評価と影
ランク模擬戦が終わってから一週間。
白木裕也の名前は、訓練棟のあちこちで囁かれるようになっていた。
「見たか? あの篠森相手に一撃もらわず勝ったってよ」
「速度だけじゃなく、あれ……音の操作だろ? ヤバすぎ」
「でも、なんか記録映像が部分的に壊れてたらしいぜ。機材トラブルって話だけど……」
そんな噂が飛び交う廊下を、裕也は無言で歩いていた。
制服の襟元を軽く直しながら、彼はぼんやりと上の階を見上げる。
——継環省第二支局・特務訓練課。
模擬戦の映像はすべてここに送られ、個々の能力解析が行われる。
そこではすでに、一枚の報告書が机の上に置かれていた。
表紙には、こう記されている。
> 被験者コード:R-17A「白木裕也」
> 異能分類:干渉型(音律干渉)
> 行動パターン分析:未知因子との共鳴反応を確認
資料をめくる手が止まる。
男の低い声が、室内に響いた。
「……やはり“共鳴反応”か」
報告書に目を落としたままの男——灰島誠司。
継環省の第零観測室主任。災異研究部門の実質的な責任者だった。
傍らにいた部下が口を開く。
「対象はあくまで一般訓練課所属です。直接介入はまだ——」
「いいや、もう十分だ」
灰島は立ち上がり、背後の巨大スクリーンに映る波形データを見つめた。
災異が発する“音”と、裕也の戦闘時の“音律”が、ほとんど同一の波長で共鳴していた。
「これは偶然じゃない。
あの少年の力は、我々が求めていた“接続点”だ」
部下が息を呑む。
「まさか……《災異回帰計画》を、再開するつもりですか?」
「……準備は、もう始まっている」
灰島の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
——同時刻。
裕也は訓練場裏のベンチで、冷えた缶コーヒーを手にしていた。
夕陽が射し、静かな風が吹く。
そのとき、背後から声がした。
「お前、やっぱ強いな。噂通りだよ」
振り向くと、そこには見覚えのある少年——訓練同期の笹倉瞬が立っていた。
飄々とした性格だが、誰より観察眼が鋭い。
「強くなんてねぇよ。ただ……俺の中の“音”が勝手に動いただけだ」
「音、ね……。お前さ、それ、ほんとに“お前の能力”なのか?」
裕也は言葉を失った。
笹倉は肩をすくめる。
「悪い、変なこと言ったな。でも——お前の音、どこか違うんだよ」
風が吹く。
遠くで列車の音が鳴り、夕陽の赤がゆっくりと沈んでいく。
裕也は、胸の奥でざらついた“残響”を感じていた。
それは、あの日——災異が消えた瞬間に残した、誰かの声だった。
『——選ばれし共鳴者よ。お前はまだ、知らない音の底を』
裕也は無意識に拳を握った。
(……あの“声”は、なんなんだ)
沈む陽の下で、少年の影がゆっくりと伸びていった。




