あの日、空に捨てた言葉を
「♪あ~した天気にな~れ!」
てるてる坊主を吊るして、母さんと一緒に歌ってた。
運動会、遠足、発表会。
行事のたびに願った。晴れますように。笑えますように。
てるてる坊主は、僕の小さな願いを空へ届けてくれる魔法みたいだった。
でも――
小学校最後の遠足の日。
その日は、大雨だった。
「……なんでだよ……」
楽しみにしていた遠足が中止になった。
悔しさと悲しさと、どうしようもない怒りがごちゃ混ぜになって、
僕はてるてる坊主に怒鳴った。
「肝心なときに晴らせないお前なんかいらない!」
吊るしていた紐を引きちぎり、
てるてる坊主をベランダから放り投げた。
風に煽られて落ちていく白い人形。
そのとき、僕は知らなかった。
その瞬間から、地球から雨が消えたことを。
ーーーーー
――僕は、あの子の笑顔が見たかった。
だから、頑張って雨を止めたんだ。
雲を追い払い、風を眠らせ、空を青く保ち続けた。
あの子の願いを叶えるために。
でも……
あの日の台風だけは、どうにもできなかった。
僕は自分の非力さを呪った。
願いを叶えられなかった僕に、あの子は怒った。
……もう用済みだと、捨てられた。
カラスに突かれ、野良犬に咥えられ、
僕は知らない草むらで、ボロボロになっていった。
でも、それでも……
僕は願ったんだ。
《もっと……力がほしい……》
ーーーーー
「えー、続いては、異常気象に関する話題です」
テレビの画面が映し出すのは、焦げたような大地と、干からびた湖。
「ここ数ヶ月、地球規模で雨が観測されていません。気象庁も原因が分からず、温暖化による説明だけでは不足だと専門家は話しています」
「このまま雨が降らないという可能性も?」
「はい。異常気象が数年、あるいはそれ以上続くことも十分考えられます。淡水資源の確保は各国の喫緊の課題となっています」
やがて、雨が恋しいという感情すら失われた。
人々は砂漠化した世界で、わずかなシェルターの中で息を潜めて生きていた。
シェルターの外では、防護服なしでは数時間も持たない。
美しかったはずの大地は、茶色い死の色に染まっていた。
ーーーーー
砂嵐の吹く荒野を、防護服を着た男がひとり歩いていた。
足跡は、地平線の彼方まで続いている。
男は、何かを探していた。
悔やんでも悔やみきれない思いを胸に抱きながら。
何十年も、歩き続けた。
そして、ようやく見つけた。
乾ききった草むらの中に、それはあった。
《てるてる坊主》
白かった布は黒ずみ、
母親と一緒に描いた顔も、もうかすれて読めない。
だけど、間違いない。
これが、あの日の、僕のてるてる坊主。
「……探したよ……三十年……」
男はそっとしゃがみこみ、布のかけらを手に取った。
「……あの時……君を捨てて、ごめん……八つ当たりだったんだ……」
防護服の内側で、男の頬を伝う涙。
それは、三十年分の後悔と、祈りの涙だった。
「もういいんだよ……もう頑張らなくていいんだ……一緒に帰ろう……」
風が一瞬止まった気がした。
ボロボロになったてるてる坊主の顔が、
にっこりと笑ったように見えた。
その瞬間――
ぽつ、ぽつ、ぽつ……
空から、雫が落ちた。
音もなく乾いた地面を打ち、じゅっ、と小さく煙を上げた。
それは、三十年ぶりの雨だった。
「あの時、ごめんね」
それだけで、変わる世界もある。
ってことをテーマに書き上げてみました。