特別選抜任務
訓練課の朝は、いつも機械的なブザーの音で始まる。
だがその日だけは、全員の動きが少しざわついていた。
「聞いたか? 特別任務の選抜リスト出たって」
「マジか、俺ら下位ランクには関係ねーよ」
「いや、Aクラスからも数人落とされたらしいぜ」
そんなざわめきの中、白木裕也は静かに教室のドアを開けた。
視線が一斉に向く。何人かが小声で名前を囁くのが聞こえた。
「……俺が何かしたか?」
「いや、お前……推薦されてんだよ、特別選抜に」
机の上に置かれたタブレットには、確かに名前があった。
> 特別任務適性候補:白木裕也(訓練課B班)
裕也は息を呑んだ。
訓練課にいる者が選抜されるのは、めったにない。
それは継環省内部でも限られた少数が参加できる、災異調査任務の前哨戦——
実戦での初動対応を学ぶ「特別選抜チーム」だった。
背後から笹倉瞬が口笛を吹く。
「すげぇな白木。初任務じゃん。ついこの前入ったばっかだろ?」
「……なんで俺が選ばれたんだよ」
「さぁな。上が見てたんじゃね? お前の“音”を」
裕也は小さく眉をひそめた。
まるで、誰かに見張られていたかのような違和感が胸の奥で広がる。
——その日の午後。
呼び出されたのは、第二支局の観測室。
重厚なドアをくぐると、冷たい空気と金属の匂いが鼻をついた。
「入れ」
短い声の主は、グレーのスーツを着た中年の男だった。
鋭い眼光、抑えた声。継環省・特務監査官、灰島誠司。
裕也は姿勢を正す。
「白木裕也、訓練課所属です。お呼びと聞いて……」
「君の戦闘データを確認した。模擬戦での音波制御、及び反応速度。興味深い」
灰島は机の端にタブレットを置き、波形データを指でなぞる。
画面には、災異が発した音の波形と裕也の音律干渉の波形が、完全に重なっていた。
「……一致している」
灰島は目を細める。
「この反応は、君だけに現れた現象だ。つまり——君は、災異と“共鳴”する素質を持っている」
「……共鳴?」
「恐れることはない。むしろ有用だ。
この特別選抜は、災異の発生源を直接観測し、現地での対応を学ぶ。
君の力が、どこまで“音”を感じ取れるか——試してもらう」
裕也は黙っていた。
だが、その言葉の裏に何か別の意図を感じ取っていた。
「……わかりました。参加します」
灰島の口元がわずかに動く。
「いい返事だ。君は“第一班”に配属される。班長は沖田葵——」
「沖田……葵?」
「現場経験者だ。体育系大学から異能者適性を見出され、スカウトされた。
君とはタイプが違う。だが、補い合えるはずだ」
裕也はその名を聞き、わずかに胸の奥がざわついた。
名前だけで、何かが共鳴するような感覚。
灰島が最後に付け加える。
「白木、これは試験ではない。だが——観測者としての眼が常に君を見ていることを忘れるな」
その言葉が、冷たい警告のように響いた。
部屋を出るとき、裕也はふと振り返る。
ガラス越しに見える灰島の背中。その向こうのモニターには、赤い文字が瞬いていた。
> PROJECT: ECHO SEED — PHASE 01 / 開始承認済
裕也は深く息を吐いた。
胸の奥で、また“誰かの声”が囁いた気がした。
——「音の継承は、まだ始まっていない」




