特別選抜班、出発
翌朝。
まだ陽も昇りきらない時間、継環省第二支局・出動デッキには緊張した空気が漂っていた。
金属製の床に靴音が響く。
それは、訓練課でも選ばれし十名だけに許された、“初実戦”の舞台だった。
「特別選抜班、集合!」
鋭い声が空気を裂く。
振り向いた先に立っていたのは、一人の女性。
ポニーテールを高く結い、動きやすい戦闘スーツを身に着けている。
彼女が——沖田葵。
今回の特別選抜班の班長だ。
「私は沖田葵。現場班リーダーを任されてる。よろしくな」
声はよく通るが、無駄に威圧感を出さない。
体育会系らしいハキハキとした口調の中に、どこか柔らかさがある。
裕也は少しだけ緊張を覚えながらも、前に出て一礼した。
「白木裕也です。よろしくお願いします」
「うん、白木君ね。噂は聞いてるよ。音の子、だっけ?」
「……その呼び方、やめてください」
「ははっ、ごめんごめん。でも面白いじゃない。音を操るなんて」
沖田は軽く笑い、背中のホルスターを締め直した。
彼女の能力は《振動掌》——
筋肉と空気振動を同調させ、衝撃波を生み出す近接特化型の異能。
スピード型の裕也とは、真逆の戦闘スタイル。
だが、その“リズム”にはどこか共鳴するものがあった。
「今日は実地訓練って聞きました。場所はどこなんですか?」
「多摩区の地下水道。昨日、局地的な異音反応が観測された。
……おそらく、災異の残響体だ」
残響体——かつて封印された災異の“音”だけが形を持った未完成体。
普通の異能者なら遭遇すれば一瞬で意識を失う。
「じゃ、ブリーフィング始めるね」
沖田がタブレットを開く。
地図が投影され、青い線が地下水道のルートを描く。
「Aチームは北ルート、Bチームは南ルートを探索。
災異反応が出たら、私の指示があるまで絶対に交戦しないこと」
「了解!」
訓練生たちの声が揃う中、裕也は黙ってうなずいた。
しかし、その胸の奥では、別の音が鳴っていた。
——トン……トン……トン……。
心臓の鼓動に混ざって、誰かの拍子が響いている。
あの日、災異と戦ったときと同じ“律動”。
(……呼んでる。どこかで、音が)
ヘッドギアを装着し、輸送車に乗り込む。
エンジンの振動、タイヤの摩擦、金属の鳴り。
そのすべてが、裕也には“曲”のように聴こえていた。
隣で沖田がちらりと彼を見る。
「白木君。あんた、戦うとき音聴いてるんでしょ?」
「……え?」
「勘。音に乗ってる人のリズムって、分かるからさ」
裕也は息をのんだ。
彼女の目はまっすぐで、曇りがない。
まるで、音を通して彼の“奥”を見透かしているようだった。
「……ええ、聴いてます。俺の中の“音”を」
「そっか。じゃあ、うまく噛み合うといいね」
沖田が笑う。
その笑顔は、どこか“懐かしい響き”を持っていた。
輸送車がトンネルへと進入する。
薄暗いランプが灯り、空気が湿る。
その瞬間、車内の通信機がノイズを走らせた。
——ギ……ギギ……。
「っ……通信が乱れた?」
「異音反応、急上昇! Bルート地下7層、災異反応値オーバーです!」
運転席の報告に、沖田の表情が変わる。
「全班、緊急降車準備!」
車体が急停車し、扉が開いた。
湿った闇が口を開ける。
裕也の耳には、誰にも聞こえない“旋律”が流れ始めていた。
——また、あの音だ。
“何か”が、この先で呼んでいる。




