災異、動き出す
Bランク査定を終えた翌日。
裕也は訓練棟での基礎練習を終え、汗を拭きながら更衣室に戻っていた。
そのとき——
「全員、緊急招集だ!」
館内放送が鋭く響き渡る。
一瞬で更衣室の空気が張り詰める。
まだ訓練中の新人も、休憩中の先輩隊員も、一斉に動き出す。
裕也は廊下を走りながら、胸の奥がざわめくのを感じた。
(この空気……何か、来る)
◆
作戦会議室。
壁一面のスクリーンに、都市マップと赤い光点が複数表示されていた。
継環省情報局局長・桐生が口を開く。
「昨夜未明、災異が市街地に侵入。現在も拡散中だ」
赤い光点が、一つ、また一つと動いていく。
「数は少ないが、確認されたのは“統率”された行動を取る災異群。単発行動ではない」
室内にざわめきが走る。
通常、災異は単独で暴れるだけの存在。群れを形成し、統率されるなど——
ほぼ例外だ。
「現時点で推定リーダー個体は未確認。ただし、指揮下の災異は人型。武装を使用している報告もある」
桐生は鋭い目で訓練生たちを見渡す。
「——新人は直接戦闘には投入しない。だが、戦闘区域の後方支援と避難誘導の任務には同行してもらう」
裕也は安堵と同時に、妙な胸騒ぎを覚えた。
(……“統率”か。なんでこんな嫌な響きなんだ)
◆
夕刻。
裕也は後方支援班として、市街地第三区に配置された。
灰色の空。
遠くで煙が上がり、焦げた匂いが風に乗ってくる。
「——っ、こっちに来るぞ!」
避難誘導の最中、通りの向こうから“それ”が現れた。
人間の骨格を模した金属装甲に、異様に長い腕。
両腕には刃のような湾曲した武器。
頭部には、まるで“兜”のような形状があった。
(……こいつ、他の災異と違う)
背後から、支援班の指揮官が叫ぶ。
「白木! 下がれ、そいつは前線班が——」
その瞬間、金属の刃が空気を裂き、裕也の足元を掠めた。
(やば……!)
——耳に響くのは、甲高い金属音。
だが、その音の奥に——
低く、重い“指令”の声が混ざっていた。
『……排除セヨ……宿主……』
裕也の背筋が冷たくなる。
(今、“宿主”って……言ったか?)
次の瞬間、金属の災異は信じられない速度で踏み込んできた。
裕也は反射的に《反響する自我》を展開。
しかし、刃と刃がぶつかる“音”が、まるで相殺されるように掻き消えた。
(……音が効かない!?)
逃げるしかない——そう判断した瞬間、災異の兜の奥で光が揺れた。
赤い、意志を持つ瞳。
裕也の胸の奥で、“誰か”の声が響く。
『……あれは……昔……!』
——記憶の奥底を抉るような衝撃。
裕也はその場で息を詰まらせた。
◆
「白木! 下がれ!」
前線班が突入し、爆発音が響く。
視界が煙で覆われたその一瞬——
金属の災異は、跡形もなく姿を消していた。
裕也は動けないまま、汗ばむ手のひらを握りしめた。
(……今の“声”は、誰だ……?)
遠くでサイレンが鳴り響く。
都市は、確かに何かが“動き出した”ことを告げていた。




