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空白の区域

継環省・内部ブリーフィングルーム。

第九訓練班の5人が揃って座る中、教官・音野蓮が前方のホロスクリーンを操作していた。


 


「——昨日、都内近郊の“音響異常区”で、新しい災異反応が一瞬だけ観測された。

 ただし正式な出動班ではなく、今回は**訓練班による“探索演習”**という扱いになる」


 


裕也が目を細める。

「……要するに“本番に限りなく近い模擬戦”ってことですよね?」


 


「察しがいいな。あくまで災異反応は微弱。実体化の可能性は低いが、逆にこの段階で現場を経験させるにはいい機会だ」


 


スクリーンには、区画コード【K-26】と記された廃工場の空撮映像が映し出されていた。

老朽化した鉄骨、崩れかけた壁、割れた窓。誰も寄りつかない音の死角地帯。


 


「この区域は“空白区域”とも呼ばれている。

 音の伝達が異常に弱く、録音機器や感知装置の類も正確に機能しない」


 


「……音が死んでる?」


 


裕也のつぶやきに、教官は頷いた。


 


「だからこそお前らに行かせる。音を感じ取り、変化を見逃さない感覚。それがお前たちの訓練の仕上げになる」


 



 


準備を整えた第九訓練班は、簡易戦闘服に身を包み、トラックに乗って現場へと移動する。


 


車内は少しだけ緊張感が漂っていた。


 


「……ま、怖かったら俺の後ろにいな」


 


蓮が軽口を叩き、裕也を小突く。


 


「いや、お前は正面で暴れるから信用ならん」


 


「はっ、じゃあ俺の背中から学んでくれよ“天才さん”」


 


冗談半分のやり取りに、朱音がやや小さく笑った。


 


「……こういう空気、大事だね。実戦じゃ、怖がったら終わりだから」


 


その言葉に、裕也は心の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。

——かつての自分にはなかった“チーム”という感覚が、ようやく輪郭を持ち始めていた。


 



 


現場に到着。

廃工場の入口には、封鎖されたはずの扉が半開きになっていた。


 


朱音が前に出て、そっと壁に手を当てる。


 


「……脈動、微弱だけどある。何かいる」


 


シンが視界を展開する。


 


「建物内に、明確な“形”は映らない。でも……空間が歪んでる」


 


裕也が踏み出す。


 


(この空気、音が沈んでる。

 ……いや、違う。“吸われて”る)


 


空気中に漂う音の粒子が、まるで何かに“食われて”いるように感じる。


 


「《音律干渉》」


 


小さな波を出して、空間の“輪郭”を確かめる。


 


——その瞬間、工場の奥に影が揺れた。


 


黒い靄のようなものが、一瞬だけ柱の裏に動く。


 


「いた……!」


 


裕也が駆け出す。

だが——教官の言葉が頭をよぎった。


 


(今は訓練。“一人で行くな”)


 


「朱音、右サイド誘導頼む。シン、進行方向の遮蔽お願い」


 


即席の指示。だが、ふたりは即応した。


 


朱音が左壁を叩き、“脈爆”で音の道を作る。

シンが視界に浮かぶノイズをフィルタリングし、進行方向に最適ルートを表示。


 


そのルートを、裕也が“無音のステップ”で走り抜ける。


 


工場の中心、空気が一番沈んでいる場所。

そこに“災異の片鱗”が現れていた。


 


——人のようで人ではない。

——影のようで影でもない。


 


災異クローン——形を持たず、“音と姿”を模倣する特異体。

だが、完全体ではなく、不安定な残留反応にすぎない。


 


「……ここから消えろ」


 


裕也は反響の円を展開し、狙い澄ました干渉波を撃ち込む。


 


空間がねじれ、“クローン”は波の中に沈んでいった。


 


——訓練完了。


 



 


帰路のトラックで、誰もが無言だった。

疲労というより、“戦場に立った”余韻が全員に残っていたのだ。


 


「……お疲れ」


 


朱音が、ふっと笑って言った。


 


「……裕也、意外とチーム戦もできるんだね」


 


「俺だって……成長する」


 


「そりゃあ、頼もしい限りだわ」


 


誰かの音に、自分の響きを重ねる。


 


それは、かつての孤独な裕也が最も苦手としたことだった。

だが今、少しずつ——少しずつ、その旋律が広がり始めていた。

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