34.堀
俺と雄大はすぐさま別室に通されて詳しい報告を聞いた。
「今まで、見たこともない大群が南下中です。もうなすすべは無く。最初の甚大な被害を受けて、残りの者は撤退を余儀なくされました。小競り合いをして前線を食い止めようという数では決してありません!」
「なぜ、急にそのようなことに……」イカロスはユリリーアスに問うように虚空を見上げたが、返事は無かった。
「数は?おおよそでも構わん、どれほどの数の大群だというのか?」ブルムス王も蒼白な顔で問う。
「数という次元のものではありません、ジュード王国と我が国の国境にあるダークスポットの端から端まで10キロ。全てからあふれだしている状態です」
「「「……。」」」
一同黙り込むしかなかった。
「急ぎましょう!先日のように馬車で二日かけて悠長に行っている場合じゃないんですよね。最速の移動手段で行きましょう!僕が行ったところでどうにかなる数じゃなかったとしても、行かなきゃ始まりません」
神官長補佐のエンロの後ろにしがみついて馬上で揺られる雄大。魔物を滅するよりも、この移動の方が雄大には試練かもしれない。と思わせる過酷さだ。
車に電車に飛行機にと、便利な移動手段がある世界からの転移はしんどいわなあ。
馬を替えながら走ること丸一日、雄大は慣れない移動手段を、若さだけを味方になんとか乗り切った。ボロボロだけど。
救世主の登場というには、あまりにもあんまりな、哀れな状態ではあったけれど、現場の兵士は大いに安堵していた。
現場の指揮官である隊長と合流したのは前回テントを張った場所よりかなり南下した、見晴らしのよい高台だ。そこから見下ろすと、国境の最も狭まった一進一退を繰り返していた場所は今や、ひしめく魔物で真っ黒に見えている。
雄大は、あまりの規模に、
「僕が、聖魔法を何百発撃ったところで、どうにかなる数じゃない気がする……。自然災害規模の力が必要なんじゃ……」
隊長は、眼下を指さし、
「とりあえず、土の魔法が使えるものを集めて、堀を作っています。時間稼ぎにくらいはなるかと思いまして」と言った。
「飛ぶ魔物はいないんですか?」
「数は非常に少ないです。ですから、バリケードなども有効です。以前の前線は、数で押されてそれを突破されてしまいましたが。再度作るには、ここら一帯は木も生えない不毛な土地ですので、資材が足りません。付近から運んでくる人手も時間もなく……」と、悔しそうに唇をかむ。
「それで堀か。多くの部下を失った上、とれる手段は限られているか。辛いこっちゃ」と話す俺を、驚愕の表情で見る隊長。
「あ、俺、しゃべれるようになってん。よろしゅうな!」
「よろ、よろしくお願いします……」
「よろしゅうな!ってかっこいいね。僕も使おう!」と暢気なこと言いながら、雄大は、堀に水魔法で水を流し込み始めた。そして、叫ぶ。
「水魔法が使える人は、こんな風にどんどん水を溜めていって堀トラップを水堀にバージョンアップさせよう!」
驚く兵士たちだが、すぐに雄大の遣りたいことを理解したようだ。
「できることからやっていくしかないもんね」と、独り言のようにつぶやきながら水を流し込む雄大。
ひとしきり見本を示したら、魔物の集団に向かって焼け石に水のような状況だが直接攻撃を始める。
そして、川の水を含ませた布を、命中のお守りだと、巻いた矢で、飛べる魔物を滅した者が現れてから状況は一変した。
少しでも雄大の聖魔法が含まれているなら、効果があると分かったのだ。土も水も扱えない者は、水底を圧し固めて水を浸み込みにくくしはじめる。
もはや、武器ではなく、散水車が必要な前線となった。




