影の振動
継環省・第六災異監視室。
警報が鳴り、緊張感が走っていた。
「災異反応、振動型確認。コードネーム《影振》、現在も成長中。レベルは“実体化段階直前”。現場は都内・京西区第十防音線付近!」
複数の分析官が端末を叩く。
モニターには黒い“震源”のような波形が、ゆっくりと広がっていた。
その情報がすぐさま訓練課へ届く。
対応部隊が欠けていた関係で、非常配備が発令された。
第九訓練班、初出動。
◆
「……災異《影振》。過去に2体確認された振動共鳴型。
空間の“反響”を利用して攻撃を行う。接近戦に持ち込まれると危険だ」
出動前、音野教官がブリーフィングを短く締める。
「任務は“対象の構造分析”と“戦闘記録”。撃破は狙わなくていい。
ただし——やられるな」
裕也の背に冷たい汗が流れる。
模擬戦とは、空気が違う。
蓮が珍しく真顔で言った。
「……マジで、死ぬやつは死ぬぞ。災異ってのは」
朱音も目を伏せながら頷いた。
◆
現場——京西区の地下駐車場。
照明は切れ、闇と湿気に包まれていた。
ところどころひび割れたコンクリートが不気味な“音の反響”を生んでいる。
シンが前に出る。
「……違和感あり。反響がずれてる。反射点に“吸音構造”が存在してる。
音を飲み込む……いや、偏らせてる」
朱音がそっと天井を叩く。“鼓動”が返ってこない。
「反響が“攫われてる”。……ここ、音が逃げ場を失ってる」
裕也が反響の円を展開し、空気の“裂け目”を感知した。
(感じる。何かが、“自分の音”を狙ってる)
そして——現れた。
空間のひずみの中から、黒くぶれた人影のような災異が滲み出てくる。
全身が揺れていた。
震えることで存在を保つ、“振動の生命体”。
「災異《影振》。確認」
朱音が即座に走る。壁に触れて、爆発を誘発。
だが——災異は、反響をそのまま“踏み台”にした。
「っ、上だ!」
蓮の声と同時に、天井から災異が落下する。
狙いは、最も音を発していた朱音。
だが——
「《音律干渉》!」
裕也が反響を放ち、空気の層を歪ませる。
災異の動きが、一瞬だけ“浮き上がる”。
蓮がその隙に飛び込み、木刀で横薙ぎに払った。
「決まれッ!」
だが、衝突の瞬間——災異は振動をまとって反発。
蓮が跳ね飛ばされ、地面を転がった。
「ぐっ……!」
「蓮! 大丈夫!?」
朱音が走る。
だが災異は今度こそ、明確に**“殺意”**を持って距離を詰めてきた。
(速い……!)
裕也の心臓が跳ねる。
——恐怖、じゃない。
——身体が、勝手に動こうとしている。
「……止まれ」
反響の輪を最大展開。
音の波形を組み直し、空間の“律動”に対して逆位相を打ち込む。
「《反響する自我》——!」
災異の動きが鈍る。
その間にシンが制御波を走らせ、反射の“抜け道”を作る。
裕也が跳び、朱音が援護する。
三人の連携が、ついに災異の“心核”を露出させた。
「——今だ!!」
蓮が立ち上がる。
音の反響に乗って、全員の一撃が重なった。
災異《影振》、撃破。
◆
その夜、継環省内部で訓練班の戦果は慎重に評価された。
あくまで訓練枠だったとはいえ、これは災異の完全排除という記録。
——実戦を乗り越えた者たちだけが持つ、“音の余韻”。
裕也はふと、耳をすませた。
地下の反響が、まだ自分の中で残響していた。
それは恐怖ではない。仲間とともに刻んだ、**“音の記憶”**だった。