第九訓練班
継環省・訓練区画F棟。
“新人育成部隊”とも呼ばれるこの一角に、白木裕也は初めて足を踏み入れた。
「白木裕也、配属になりました」
淡々と告げると、教官付きの女性職員が手元の端末を確認しながら頷いた。
「第九訓練班は現在、五名体制。そのうち三名が今日の訓練に参加中です。
今から合流してもらう。以後、基本行動は班単位で」
無機質な廊下を抜けた先、屋内トレーニングエリアの一角に三人の姿があった。
床は柔軟素材、壁には光反応型の防壁システムが張り巡らされている。
「おー、新人来たな」
真っ先に手を挙げたのは、細身で長身の少年。髪は無造作な銀色。
名前は矢吹シン。能力系統は“視界制御型”。周囲の空間把握に優れた“観測者”だ。
その隣に立つ、無表情な少女が一歩前に出た。
「……白木裕也。音系か。データは読んだ」
彼女は鳴海朱音。
能力は“振動転写”——あらゆる接触物に自分の鼓動を上書きし、爆発的な衝撃を発生させる強化型。
三人目は、腰に木刀を下げた快活な男子生徒。
「俺は加賀谷蓮。身体強化の流派系。よろしくな、白木!」
蓮は「お前、あの災異を一人で倒したって噂のやつか?」と興味津々に詰め寄ってくる。
裕也は首を横に振る。「……偶然が重なっただけだ」
朱音が小さく笑った。「偶然で災異は倒せないよ」
◆
初日の訓練内容は“連携模擬戦”。
三対三に分かれて、仮想災異を相手にどう連携を組むかを評価される。
裕也はシン、朱音と同じチーム。
対戦相手は蓮と、他の先輩訓練生ふたり。
開始と同時に、シンが声を上げた。
「来るぞ、左上から衝撃波!」
視界を拡張し、敵の動きを読んで即座に共有。
裕也は駆け出す。ステップは最短距離、足音は最小。
(この音の流れ……上から圧迫波。地面の“逃げ”が死んでる)
空間の音の偏りを読み、逆方向へジャンプ。
着地と同時に、朱音が地面に手をつく。
——彼女の手のひらが地面を叩いた瞬間、**「鼓動爆破」**が発動。
足元に仕込まれた脈動が、一拍遅れて爆ぜる。
敵の一人が吹き飛び、体勢を崩す。
その隙を突いて、裕也が背後に回り込む。
“反響の輪”を展開し、相手の気配を封じる。
(このまま……耳と皮膚を麻痺させる干渉波を)
「——《音律干渉》」
無音の波が放たれる。敵訓練生の攻撃動作が一瞬止まった。
その一瞬、シンが叫ぶ。
「右から来る!」
が、遅かった。
加賀谷蓮が超加速の突進で飛び込んできた。
木刀の柄が、ギリギリで裕也の顎下に突きつけられる。
「——残念、ここまで!」
訓練戦終了のブザーが鳴る。
朱音が舌打ちした。「あれ、読んでた?」
蓮は笑って肩をすくめる。「いや、勘だ。俺、そういうの得意なんだよ」
裕也は悔しそうに汗を拭う。
自分の“音の感覚”だけでは、まだ全体の流れに追いつけない。
◆
訓練後、音野教官が言った。
「白木、お前のスピードと反響処理は班内でもトップクラスだ。
だが災異は、もっと複雑で、もっと理不尽だ。
今はまだ、“響き”を合わせることだけに集中しろ」
響きを合わせる——
裕也はその言葉を反芻した。
音とは一人では完成しない。誰かと重ねて、初めて旋律になる。
それが“継承者”として生きていくための、最初の扉だった。