↑腐女子は(ry』

『追徴課税おじさん鬼畜総攻説』

『まあ、税務署は鬼畜攻だよな、基本的に』

『むしろ鬼畜攻じゃない税務署とかいるのかよ』


数分後、配信画像が復旧した。

「視聴者の皆様方には、お目汚し失礼致しました」

深々とお辞儀をする強一郎。

上げた顔が妙に生き生きとツヤツヤして見えるのは気の所為だろう。

気の所為に違いない。

「視聴者の皆様方も、副収入を得ている場合、確定申告の対象となる場合がございます。心当たりのございます方は、是非一度、お近くの税務署または税理士にご相談下さいませ。それでは、私はこれで」

革靴でダンジョンの石畳を踏み鳴らしながら、足早に遠ざかっていく強一郎。

残されたのは、放心状態のエイジのみ。

「奪われた……」


『エイジさん大丈夫?』

『まさか事後!?』

『↑腐女(ry』

『どんまい』

『ご愁傷さま…』


「奪われたんだよぉ、俺の大事なもの(スキル)が、追徴課税の現物差し押さえで!!」

エイジは思わずその場に崩れ落ちる。

今回入手した龍神剣が差し押さえられなかったのは、せめてもの情けだろうか。

「うわあああああん!!」


『うわあああああん!!』

ラーメン屋のカウンター。

席の若者がスマホで見ているのは、ダンジョン配信者・稲妻エイジのアーカイブ動画だろう。

再生回数は僅か数日で1000万回を突破し、SNS上でも話題となっていた。

若者はイヤホンで音声を聴きながら、時折笑い声を漏らしている。

所謂、人の不幸は蜜の味というものだろう。

「あ、大将、ご馳走様でした」

若者の隣の席に座っていた、前髪で目が完全に隠れている男が、丼を返す。

醤油ラーメンのネギ大盛りチャーシュー特盛。この店に来ると、男が必ず注文するメニューだ。

「お、強ちゃん、ありがとうな! また来てくれよ!」

恰幅の良いラーメン屋の店主とは、彼が中学生の頃からの付き合いだ。

高校の頃には、この店でバイトをしていたこともある。

男の名前は──最上強一郎。

強一郎は猫背気味に立ち上がると、ゆっくりと店の外に出て行った。

夜も九時を過ぎているが、外は少しだけ生暖かく、僅かに夏の残滓が感じられる。

「さて…明日も、“仕事”を頑張るとするか」

仕事中の丁寧な口調からかけ離れた、ぶっきらぼうな物言いで、強一郎は小さく呟いた。

月の綺麗な夜だった。

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