継環省からの招待
事件から三日。
白木裕也は、まだ「音」の余韻の中にいた。
風音駅の災異事件は、公式には「電力トラブルによる爆発」として報道された。
裕也の名はどこにも出ていない。彼が異能を発揮したことも、災異という存在も——世間では、なかったことになっていた。
だが裕也だけは知っている。
あれは幻じゃない。
“音が消え”、黒い“何か”が現れた。
そして、自分の中から生まれた異能が、それを消し去ったのだ。
(なんだったんだ、あの力……)
教室でも、家でも、世界は元どおりの顔をしていた。
だが、世界の“音”だけは、どこか歪んで聞こえた。
その日、夕方。
裕也が帰宅のために駅へ向かっていたときだった。
「白木裕也くん、ですね?」
背後から声をかけたのは、黒いスーツ姿の男と、短く刈り上げた髪の若い女性。
いずれも無表情で、胸元には三重円の銀の徽章が光っている。
「我々は**継環省**の者です」
「少し、お時間をいただけますか?」
裕也の足が止まる。
——継環省。
聞いたことのない名前だった。
「……警察か?」
「似たようなものですが、より非公開な部門です」
「先日の“風音駅構内異常反応”に関して、あなたの関与が確認されています」
スーツの男が、端末を見せてきた。そこには、駅構内で倒れる群衆の中、唯一“立っていた”裕也の映像が映っている。
「あなたは、異能者です。正式には、“特異干渉因子を持つ存在”。」
その言葉に、裕也の脳裏で、あの日の音が再び鳴り響いた。
「……じゃあ、お前らは何者だ。俺に何の用がある?」
「保護です。あなたを“未登録のまま”にはできない。
そして……あなたの力は、我々の記録にない“未分類領域”に該当する」
「……未分類?」
「そう。“分類不能”。
あなたの力は、災異に属する波長を一部含みながら、完全な異能型でもない。
つまり——“異常”なのです」
裕也の中で、確かな恐怖が芽を出す。
だが、それ以上に強く湧き上がっていたのは、確かめたいという衝動だった。
「……ついていく。ただし、逃げ場は作らせてもらう」
「その判断、尊重します」
◆
案内されたのは、都内某所の地下施設。
検問を複数抜け、セキュリティを何重にも通されたその場所に、継環省の本拠があった。
継環省 本部 第七防音層。
白を基調にした廊下。壁の素材はすべて吸音処理がなされており、足音さえも沈み込む。
静寂のなかで、彼の鼓動だけが大きく響いていた。
通された部屋には、初老の男がひとり座っていた。
「ようこそ。私は鳴神静雅。継環省・分析局長だ」
「話は手短にしよう。——君の中にある異能は、現在、我々が観測しているなかでも極めて特殊だ」
裕也は黙って椅子に座る。
鳴神は卓上の端末に映像を映す。
それは、裕也が災異と戦った“あの時”の映像。
——だが、目に見えるはずのない“音の波”が、視覚化されていた。
「君は“音波”を、干渉し、増幅し、変質させている。
この種の能力は通常、“感知型”に分類されるが、君の場合はさらに“干渉型”“拡張型”の側面を持つ」
「……それって、普通じゃないってことだろ」
「そう。普通ではない。“異質”だ。
君の力の一部は、災異側の波長に近い。
我々の知る限り、そういう力を持つ者は他に……いない」
(……俺だけ、異物……)
静寂の中、裕也の心は冷たい水に沈められたようだった。
けれどその中で、かすかに“音”が鳴っていた。
あの時と同じ。誰かの声。誰かの旋律。誰かの“記憶”。
「君には、今後、継環省の“登録異能者”として行動してもらう」
「異能を制御し、記録し、いずれ“階級”と“役割”を持つ」
「……ランク戦みたいなものか」
「その通り。だが、それ以上の意味を持つ」
鳴神はゆっくりと語る。
「災異は復活しつつある。……それも、封印を超えて」
「君の力は、その“鍵”になりうる。君が何者かを知るには、ここに残るしかない」
裕也は、ゆっくりと目を閉じた。
思えばずっと、音がうるさくて仕方なかった。
世界がうるさくて、自分の音が聞こえなかった。
けれど今、耳を澄ませば——
(俺の中に……残響がある)
その音の正体を知るために、戦うしかない。
「……わかった。協力するよ、“省庁の皆さん”」
そう言って、彼は初めて笑った。
皮肉でも皮肉ではなくてもいい。ただ、その音だけは、きっと本物だった。
——その日、白木裕也は国家公認の“異能者”として、名簿に登録された。